縁屋宴奇譚
架空の時代、架空の場所、そして架空の設定を過分に含みます。さらに地の文多いです!
また、直接的な描写はありませんが、一部津波と取れる部分があるかもしれません。ご注意ください。
「海に浮かぶ神秘の城」って聞いたことありますか?
他所の人たちは鼻で笑うでしょうが、ある海域近くに住んでる人やそこを通る船乗りならば、誰もが一度は見たことがあるそうです。
霧の中にぼんやりと浮かび上がる黄金の天守は、誰もが見惚れるくらいに幻想的な光景だとか。
え? ありませんよ。ですが、うちの店主は依頼のために城の中まで入ったそうです。なんでも、そこではいつも宴が行われていて、多分今もやってるだろうと言ってましたね。
宴といっても、何を祝ってるかなんてもう誰もわからないようで、とにかく楽しげに踊りを見ては歌い、そして酒を煽って過ごすんだそうです。
始めは抗っていたという男も、やがては快楽に身を任せて宴に興じていきましたーー
* * * * * * * *
「ほら、お前さんも飲め飲め!」
すっかり有頂天になった男は、空になった盃を見つけるや否や、酒を注いでいく。すでに何人かは潰れて寝ているが、誰も気にしない。どうせ放っておけば美人の女中たちが世話をしにくるのだ。それが目当てで放置している節もあるのだろう。
「お、いつからそこにいたんだい? 美人さんよぉ」
ひっくひっくと、しゃくり上げながら、ひとりの酔っ払いが庭の隅に向かって声を上げる。周りの男もそれに反応した。
「おお? 一体何をしてんのかなぁ?」
「男と待ち合わせ? 俺も混ぜてくれねぇかなぁ?」
その暗がりにはーー女の顔がぼんやりと白く浮かび上がっていた。
生首にしか見えないそれに、平生ならば肝が冷えて心臓も縮み上がったことだろう。しかし、酔いで気が強くなった男たちは思いっきり笑い飛ばした。
「なんだ顔だけ美人じゃねえか! 体がねえと話になんねえよ」
「そうかそうか化け物も宴が好きか!」
「いや、男好きなのかもしれんぞ? 俺はどうかね?」
宴を見ていた若い女の顔は、下卑た声にも反応せず、ずっと薄ら笑いを浮かべている。しかしほどなくして、闇に紛れて消えてしまった。酔いが回った男たちは、消えた女のことなどすっかり忘れて再び酒を煽り、やってきた女中に歓声を上げる……当の女中には鼻で笑われたが。
そして、次に男たちが気が付いた時、全員仲良く庭に転がっていた。陽も既に高くなっており、頭上では黄金の天守が眩しく光り輝いていた。
あちらこちらで騒ぎの後片付けをする女中たちは顔をしかめて迷惑そうだが、男たち自身は特にお咎めもなく家に返された。これが宴の後のお決まりの流れである。
初夏の日差しはじりじりと頭を焼き、さらに粘つく潮風は肌に纏わり付いてくる。倍増する気持ち悪さに、男たちはいつも以上に怪しい足取りで家に帰っていった。幸い、干潮の今なら城は陸続きで渡ることができたため、千鳥足でも海に落ちることはない。
「あーいてて……ほら、帰ったぞ……」
「あれまあ……ひどい顔じゃないか。あんまり調子に乗ると城主様に切り捨てられるよ!」
城から一町(約110 m)ほどのところにある村に帰って来た男は、家の中からきんきん響く声に頭を抑えた。そして、妻の機嫌をとろうとしたのか、貰ったあるものを取り出す。
「おやまあこんなものまで頂いちまって! なんて御礼をすれば良いんだい!」
その結果、ますます興奮して高くなった声にげんなりとして、家に入るなり横になってしまった。そうして寝入った夫を尻目に、手土産の立派な野菜を抱えた妻はひとりごちる。
「一体全体、城主様は何を考えてるんだろう?さっぱり顔も見せないし……」
十日ほど前、この漁村や近隣の村から、特に屈強だと評判の男たちが城に呼ばれた。理由も知らされず、明らかに不自然だったのだが、男たちによれば戦の素振りも見られず、それどころか宴で酒を振る舞われているという。初めて聞いた時は誰もが耳を疑っていた。
