プロローグ
俺の住む辺境の街、ロートスの近郊にダンジョンが発生して早五年。
ロートスにも、他のダンジョン街にみられる現象、いわゆるダンジョン特需が発生した。
ダンジョンの富は、人を惹きつける。
ダンジョンから生み出される、魔物達の素材や道具という『お宝』に人々は群がるからだ。
まずダンジョンを目当てにした冒険者が増え、そして冒険者を相手にする商人や鍛冶屋と言った職人が増え、彼らに合わせるように街の規模はどんどん拡大していった。
静かで平和な事が美点だった辺境の田舎街ロートスに、群がる人々の巻き起こす喧騒。
そんなロートスの、ダンジョン特需のわずかな恩恵を受けながら、育ての親の爺さんの後を継いで雑貨屋を営んでいるのがーー
「ねぇ、ハルヤ! 話を聞いているのか?」
幼馴染の一人であるレイナの呼び掛けを無視するために、街の事を考えながら現実逃避をしていた俺だったが、耳を思いっきり引っ張られて、現実に戻される。
「いたたたたっ! お前加減を考えろ! 加減を! 千切れたらどうすんだ!?」
「だってハルヤなら仮に耳が千切れちゃっても、簡単に元どおりに治せるだろ」
クリーム色のショートカットの気の強い女性、レイナの言葉に、
「そういう問題じゃねーよ! そもそも幼馴染が耳を千切ろうとするな!」
俺は耳をさすりながら言葉を返す。
「だったら、私の事を無視しないでくれ」
レイナが頬を膨らませ、腰に手を当てながら、何故か自分が正しいかのように主張する。
「どーせあれか? また『ダンジョンに行ってお宝を探しに行こう』だろ? 悪いがパスだパス」
ささやかに営む雑貨屋とはいえ暇ではない。
特に開店前の今は商品の陳列であまり人の話を聞く時間は無いので、
「だってもったいないよ! ハルヤの魔力、特に〈回復魔法〉は、ダンジョン探索に使うべき、神様の贈り物だ」
レイナの言う通り、俺の魔力は普通の魔法使いの軽く数倍はある。
そして回復魔法に関しては、この街一番の神官も驚くレベルだ。
小さい頃から簡単な回復魔法が使えた事と、ダンジョン発生とともに育ての親である爺さんが、流行病で倒れたので治療しようと街の神官さんに教えてもらいながら修行したら、かなりの適性がありメキメキ成長した。
だが、結局は間に合わなくて、爺さんは亡くなってしまったけどな。
「俺は神様の贈り物より、爺さんが残してくれたこの店を大事にしたいね」
爺さんが亡くなってすぐは右も左も分からず雑貨屋を経営していたが、ダンジョン特需によって集まった冒険者が、ダンジョンで使用する為に購入して行った。
それで、俺が頑張って勉強して作った手作りポーションの効果を、口コミで広めてくれていること。
爺さんが生きていたころの常連さんたちの助けもあり、最近は順調に商売を続けられている。
商品を並べながら、その後も食い下がってくるレイナを適当にあしらっていると……。
「レイナ、無理強いはよくありません」
「だって、ソル、ハルヤが往生際が悪いんだもん」
俺たちのやりとりを黙って見ていた、もう一人の幼馴染の銀髪の女性、ソルがレイナをたしなめる。
「往生際って……。そもそも住生するつもりは全くねーよ」
俺の言葉に、ソルがその美しい銀髪を揺らしながら頷く。
「そうです、レイナ。ハルヤはお爺様から大切に受け継いだこの雑貨屋を大切に考えているのです。その気持ちをわかってあげなければいけません。所でハルヤ、ギルド長の机にこんな物が」
俺のことをかばいつつ、ソルが慌てた表情になってある書類を見せてくる。
「なんだこれ……、冒険者ギルド拡張申請書?」
「はい、ギルド長、つまりはわたしの叔父の机から拝借してきました。普通ならチラッと見るだけで終わってますが、今回はとんでも無い内容だったので持ってきました」
書類には〈超機密! 絶対に持ち出しダメ〉と書いてある。
ソルの父親の弟さんは冒険者ギルド、ロートス支部の支部長だ。
となると、これは冒険者ギルドの機密書類ということになるが、
「こんなもん、持ち出していいのか……」
俺は背筋に冷たい物が走ったがソルは、
「普通はダメですが、緊急事態だったので」
そう言って焦った表情から微笑む表情になった。
普通の男性なら一発で惚れそうになるような、綺麗な笑み。
ーーだが、長い付き合いの俺には簡単にわかる。絶対悪巧みしている時の顔だ。
嫌な予感を覚えつつ中身を見ていると……。
「えっと……区画整理?」
「はい、増え続ける冒険者に対応するため、冒険者ギルドの建物の拡張案と、冒険者ギルドと商業ギルド共同の施設を作るための計画書です。ただ、問題はここではないです」
計画書には地図も添付されており……。
うちの店が、開発予定地に入っているだと!?
