鬼の子小綱 その二
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百二十八弾です。
今回も前回に続き『鬼の子小綱』で書かせていただきました。
鬼と人の間に生まれた小綱が、人を食おうとする鬼の衝動を恐れ、自ら死を選ぶのが、原作の大まかな流れです。
しかしよォー、それでもなぜ俺がこの“題材”で書こうとしたのか……
ひょっとしたら救えるかも知れないと思ったら……
万が一でも! ハッピーエンドにできるっつー可能性があるのなら!
この“題材”を書かねえ訳にはいかねえだろう……!
勢い余って五千字近くになってます……。
お時間のある時に、どうぞお楽しみください。
昔々あるところに、貧しい村がありました。
村の人達は真面目で一生懸命働いていましたが、思うように畑の作物は実らず、かつかつの生活を繰り返していました。
そんなある日、山から鬼が降りて来ました。
「よう、人間共。腹が減った。何か食い物を寄越せ。そうしたらこの村を、もう少し豊かにしてやろう。どうじゃ」
「あ、あわわ……!」
村人達は恐れ慄きました。
鬼に相談の時間が欲しいと頼むと、主だった大人達が集まり、相談を始めました。
「む、村には鬼に差し出せるほどの食料はねぇ……」
「しかし出さねば何をされるかわからねぇ……」
「それに村を豊かにしてくれると言った。これはうまくすればこんな苦しい生活から抜け出せるかも……!」
「い、生贄を差し出すのはどうじゃ……?」
「しかし一体誰が鬼に食われようなどと思うものか……」
「……わしの娘を出そう……」
苦しそうにそう言ったのは村長でした。
村長には三人の娘がいました。
「……村のため、鬼の元に行ってはくれぬか……?」
「何て事を言うの!?」
「酷い! 私達に死ねって言うの!?」
「……」
上二人の娘が泣いて怒って叫ぶ中、末娘だけがじっと黙って何かを考えていました。
(姉様達は器量良しじゃが、おらは貰い手もねぇ不細工だ……。どこにも嫁げねぇで家の恥になるなら……)
悲しい決意をした末娘は、父である村長にはっきりと言いました。
「おらが鬼様のところに行くだ」
「……! そ、そうか……! すまん……、すまん……!」
こうして末娘は鬼の前にやって来ました。
せめてもの餞にと用意された、美しい花嫁衣装に身を包んで。
面食らったのは鬼でした。
(飯を要求したら花嫁が来た……。食えと言う事か!? それは困る! それとも食い物は無いから嫁で手を打てと……? それはそれで困る……!)
首を傾げた鬼は末娘に話しかけます。
「おい、娘……。お主はわしに食われに来たのか? それとも嫁ぎに来たのか?」
「……っ……!」
死装束として与えられた花嫁衣装が命を繋ぐかもしれないと思った末娘は、必死に鬼に縋りました。
「はい! 貴方様の嫁になりとうてここに参りましただ! どうか末永くお願いしますだ!」
「お、おう……。よろしく頼む……」
こうして鬼は、末娘を嫁として山の棲み家へと連れ帰る事になりました。
そこで鬼は再び驚きました。
「お前、よう働くの……」
「え? あ、ありがとうごぜぇます……」
鬼は古びた社を棲み家としていましたが、男やもめの杜撰さで埃まみれでした。
それを見た末娘は、花嫁衣装を惜しげもなく割くと、愛用の裁縫箱から針と糸を取り出し、雑巾を作りました。
そして社の裏の井戸から水を汲むと、瞬く間に埃を払ってしまいました。
次に火を起こすと近くの川で魚を捕まえて、木の枝に刺して火にかけます。
焼けるまでの間、魚取りのついでに集めた山菜を千切って水につけ、灰汁抜きを始めました。
目を丸くする鬼をそのままに再び山に入ると、いくつか木の実を集めて大きな葉の上に広げました。
そして焼き上がった魚と灰汁を抜いた山菜とを並べ、鬼に差し出したのです。
「有り合わせの物で申し訳ねぇだが、召し上がってくんろ……」
「……」
自分の器量の悪さを負い目に思う末娘は、せめて家の仕事は完璧にこなせるようになって、使用人としてでもどこかで必要とされるよう、研鑽を積んでいました。
その卓越した手際の良さと献身の態度が、鬼を驚かせたのです。
「娘」
「はい!」
食事を終えた鬼は、末娘に声をかけました。
「……その、家事に必要な物が有れば言うが良い。わしが用意してやろう」
「え、でも……」
「わしがより旨い飯や、より過ごしやすい家を得るためじゃ。お前のためではないから遠慮なく申せ」
「あの、では、鍋と釜と竈、それと包丁とまな板、塩と味噌も……」