しかし、漁で成り立つこの村で、漁師である男たちが早朝に動けないのは厳しい。手土産があるとはいえ、これだけでは村中の女子供や老いた漁師にかかる負担はとても賄いきれていなかった。
「いや、戦がないのは良いことなんだけどね……」
途端に聞こえてきた能天気な鼾に、妻は呆れたようにため息をついた。
宴に向かう頃には満潮だ。海に浮かんだその金色の天守は、今宵も月に輝いている。しかし、岸から伸びる唯一の橋の欄干には塩がこびりつき、金属は色が変わって曇ってしまっていた。見た目は美しい城だが、その分、女中や下働きの者たちはさぞ塩害に苦しみ、大変な思いをしながら日々掃除をしているのだろう。
あれからずっと寝ていた男は、ため息をついてその欄干を撫でると、集まってきた仲間と共に城へ向かった。
そして早々に酔い潰れて雑魚寝を始めてしまった男たちは、上から覗き見る影には気付かない。
「ーー確かか?」
「はい。この目でしかと」
「ああ、やっとか。中々に浪費したが、その分しっかりと役に立ってもらわねば……」
闇夜に紛れていた女は、ふと天守を見上げる。その笑みはどんどん深くなっていった。
翌日の夜も男たちは城にいた。これで三夜連続だ。いくら宴好きの酒好きでも、流石に明日も昼間ろくに動けないとくれば、各々母や妻に尻を叩かれる羽目になる。さらには前日の酔いを引き摺ってか、既に青い顔でふらつくものもいる始末だ。
「なあ……やっぱり俺たち、うまいこと乗せられてるんじゃ……」
ふらふらで気弱になったお調子者の言葉に、他の男たちも流石に不安そうに顔を見合わせた。
この宴には最初こそ戸惑った男たちであったが、きっと城主が労をねぎらってくれているのだと喜んでいたのだ。しかし、城主はおろか、城勤めの家臣たちですら顔を見せたことはない。お気楽な海の男たちでも、ここまで続くと、何かの目的のために集められているに違いないとしか思えないだろう。
それでも、城主には恩義があった。度々沖合に現れる海賊や、嵐と共に頻繁に襲いくる高波からいつも守ってもらっていたのだ。彼らは、段々と見慣れてきた「海に浮かぶ神秘の城」を渋い顔で仰ぎ見ると、足取り重くそこへ向かった。
「城主様、一体どうしちまったんだ……」
酒は程々にして周りの様子を探ろう……そう身構えていたにも関わらず、庭に着いた途端、彼らは浮かれて宴に興じ始めていた。
「おぉ美人さん今日もいるのかい。男はどうした? 俺が相手してやろうか?」
今夜もいた白い生首女に、挨拶のように声をかけていく。この二日間、一度も会話は続いていない。昨日も女は消え、男たちは如何にも怪しいそれをすっかり忘れて宴に戻ったのだが、今夜は違った。
「すまないけど、彼女のお相手は決まってるものでね」
横から乱入してきたのは、浅葱色の着物の男であった。口元を黒い布で覆っているため表情は見えないが、その声はまだ若い。
縄を手にしたその若い男は、女の顔に手を伸ばした。何かが書かれた札のような紙があちこちに括り付けられた荒縄は、あっという間に影に隠れていた体を縛り上げてしまった。
「おい? お前さん、何をやっとるんだ!?」
まだ酒があまり入っていなかったのか、酔いが飛んだ男たちは焦ったように問い詰めた。
闇に紛れる黒い着物の女は、その着物が食い込むほど硬く縛られていたが、微笑んだまま男を見返している。
眼光鋭く女を一瞥した若い男は、続いて周りに詰め寄ってくる男たちを睨みつけた。今にも飛びかからんとする血気盛んな男たちだったが、その腰に下げられた派手な装飾の刀に気付くと流石に二の足を踏んだ。
その隙に、若い男は口元の覆いをぐい、と引くと、身構えた彼らに向かって白い煙を吹きかける。そして、身を翻してさっさと城の中へ女を引っ張っていってしまった。
