煙の向こう側
パロディ昔話第十一弾です。
今回は何の昔話がベースか、あえて内緒です。すぐバレる気もしますが。
いつもと変わった雰囲気をお楽しみください。
「そこを退け庵治」
「止せ田井。その刀で何をするつもりだ」
抜き身の刀をぶら下げた田井の目には、狂気に似た色が宿っていた。
「知れた事。あの男を斬る。これ以上城の者が彼奴への持てなしで苦しまずに済むように」
「姫のお言葉を忘れたか。血を血で贖うのでは無く、誇りある罰を。そう仰っていたではないか」
庵治の言葉にも田井の歩みは、ゆっくりではあるが止まる気配は無い。
「姫はお優しい。にも関わらず罰を与える事には首肯なされた。つまりここで手を下そうと結果は変わらん!」
「城の者皆が姫の意向に従い、身を削るようにして歓待しているでは無いか。それを無にする事は許されぬ。それに……」
逡巡の後、庵治は口を開く。
「……貴殿の妹君は立派であるぞ」
「っ」
田井が足を止めた。それを見て庵治が更に続ける。
「妹君の苦労を無にしない為にも……」
「……違うな」
「何?」
歩み寄ろうとした庵治の足が止まった。
田井から放たれるただならぬ殺気が、友としてより剣士として庵治を動かした。
「今すぐ彼奴を斬って妹を救い出す! それこそが真に妹の為になる事よ!」
「くっ!」
振り払われた刀は、庵治の服を浅く切り裂いただけに止まった。
「田井!」
「抜け庵治。刃を合わせもせず斬られるは剣士の恥であろう」
「……」
「貴様が抜けぬと言っても、俺は遠慮無く貴様を斬るぞ」
「……田井」
止む無く刀を抜く庵治。
その切先は迷いで激しく揺れていた。
「本当に、本当にこれしか道は無いのか! 今少しの時を待つ事は出来ぬのか!」
「相変わらず微温い事を。我等が剣を学んだのは何の為だ」
「城の者を、同胞を守る為だ!」
「今がその時なのだ。何故分からん?」
揶揄うように言うと、次の瞬間、田井の刀は庵治の間合いに滑り込んでいた。
下からの斬撃を、すんでの所で弾く庵治。
「田井!」
「斬られたくなくば刀に魂を乗せろ庵治!」
激しく打ち込む田井。庵治はそれをかろうじて防ぐ。
「どうした! そんな我が身だけを守る剣で何を守ろうと言うのだ!」
「お前を、お前を斬りたくはないのだ田井!」
「まるで俺を斬れるような口ぶりだな。道場で序列が僅かに上だっただけで調子に乗るな!」
田井が刹那間合いを外し、上段からの裂帛の打ち下ろし。
まともに受ければ刀が折れる。
庵治は咄嗟に間合いを詰め、鍔迫りに持ち込む事でそれを避けた。
「何だその腑抜けた剣は!」
「ぐっ……」
じりじりと押し込まれながら、それでも庵治は激しい迷いの中にあった。
(何故だ! 確かに激し易い気性の田井ではあるが、ここまで分別の無い行いをするとは……! 妹君の事が田井を変えたのか……?)