「わかった。後は布団がいるな。わしは菰で良いが、お前はそうはいかんじゃろ」
「え、そんな滅相もないです……」
「お前が寝れずに身体を壊したら迷惑じゃからな。わしのためじゃ」
「……ありがとう、ごぜぇます……」
「わしのためじゃと言うたであろうが!」
こうして二人の奇妙な生活が始まりました。
鬼が山で獣を狩り、末娘がそれを料理してもてなす。
また鬼の力で豊かになった村から、米や味噌を分けてもらう。
天気の悪い日は末娘が繕い物をしながら語る昔話に、鬼が横になってまどろみながら耳を傾ける。
そんな穏やかな日々が続きました。
そして山に雪が降り、寒さ厳しい夜の事、
「だいぶ冷えてきたの。おい、お前寒くないか?」
「……少し」
「では今村から布団をもらって……」
「……いえ」
「な、何故手を握る……!?」
「……お、お前様に、温めて欲しい……」
「う、わ、わかった……!」
二人は本当の夫婦になりました。
それから一年、末娘は元気な男の子を産みました。
小綱と名付けられた男の子は両親の愛を一身に受け、すくすくと育ちました。
鬼も末娘も、この幸せがいつまでも続くと信じていました。
しかしある日。
「ぐっ……!?」
狩りを終えた鬼を、激しい渇望感が突然襲います。
飢えと渇きを同時に感じるような凄まじい感覚に、鬼は取ったばかりの鹿の肉にかぶりつきました。
しかし骨まで残さず食い尽くしても、なお身体の奥が『足りない』と叫びます。
(これは、まさか……!)
鬼には一つ思い当たる事がありました。
鬼の一族に稀に現れる、『食人病』の発作。
病的に人間の肉を求め、一度でも食らってしまえば人以外では飢えを満たせなくなると言う病。
鬼は自分の中で暴れる恐ろしい欲望に抗いながら、近くの岩肌に爪を立てました。
(……すまぬ、すまぬ……!)
手を止めた鬼が一声大きく叫ぶと、そのまま風のように立ち去りました。
「お前様! 何かあっただか……!?」
声に驚き、小綱を抱き抱えた末娘が岩場にやって来ました。
夫の姿を探す目が、岩肌で止まりました。
そこには、
オニハヒトヲクウ
トモニハイラレヌ
コツナヲタノム
サラバ
そう刻まれていました。
「お前様……!」
何があったかまではわからずとも、そこは夫婦。
末娘は、鬼がただならぬ決意で自分の元を去ったと知りました。
小綱を抱きしめひとしきり泣いた後、末娘は家へと帰りました。
(小綱は何としても立派に育てる……!)
そう決意した末娘は、それまで以上に必死に働きました。
村に降りては両親に小綱を預け、畑仕事を手伝ったり、山で取った魚や山菜を持ち込んだりして、生活に必要な物を賄うようになりました。
家に帰ってからは、昼間寂しい思いをさせた小綱に寄り添い、鬼にしたように昔話を語って聞かせました。
そうして数年が経ちました。
「おっ母! 今日も魚いっぱい取れた!」
「ありがとな小綱。じゃあ村さ行くか」
「うん!」
小綱は子どもながら父から継いだ鬼の力で、母の手伝いをするようになりました。
その子どもらしからぬ力を、村人達は少し不気味に思うも、村に恵みをもたらした鬼の事があったので、末娘共々村の一員として受け入れていました。
(後はお前様がいれば、もう他に欲しいものなどねぇのに……)
暖かい生活の中、それでも末娘は時折、消えた鬼の事を寂しげに思うのでした。
そんなある日の事。
「ひゃっはー! 村だー!」
「水だー! 食料だー!」
村を野盗が襲いました。
「おらおらー! 大人しく食い物を出せー!」
「火ぃつけられてぇかー!」
「ひえー! お助けー!」
馬に乗り、刀や松明を振り回す野盗達。
怯える村人達。
「……!」
母が生まれ、父が愛した村の危機に、小綱を怒りが支配します。
「ひゃっはー! ……ん? 何だこの餓鬼ー! どけどけー! 消どぐぴゃあっ!」
「何してんだお前ー! こんな餓鬼一人に殴り飛ばされやがってー! 俺が大人の怖さってもべらっ!?」
「こ、この野郎! 叩っ斬ってやべるじっ!?」
次々と殴り飛ばされる野盗達。
半刻後。
「……すいませんでしたぁ!」
小綱にぼこぼこにされた野盗達は、鼻血を垂らしながら土下座して詫びを入れました。
「……ふぅー、ふぅー……!」
しかし人の血の匂いを嗅いで興奮状態の小綱は、額の片側に角を生やし、口には鋭い牙、手には刀のように鋭い爪が伸びていました。
「ご、ろず……!」
「ひゃあー! お助けー!」
悲鳴を上げる野盗の命は、正に風前の灯火。
その時です。
「駄目よ小綱!」
末娘が野盗との間に立ち、振り下ろそうとする腕ごと小綱を抱きしめました。