身構えていたはずの男たちと言えば、煙の中でぼやっと突っ立って二人を見送っていた。そして二人の姿が見えなくなると、すかさずやってきた女中に酒を渡され、全て忘れたかのようにまた宴を再開したのだった。
おかしな術を使った男は無言で天守まで登って行く。女は特に反抗しない。
「連れて参りました」
そうして女が引き出されたのは、これまた宴の席であった。そこにいたのは、下の粗野な男たちとは違い、上等な着物に身を包んだ男たちである。酌をする女中たちの動作もひとつひとつ丁寧であり、時折媚を売るような笑みも見せていた。
「これが妖魔とな? なんとも凡庸な女ではないか、術師殿」
「いやいやいや何を申す。美しい女ではないか」
「……確かに顔立ちはなかなか。だが、やや地味だな」
好き勝手に批評し始める男たちに、縄の先を持った術師は押し殺したような笑い声を上げた。その、どこか馬鹿にしたような声が聞こえたのは女だけだろう。
「ま、美醜は人それぞれですからね。でも考えてみてください。妖魔は人に紛れ込むのですよ? 凡庸でなくてどうしますか」
その言葉に、彼らは少し距離を取る。見た目は普通の女だが、中身は得体の知れない化け物であることに思い至ったのだろう。一方の女と言えば、そんな周囲をきょろきょろと見渡していた。そこへ、
「これ、近う寄れ」
広間の最奥、御簾の向こうから声がかけられた。三十人ほどの集まった空間が、水を打ったように静まり返る。そして、またもや引き摺られるように御簾の手前に座らされた女は、目を細めて身を乗り出し、その奥を見ようとした。それを横目に術師は下がる。
「不遜な態度だな……これ、女。お前は妖魔の類か?」
「……何故そんなことを?」
女は城に来て初めて声を出した。周囲は一瞬どよめいたが、御簾の奥から不敬を咎める声はない。彼らは再び口を閉じて、全く動じない女の様子を伺った。
「何、妖魔の類なれば主従契約というものを結ぼうと思うてな。なんでも、それを結べば、妖魔はこちらの言うことを聞かざるを得ないとか……」
術師から情報を得たのだろう。城主は御簾越しでもわかるくらいぎらぎらした視線で女を捉えていた。
「女よ、欲しいものはないか? 契約を結ぶなら、儂に手に入るものなら何でもくれよう。下の男たちは捧げ物だ」
女が首をかしげるのに、城主は快活に笑った。
「妖魔は宴好きの酒好きと聞く。さらには、彼奴らはここらで最も精のある男たちだ。今ならば呪術をかけているから、どんな言うことも聞くだろう。煮るなり焼くなりなんなり好きにするが良い」
「なんだ、それじゃあれらは餌かい……別にいらんな」
表情は薄ら笑いのままだが、非常に素っ気ない返事である。
「では、何か酒でも……」
しかし、女は首を横に振る。そして一言、
「城」
と発した。突然のことで理解が及ばないのか、返事はない。
「……城を明け渡せ、と言ったらどうする?」
念を押すようなはっきりとしたその言葉に、周りからは怒気が降り注ぐ。
「よもや我らを追い出すつもりか!」
「もし、そうだと言ったら?」
女は全く動じない。人々はさらに声を荒げたが、低い笑い声が聞こえて来た途端にさっと鎮まった。
「……その時は、また別の物をおびき寄せるだけよ」
術師が腰の刀に手をかける。その様子を仰ぎ見た女は、馬鹿にしたようにころころと笑い始めた。
「なんとまあ骨がありそうなおもちゃだ」
そのまま何事もなかったように再び御簾に向き直る。
「何、さっきのは冗談だよ。無骨な昔と違って、この城は実に素晴らしい。それで一目惚れしたやつがたくさんいたもんで、つい焦っちまった」
そう言った顔はまだ笑いを堪えている。どこか楽しそうなその様子に、術師は呆れたように大仰なため息をついた。
「退魔の刀相手に、なんとも肝の座った女だ……」
一方の城主は豪快に笑う。怒りに立ち上がっていた者たちも、釈然としないまでも引き下がる。
