鬼の子小綱 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百二十七弾です。
今回はリクエストの『鬼の子小綱』で書かせていただきました。
原作では鬼にさらわれた娘が半鬼半人の子・小綱を産み、鬼の目を盗んで人里に戻ります。
しかし人と鬼との間で苦しんだ小綱が悲劇的な最期を迎える、というお話です。
書いているうちにストーリーが膨らみすぎたので、まずは前半部分をパロディにしてみました。
どうぞお楽しみください。
昔々あるところに、百姓の夫婦がありました。
夫婦は長く子宝に恵まれませんでしたが、ある日奥さんの妊娠がわかりました。
旦那さんは大喜び。
野良仕事の合間には家に帰って、
「大きく育てよ。元気に育てよ」
と、言いに来る程でした。
そんなある日、知り合いの鬼が訪ねて来ました。
「奥さんに子どもができたってな。祝いに来たぞ」
「おぉ! よう来てくれた! さ、上がってくれ!」
鬼は沢山のお祝いの品を渡すと、奥さんに挨拶しました。
「いっぱい旨ぇもん持ってきたから、元気な赤ん坊を産んでくれな」
「ありがとな。頑張るだ」
そうして見舞った後表に出た鬼は、見送りについて来た旦那さんに小声で告げました。
「……酷な事を言うようじゃが、腹の子は元気に産まれては来れんようじゃ……」
「な、何じゃと!?」
「鬼の力で子の運命を観た……。身体が弱く、産まれる前に死ぬか、産まれて間も無く死ぬ定めじゃ……」
「そんな、そんな……! ようやく授かった子なのに……! 楽しみにしている嫁に何と言えば良いのじゃ……!」
「……」
打ちひしがれる旦那さんに、鬼はしばらく悩んだ後に優しく手を置きました。
「……腹の子を救う手は、あるにはある……」
「な、何じゃそれは! 教えてくれ!」
必死にすがり付く旦那さんに、鬼は重い口を開きます。
「……わしの……、鬼の力を腹の子に注ぐ……」
「そ、そうすれば助かるのか!?」
「……あぁ。鬼の生命力なら、間違いなく元気に産まれる事じゃろう……」
「なら……!」
「……じゃがそうなれば、腹の子は異能を背負って生きる事になる。それが子の人生を歪める事になるのではないかと……」
「……それでも、産まれる前に死ぬよりはましじゃ! 頼む……!」
旦那さんの必死の願いに、鬼は優しい笑みを浮かべて頷きました。
「わかった。なら策がある。言う通りにするんじゃ」
「お、おう! 何でも言ってくれ!」
「まずはお前さんの一番好きなもんを教えてくれ」
「わしのか? そ、そりゃ嫁じゃが……」
「……そうではなく食い物で……」
「あ!? そ、そうか! すまん! わしはあんこ餅に目がなくてな……」
数日後。
鬼が沢山のあんこ餅を風呂敷に包み、再び百姓の家へとやってきました。
旦那さんは野良仕事に出ていて、奥さんだけが家にいました。
「あら、鬼さん。今日はまた大きい包みを……」
「あんこ餅じゃ」
「まぁ! うちの旦那の好物です! ありがとうございます! 先日も結構なものをいただいたばかりですのに……!」
「気にするな。あれは結納の品みたいなものじゃ」
「え?」
意味が分からず目を丸くする奥さんを抱きかかえると、鬼は一目散に家を飛び出しました。
「な、何をなさいます鬼さん!」
「ふはははは! お前の旦那は愚かな奴よ。『あんこ餅が腹一杯食えるなら嫁と交換しても良い』などと言いおったからな!」
「そ、そんな!」
「腹の子が産まれたら食って、新たにわしの子を産ませてやる! ふはははは!」
「やめて! おろして!」
奥さんは必死に逃れようとしますが、鬼の力の前になす術がありません。
野を駆け、山を越え、海を渡り、鬼の住む島にたどり着いた時には、奥さんは気を失っていました。
「さてと……」
鬼は奥さんのお腹に手を当てて、慎重に力を注ぐとじっと目を凝らし、
「……よし」
と頷きました。
それから仲間の鬼達に、
「おらの嫁だ。手出ししたらただじゃおかねぇぞ!」
と釘を刺す事も忘れません。
その後は奥さんの元に、世話役として一人の女鬼を住まわせると
「鬼には鬼の付き合いがあるでな!」
と毎日仲間と宴会に興じました。