迷いに揺れる庵治の眼が、廊下の角に輝く複数の銀光を捉えた。
(あれは……)
「真剣勝負の最中に余所見とは、舐められたものだな!」
「ぐっ!」
蹴りを腹に受け、たたらを踏む庵治。
その頭上に田井の振り上げた凶刃が迫る。
「不肖の同輩よ。水魚不断流奥義『落崩破』で葬ってやろう」
大上段の構え。両の腕に並ならぬ膂力が込められる。
甲冑で固めた武者であろうと両断する、必殺の剣。
「きぃぃぃ…えええぇぇぇ!」
渾身の気合いを耳にした庵治は、そっと目を閉じた。
「……済まぬ」
弾けた血飛沫で壁が、天井が紅く染まった。
「……無念。しかし見事」
天を衝くような突き上げに、左腕を長々と切り裂かれた田井の血によって。
「『得雲龍』、ならば、心の臓を、貫けば、終わりで、あった、ろうに、貴様は、とことん、甘いな……」
「甘いなどと人の事を言えたものか」
懐から出したさらしで血止めを施しながら、庵治は小さく笑う。
「敵に『斬れ』と叫ぶ剣士が何処に居る」
「うぐ」
慌てて見回す田井に、庵治は優しく首を振る。
「廊下の角から覗いていた輩は、貴殿の血に怯えて逃げ去った。これで強硬派も暫く身動きは取れまいな」
「なっ! 庵治! お主、何時から……」
驚きに彩られたその顔に、狂気の色はもう無い。
庵治が知るいつもの田井だった。
「端から疑問はあった。貴殿は直情ではあるが愚かでは無い。何より姫を心より敬愛しておる」
「き、貴様……!」
かなりの血を失ったにも関わらず、顔に朱を昇らせる田井に、庵治は安堵の苦笑を抑えながら続ける。
「強硬派の旗頭になって俺に討たれ、闘志を挫く。思い至れば何とも貴殿らしい」
「う、五月蝿い! そうでもせねば討ち入りかねぬ気運であったのだ!」
「強硬派はそこまで……」
深刻な色を浮かべる庵治と対照的に、呵々と笑う田井。
「なぁに。水魚不断流免許皆伝の俺が、あれだけ見事にやられたのだ。逆らう気骨など最早無かろうよ」
「ならば良いがな」
庵治と田井は、共に嬌声の響く壁の向こうの宴席へと目を向ける。
「後は姫様にお任せしよう」
「あぁ、そうだな」
沈鬱の晴れない庵治の肩に、田井が右腕を回す。
「それにしても我が妹の事を随分の気にかけてくれているようだな。どうだ? 嫁にせぬか?」
「な、何を言うか!」
「お主ならば文句も無い。不出来な妹ではあるが、貰ってやってはくれぬか?」
「馬鹿を抜かすな!」
真剣で斬り合い、血に塗れた二人だったが、その姿は心を許し合った親友以外の何物でも無かった。
「……どうされました?」
「いんや、何だか騒がしかったべが……」
「おこぼれを頂戴した者が、酔って何かしたのでしょう。ささ、もう一杯……」
「あ〜、こりゃ悪いべなぁ」
酒を呷る男を見ながら、姫は心中で手を合わせた。
(庵治、ありがとう……!)
だが庵治が動いたという事は、強硬派の反発が実力行使にまで至ったという事でもある。
これ以上時がかかれば、城の分裂すらあり得る。
(……やはり私は間違っていたのでしょうか……)
目の前の男は同胞の仇。
だが同じ羅刹に落ちる位なら、心を殺して誇りある罰を。
それは果たして正しかったのか。
単純に命を持って償わせた方が良かったのか。
迷いは尽きない。
(しかし……!)
自分の選択に、庵治を始めとして城の大半の者が従ってくれたのだ。
今更曲げる訳にはいかない。
(早く、早く……!)
その願いは天に通じた。
「はぁ〜こんなんご馳走になっちまって申し訳ねぇけんどもさ、そろそろ家さ帰んねぇと母様が心配ぶつでな。そろそろお暇するべぇ」
(来た!)
姫は喜色を押し殺し、残念そうな顔を装う。
「それはそれは。大変残念ではありますが、お家の事とあれば致し方ありませぬ」
姫は立ち上がると手を打った。
「お帰りである! 亀井をここに! そして太郎様にお土産の玉手箱をお持ちしなさい」
読了ありがとうございます。
という訳で浦島太郎でした。
・浦島太郎は格好からして漁師
・竜宮城は魚達の城
・玉手箱による一見理不尽な老化
つまり浦島太郎の物語は魚達の復讐劇だったんだよ!
ΩΩ Ω<な、なんだってー!?
子ども達には、
「浦島太郎は亀に連れられて竜宮城に行きました。しかしそれは罠だったのです! 浦島太郎は魚にボコボコにされて泣きながら逃げ帰り、魚をちゃんと無駄なく食べる立派な漁師になりました。めでたしめでたし」
と締めましたが、今回は時代小説風にしてみました。
流派や技の名前で三国志を連想した方、僕と握手!
では次回は、赤ずきんセカンドシーズンを……。
あっ! 待て逃げるな! 大丈夫! 優しい世界にするから!
どうぞお楽しみに!