表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

君恋し 

作者: 秋野 木星

美術館の池に浮かぶ蓮の花を見ると、僕はいつも遠き日の君のことを思い出す。



倉敷(くらしき)大原(おおはら)美術館にモネの睡蓮(すいれん)があるんだって。一緒に見に行ってみない?」


君がそんなことを言いだしたのは、僕等が高三の夏休みのことだった。



静かな美術館を訪れて、ついでに倉敷川のほとりの美観地区(びかんちく)をゆったりと散策する。

そんなつもりで駅に着いた僕たちの前に広がった景色は、思ってもみないことに大勢の人でごった返した、駅前通りの喧騒だった。


「あら、今日はお祭りだったのね」


車が通行止めになった通りには、巨大なお面をかぶった「素隠居(すいんきょ)」と呼ばれるジジババがいて、大きくてボロボロのうちわを抱えて、歓声を上げる観光客たちをあおぎまくっていた。


「よーそれなぁー、やっとこしょ」


祭りの歌とは思えないぐらいのんびりした男たちの掛け声と、ダラダラと続く千代楽(せんだいらく)と呼ばれている神輿(みこし)の群れが、大通りを渡って商店街の中へ消えていく。

どうやら商店街の外れの小山に倉敷神社があるらしい。



「ついて行ってみましょうよ」


サラサラした横髪をさりげなく耳の後ろにかけて、君は僕を見上げていたずらっぽく微笑んだ。

キューンと息苦しいほどに胸の奥が痛くなったのは、僕が君に溺れ死にそうな病に(かか)っていたからかもしれない。




『青春の鼓動』

僕が秋の南高祭(なんこうさい)のために書き上げた詩だ。

 

 涙の川をいくつ超えたら 明日の自分になれるのか

 踏みしめる大地の上に いつの日か堂々と立てる 我を見つけられるのか

 

 青春の光と闇の中で

 よぎる迷いを自信に変えて

 何かを求め 限界まで手を伸ばした先には

 つかめるものがあってほしい

 夢の欠片(かけら)が残っていてほしい


 湧き上がる原始の鼓動を 身体中に強く響かせて

 燃えよ 空高く

 飛べ 南に向かって

 遥か彼方の空に 叫ぶんだ

 

 足を止めることなく リズムを刻め 

 そうここに刻んでいけ

 君の精一杯の 青春の鼓動を




南高祭の準備をするために、クラスでは毎日、遅くまで作業が続いていた。

暗くなった田んぼ道を、君と自転車を並べて帰るのが僕の楽しみだった。


後ろから僕たちの間に差し込んできた自動車のビームライトの光を避けるように、僕は君の自転車の後ろに回り込もうとした。


しかし次の瞬間、僕の目に映ったのは、愛しい君の後姿ではなかった。


逆さに舞っている世界


僕の遥か下に見える君の驚いた顔


自動車の急ブレーキの(きし)んだ音の光跡と、何かが壊れていく耳を覆いたくなるような響き




「ほら、イチゴ味も美味しいでしょ。あなたのは食わず嫌いなのよ」


舌を真っ赤にしてかき氷をほおばりながら、僕を(さと)す君


試験の前に「ヤバいヤバい」と言いながら、不安そうな顔をする君


友達と話していた時に僕が通りがかったことで、照れくさそうな表情をする君


目を合わせて、真剣な声で交際を申し込んできた君



あの夏祭りの日、将来を誓ったね。

蓮の花が浮かんでいる池の(ほとり)だった。


今でも遠き日の君の面影が、僕の心を創っているんだ。


君が恋しいよ

…………

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 切なさと恋しさが募った情景が目に浮かびました。 素敵な思い出が一瞬にして悲しみへと変わる。 短いのにここまで綺麗に人の心を表現できるのはすごいです。 願わくば、主人公が彼女の死を乗り越え…
[良い点] うーん、切ない! 胸が押しつぶされる不意打ち。 心に残ってしまいます。 彼の気持ちと同じように……。 お見事。
[良い点] 走馬灯のように流れる記憶の欠片たちが、とても哀しいものに見えて、ああっと思わず声が出そうになりました。 青春の鼓動がこんな場所で終わって欲しくない、と願いながら主人公の無事を祈っての読了と…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