奥さんは不安もありましたが、女鬼の甲斐甲斐しい世話によって、無事男の子を産みました。
「この子が食われる前に、ここを逃げ出さねぇと……!」
折良く旦那さんが舟を漕いで、鬼の島へとやってきました。
連日連夜の酒盛りで、鬼達はすっかり眠りこんでいました。
旦那さんは奥さんを見つけると、側にいた女鬼が洗濯に出たのを見計らって家へと入りました。
「……助けに来ただ」
「……! お前さん……!」
「さ、逃げるぞ!」
旦那さんは赤ん坊を抱え、奥さんの手を引いて舟に乗り込みました。
しかし洗濯を終えて戻った女鬼が騒ぎ、寝込んでいた鬼達が起き出して来たから大変です。
「おのれ人間!」
「逃さんぞ!」
鬼達は海辺に口をつけて、水を吸い込み始めます。
するとその凄まじい吸引力で、舟が引き戻されて行きました。
「……お前さん……!」
「任せておけ!」
旦那さんはまず全裸になると、自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむきました。
そして、
「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
とハイトーンで連呼しながら舟の縁を昇り降りしました。
その後不意に真顔に戻り、
「これを10分程続けると妙な脱力感に襲われ、解脱気分に浸れる」
と良い声で決めたからたまりません。
鬼達は一人残らず吹き出しました。
「ぶわははははははっ! ……あぁ! しまった!」
吹き出した水に押されて、三人が乗った舟は勢いよく村へと戻りました。
げほげほとむせる鬼達の背中越しに、鬼は周りに気付かれないよう、ほんの小さく手を振ります。
そして、
「あーあ! あんな酒にも付き合わん陰気な女など、わしの嫁に相応しくなかったわ! いなくなってせいせいした! やはり嫁は鬼の女から選ぶのが良いかの!」
仲間の鬼達が三人を追わないように、そう声を張り上げ、家へと戻って行くのでした。
(ありがとう……!)
岸に上がった旦那さんは服を着ると、島に向かって手を合わせました。
鬼の提案はこうでした。
「ここで鬼の力を与えれば、村の者達に『鬼と不義を働いた』などと言われよう。じゃが鬼の島にさらわれて鬼の力を得たとなれば、何とでも言い訳が立つ」
「しかしそれではお前が悪者に……!」
「かかか。古来より鬼とは悪者。それでえぇ」
「……すまぬ!」
「顔を上げぃ。それと奥さんにも内緒でな。わしの仲間、特に女は勘が鋭い。本当にわしにさらわれたと思わせねば、どこで気付かれるかわからんのじゃ」
「……重ね重ねすまぬ……! 全てが終わったら必ず嫁には伝えるから……!」
「構わん構わん。ではここからは、わしらの島から助け出す策じゃ。わしは嫁が来た祝いじゃと連日仲間と飲み明かす。さすれば子が産まれる頃にはべろべろじゃ」
「その隙に舟で助けに行けばいいだな! わかった!」
「海に出ればまず大丈夫じゃが、水を飲んで引き戻そうとするやもしれぬ。その時は服を脱いで尻を叩き……」
鬼の優しい言葉が頭の中を巡り、旦那さんは涙を流しながら手を合わせ続けます。
「……お前さん……」
その様子に奥さんは全てを察し、赤ん坊を抱いたまま共に島へと手を合わせるのでした。
その後小綱と名付けられた男の子は、鬼の目論見通り村人から受け入れられ、その強い力と特殊な能力で両親と村を末永く守りました。
そして時折村をこっそり出ては、自分を救ってくれた鬼と、母親の世話をしてくれた女鬼、そして二人の間に生まれた子鬼達の元に遊びに行ったそうです。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
いや違うんですよ。
原作に『尻を丸出しにして叩き、鬼を笑わせて難を逃れる』流れがあるんですって。本当に。
そんなの見たらもう『びっくりするほどユートピア!』しか思い付かないじゃないですか。
しかしそこで笑いを取るには、実の親子では無理があるため、鬼の力注入をでっち上げました。
やりたい事はやったので、次回は別話として後半部分の小綱の苦悩をメインに書きたいと思います。
よろしくお願いいたします。