「契約した暁には、この城を自由に使い、存分に自慢するが良い! その代わり、主人の命には従ってもらうがな」
女は首をかしげた。
「私が言うのもなんだが、あんた本当に良いのかい? 相手は人外の化生だよ?」
「良い良い。今を楽しく生きたいと願うのは人の常。例え閻魔に謗られようとも、儂はそのための手段は選ばん」
その言葉に、女はひとつ確認をした。
「その手段だが、あんたらの言う妖魔に何を望むんだい?」
「富と平和だ。これ以上のものはないだろう」
富と平和、ねぇ……女はしばらく考えると、やがて何かに思い至ったのか、ひとつ聞いた。
「この宴はその象徴なのか?」
如何にも、と城主は笑い混じりに答えた。
「富があり、平和な時分でなければこんな頻度でやってられんよ。宴の場は、時として人間の暴力的な本性を露わにするが、儂はそんな時間も必要なことだと考えておる。誰とは言わんが、真面目過ぎるのは息が詰まるとは思わんか?」
周りからは忍び笑いと賛同の声しか上がらない。どうやら皆、思い当たる節があるらしい。
「最近では、下の男たちにも酒に手土産までくれてやったんだ。契約した暁には、毎日宴ができるくらいの富は最低限欲しいな」
それを聞くと、辺りは嬉しそうな騒めきに包まれた。どうやら彼らは、渋い顔でここへ来ていた下の男たちよりもずっと宴好きらしい。その様子に、女も笑って言った。
「なら良いだろう。宴は大好きだからね」
「では、契約を……」
その言葉とともに、女の前に文机が運ばれてきた。縄を解かれた女は、その上の巻物を広げ……顔色を変えた。
「ーー城の者たちとまるごと契約?」
思わず顔を上げて城主の様子を見る。御簾に向かって体を浮かせた女だったが、その細い首に鋭くひやりとしたものを感じて静止した。
刀を突き付けた術師は、女がそのまま何か言う前に口を開く。
「誰も城主様だけ、とは言ってませんよ。ここの者は皆、城主様と主従契約を結んでいますからね」
必然的に彼らも契約に組み込まれてくることになる。つまり、妖魔は彼ら全員の命を聞かなければならないのだ。
「わかったら早く署名した方が身のためです。ここで消されるよりは、皆さんの言う事を聞いて過ごした方がずっと良いでしょう?」
そう言うと、立て続けに魔を封じる結界を張る。もはや逃げ道はない。それを見てとった女はため息をつき、筆を取った。
術師はその手元を見ようとしていたが、そこにあるのは大陸の文字である。わかるわけがない。
巻物を畳むと、女はさらに懐から新たな和紙を取り出す。
「……さっきの条件くらい書いておいてくれないと困る」
その一、従者となった者は城は自由に使って良いが、主人の命は絶対とすること。
その二、永劫の富と平和の享受……その証として、毎日宴をとり行うこと。
さらさらと条件を書き上げた女は、最後に再び契約者の名を書き、億劫そうにひとつ頷いた。
押し殺したような笑い声がそこかしこから降り注ぐ。何をやらされるのか薄々想像はつく。女はさらにひとつ息をつくと、城主の側仕えにその和紙と巻物を渡す。
「さあ……そっちの紙にはあんたの名前と、あと血判を。それで全ての契約が結ばれる」
受け取った城主は言われるがまま書面を完成させていく。術師はその間に女に問うた。
「なんという妖魔か?」
「……名乗るほどのものでもなし、そういうのは主人だけが知ってれば良いじゃないか」
まだ口答えする気か、と術師はもう一度荒縄を構えるも、主人という呼ばれ方に気分を良くした城主に下がらされた。
女は、厳しい目で自分を睨む術師にも、にやにやと笑う城の者たちにも見向きせず、ひとり難しい顔で唸っていた。
「人数の追加か……大丈夫かなぁ。まあ、あの契約なら許容範囲かな。仕方ない、全員がそう望むなら叶えてやろうか」
女はぶつぶつと呟き続ける。