「ちょっと待て、うちの店開発予定地に入っているじゃねーか!?」
「残念ながら、そのようです。この書類を見た時はわたし
悲しそうな顔でソルが言って来た。
「申し訳ないのですがわたしには叔父を止める手はなくて、もしハルヤが良ければ回復魔法の力でギルドに貢献してくれたら、代わって説得しやすいのですが……。後、ギルドで問題が起こっているのでその解決にも力を貸してほしいのです!」
なんか三文芝居を見ている気分にはなるが、俺はソルを半眼で見ながら……。
「ハァ……」
俺は陳列をやめて、店に閉店の札をかける。
そして一階の住居スペースのキッチンで俺は、コップにお茶を入れて二人が座っているテーブルに持って行く。
「さて、ここならゆっくり本題に入れるから、何があったのかを話してもらうぞ」
俺は、レイナとソルを半目で見ながら質問する。
「実は、ダンジョンにイレギュラーな魔物が出現したんだ」
レイナは真面目そうに言って来たが……。
「あのさ、そのイレギュラーな魔物と俺、何が関係あるんだ? 言っちゃあ悪いが、有力パーティーが倒しに行けばよくないか。それより開発の方が気になるのだが」
はっきり言ってそっちの方が気になるが、ソルは少し俯きながら。
「もちろんギルドは有力パーティーを派遣したわ、しかもこの街のトップクラスの実力者達に、でも結果は敗北して死者は出なかったけど大怪我をしている人がほとんどね」
そう言い、更にレイナとソルの表情が暗くなる。
それと、開発の事の説明は?
「ハルヤには対イレギュラー魔物チームが組まれるから、そこに入って貰えるかしら。そうしたら開発の話も止まるかもしれないわ」
いやさ、ソルはなにかを隠しているよね。
「あのさ、すごい利用されているように感じるのだが気のせいか?」
はっきり言って、遠距離支援しか出来ない俺を連れて行ってもあんまり戦力にはならないぞ。
なので、百歩譲って怪我をした冒険者に、回復魔法を使うならまだ納得は出来る。
なので、二人の目的は俺をダンジョンに連れて行く事だと思う
後、開発はなんとかしてくれ。
「それはこの街の回復魔法使いの中で、ハルヤがかなりの腕利きの中に入っているからね」
それを聞いて俺は頭を抱えてしまう。
「大丈夫だ、戦いの方は私とソルでハルヤを守るから」
レイナがニッコリ笑ってそう話す。
次にソルは頷いた後、
「うん、もちろんよ」
と言って来る。
「ハァ、とりあえず開発の件もあるし一回ギルドに行かないといけないからな」
二人は、俺のその言葉を聞いて、かなりいい笑顔になった。
「そうと決まれば早速冒険者ギルドに向かうぞ」
「ちょっと待て、俺の装備とか使うアイテムとかどうするんだよ」
「そのことなら大丈夫、ちゃんとギルドが用意しているわ」
ハァ……。なんか二人の顔を見ていると、利用されているように見えるのは気のせいか?
そして、レイナとソルが勝手に戸締りをして、俺の両腕をガッチリ掴み、冒険者ギルドに引っ張って行く。
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