母の思いが、このままでは小綱が遠くに行ってしまうような恐怖を感じ取ったのです。
「……」
大の男を簡単に殴り飛ばした鬼の力。
それが華奢な末娘の身体をどうしても振り払えません。
「早く逃げて!」
「はっはいー!」
野盗達は末娘の一喝に、大慌てで逃げて行きました。
血の匂いが遠ざかるのと共に、小綱の身体から力が抜けます。
「……良かった、小綱……」
こうして小綱は危機を脱しました。
しかしこの事は村人達に大きな動揺を与えました。
「やはり小綱は鬼の子じゃ……」
「いつあの爪がわしらに向かんとも限らん……」
「しかしこの村が豊かになったのは、あの親子のお陰じゃし……」
「とはいえ虎と暮らすようなもんじゃぞ……?」
自分へ恐れが向いているのを感じた小綱は、村を去る事を決めました。
「……おっ母、おらが村を出れば、皆が幸せに暮らせるんじゃろ? ならおら村を出るだ」
「な、何を言うだ! おっ父がいなくなって、お前までいなくなったら、おらどうしたらえぇか……」
「……わかるんだ。おら、おっ父が何で出てったか……」
「え……?」
「おらの中の鬼の血が、人を食おうとするんだ。あの時はおっ母が止めてくれたけど、次はおっ母さえ食おうとするかもしれねぇ……。だから……」
「小綱……!」
「……平気だ! おらが大人にも負けねぇくらい強いのはわかっただろ!? 一人でも全然大丈夫だ!」
「……!」
無理をして笑う小綱を、末娘は強く強く抱きしめます。
母の温かさ、柔らかさ、優しい匂い、それを心に刻むと、
「……じゃあ、おら、行くだ……」
「小綱……!」
優しくその温もりから離れました。
駆けて、駆けて、駆けて。
村を遠く離れた山の中、小綱は思いっ切り泣きました。
「うえええぇぇぇ! おっ母あああぁぁぁ! おっ母あああぁぁぁ!」
鬼の力を持っていても、まだ十に満たない子ども。
心配をかけまいと堪えた気持ちが、叫びとなって山に響き渡りました。
「何だ何だ、何の騒ぎだ」
茂みから現れた編笠を被った男が、呆れたような声を出しながら現れました。
「……子ども!? 何でこんな山奥に……。おい、お前、どうしたんだ?」
「……おら、村から出てきた……」
「……ははぁ、何か悪戯でもして怒られたか。わしが一緒に謝ってやる。村はどこだ?」
「……山二つ向こう……」
「は!? お前、どうやってここまで……!? それにその村は……」
男は何かに気付いたように息を呑みました。
「……お前、小綱か……?」
「な、何でおらの名前を……!?」
「何でって……!」
男は編笠を跳ね上げました。
そこには立派な角が二本。
「わしはお前のおっ父じゃ!」
「え……!」
目を丸くする小綱を、鬼は抱きしめます。
「小綱! 会いたかったぞ! わしは人を食いたくて仕方なくなる『食人病』にかかってな! お前やおっ母を傷付けんように村を去ったんじゃ!」
「おっ父も……!?」
「なっ……! お前もか……! ひ、人を食うたのか!?」
「……ううん、野盗をやっつけただけ……。食ってない……」
「……良かった……! なら大丈夫じゃ! とあるお寺で『鬼子母神』の話を聞いてな! 柘榴の実は鬼の『食人病』の薬になるそうじゃ!」
「……薬……!?」
「それを知ってから、わしは毎日この山で柘榴を食っておった。確かに飢えや渇きは治まった。しかし人を目にした時どうなるか、不安で山を降りれんかった……」
「じゃあ……」
「しかしさっきお前を見ても、全く食う気が起きんかった! これでわしも小綱も村に帰れる! おっ母に会えるぞ!」
「……う、うわあああぁぁぁん! うわあああぁぁぁん!」
「小綱、小綱……!」
安心と嬉しさで泣く小綱の背を、鬼は泣き止むまで撫で続けました。
こうして父と共に村に戻った小綱は、母の歓喜の涙に迎えられました。
そして鬼から柘榴の実の効果を聞いた村人達は、二人の帰還を心から喜び、三人は村の中でいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
人の子を攫って自分の子どもに食わせていた鬼女に、仏陀が鬼の子を隠して子を失う親の悲しみを教えた上で、人の肉の代わりにと柘榴の実を与えた、という仏教の逸話を大胆にぶっ込んでみました。
ハッピーエンドのためだから、いいんじゃあないかあ……。
もうひとパターン、半鬼半人でアシンメトリーな姿の小綱のイメージで思いついたのがあるので、もう一話お付き合いいただけたらと思います。
シリアス続きなので次回はギャグです。多分、おそらく、メイビー。
次回もよろしくお願いいたします。