「豪奢な城に変えてくれたし、なんたって、あの厄介な塀もまるごと取り払ってくれたし」
契約書を書き上げた城主は、満足気に顔を上げる。御簾を上げると自ら家臣の隣に並び、新たな門出を祝う宴を始めた。その手には女の書いた契約書が、手当ても忘れられた手にしっかりと握られ、血を吸い込んでいる。
そして、契約したはずの女の姿はとっくに霧散していたのだが、それに気付いたのは、契約の巻物も結界札も燃え散り唖然とする術師ただひとりだけ……。
ーーごぉぉぉぉぉん……
その地響きは大きなうねりを作り出す。その中心では、何かが笑っていた。
「今回はお前の勝ちだ。全て持っていけ」
岸辺では、男がひとりそれに向かって自嘲するように笑う。
「……さらばだ。これからは思う存分、宴に酔いしれると良い」
歓喜にうねり狂うそれを見つめる目は、最後まで凪いでいた。
翌朝、いつものように酔いどれ状態で目覚めた男たちは、
「う……なんだ?」
揃って全身の痛みに掠れ声で呻いた。
「何が起こったんだ? いつの間に帰ってたんだ?」
全員がぼろぼろの状態で、並んだ煎餅布団に寝かされている。しかも、あの立派な庭ではなく、村の中でも海にほど近いぼろ家だ。戸惑ったように顔を見合わせていると、
「お、起きたんだね! あんた……」
泣きそうな顔をした女が、ひとりの男に駆け寄ってきた。男の妻である。
「いてて……おい、一体何があったっていうんだ?」
「ああ、神様……」
泣きながら妻が話したその内容は、とても信じられないものだった。男たちは痛む体を引き摺り、あばら家からひとりひとり外へと踏み出していく。
彼らが見たのは、ただただ広い海である。視界を大きく遮るものはなく、精々、大量の小舟に視線が引っかかる程度である。どうやら近隣の村々が総出で海に出ているようだ。
岸に集まっていた者は皆、駆け寄ってきては無事を喜んだ。しかし当人たちの視線は、その穏やかな海原に釘付けになっている。
「う、嘘だろ……」
昨夜まで確かにそこあったはずのものは、根こそぎ奪われ見る影もなくなっていた。かつての城砦としての堅固な塀があれば、こんなことにはならなかっただろう。
欠片すら残さず、海上に浮かぶ神秘の城は、その存在自体が幻となってしまったのだ。
「あ……あの方は……!」
「城主様!? ご無事だったんですね!」
* * * * * * * *
ーーさて、こうして海に浮かぶ神秘の城は消えました……それにも関わらず、海上にぽつりと浮かぶ城を見るものは後を絶えません。
霧の中でも輝く天守を、船乗りたちは我先にと追ったのですが、誰も辿り着くことはできなかった。近づこうとしても、幻のように突然かき消えてしまうのです。
しかし、ある時偶々、船の近くに現れたことがあるそうです。深い霧に紛れてすぐに消えたようですが、とても楽しげな宴の声が聞こえたとか……。
この話を聞かせてくれた時、彼女は苦笑してましたね。
「片方は偽城主と縁を切りたい、もう片方は城が欲しいが人間嫌い……だから従者はあの城主ひとりまでにしようとしてたのに、結果的には契約の連鎖で予想外に多くなった。いや、あの時は焦ったな」
しかし、当の依頼者たちは許容してくれました。
片方はーーあんなちゃらんぽらんに賛同し、あまつさえ民を蔑ろにするような奴らはいらん。引き取ってくれるなら城ごと化け物にくれてやる。
もう片方はーー煩そうな奴らだが、あの堅物を追い出して城を好みにしてくれた上に、今やこちらの言いなり、さらにはおもちゃまで付けてくれたんだ。宴なんぞ毎日やるし、許容しよう。
「ーー互いに城を巡って争った仲だが、今回は依頼内容が噛み合った。契約した彼らも、もうあくせく働く必要もないんだ。本当の城主も、そして蜃も、全員が満足してたよ」
ん? ええ、そうです。依頼者は色々いますよ。
ーーさあ、果たして、蜃気楼の主はどのような方なんでしょうね?