#81 闘技祭
『闘技祭開幕!!』
魔術具によって拡声された声が、だだっ広い観客席の端まで余すことなく響き渡る。
戦技部の広域演習場にて、数多くの地属魔術士達の手により建造された巨大闘技場。
王国のそれを模した戦場は、一つの領地のような空間に熱を内包する。
第一声を放った男――オックスは、肺にたっぷりと空気を吸い込んで叫ぶ。
『美事に予選を勝ち抜いた、学園最強の豪傑を見たいか――ッ!』
観客席は満員御礼の大盛況。歓声が試合会場全体を叩くようであった。
"闘技祭"――学園で3年ごとに開催される、純粋な闘争をもって勝敗を決する行事。
一日勝ち抜き方式で、試合内容に対する賭けも同時に行われる。
卒業までの生活費を、この闘技祭で賄おうという生徒もいるとかいないとか……。
『オレもだ! オレもだぞみんな!!』
オックスは大歓声の意志に応えるように、テンションを最高潮に持っていく。
前日祭の期間から、生徒達の手で様々な店舗や催事が運営されるのが闘技祭である。
普段は単位別で、統一性があまり見られない学園生達。
そんな彼らも、一大行事となれば話は別なのだ。
日頃溜め込んでいるモノを開放する絶好の機会は、人々を大いに発奮させる。
群集心理は一般人を時に暴徒へ変える。その方向性を祭りへと向けるのだ。
『全選手入場!!』
オックスの一際大きい合図に続いて、1人ずつ選手が闘技場中央へと出てくる。
『なんでもありなら、こいつが怖い!!
その男に死角なし! "空前"のベイリルだ!!』
『一対一ならば、絶対に敗けやしねェ!
昨日のライブを超える喧嘩を見せてやる! ヘリオ・"ザ・ロック"!!』
『実践で磨き抜いた、本格双棍術!
攻めも守りも知らしめたい! "撃狼"グナーシャだ!!』
『特筆すべき理由はないッ! 自称次期魔王が強いのは当たり前ェ!
調理科からの刺客! "魔領の美食家"レド・プラマバ!!』
『アタシに触れたら、火傷なんかじゃ済まさねぇ!
兵術科の危険な女傑! "雷音"のキャシーだ!!』
『"極東本土"の拳技が今、そのベールを脱ぐ!
調理場で振るわれるその腕が試合場で爆発する!! "食の鉄人"ファンラン!!』
『今の自分を試しに、この予選を勝ち抜いた!
白兵・魔術なんでもこい! "見えざる力"のフラウだ!!』
『ファンの前なら、私はいつだって全身全霊だ!
歌って踊る戦場のアイドル! "結唱氷姫"ジェーン!!』
8人の男女が実況紹介に応じるように、一列に並び立った。
歓声は一際大きくなって、大気そのものを震わせる。
『改めて実況はこのオレもとい、わたくし"生徒会長"のオックスが務めさせていただきます』
名乗ったオックスは、次に隣にいる人物を紹介する。
『そして解説はこの方! 医療班の仕事はどーした!
治すも壊すも思いのまま! "命の福音"のハルミア!!』
『最初は怪我人もいないから……と、強引に解説させられるハルミアです』
にっこりと微笑を浮かべて、ハルミアが拡声魔術具越しに声を通す。
『おっふ……仰るとおり。彼女への誤解なきよう、みなさん』
ゴホンッと一度だけ咳払いして、オックスは改めて進行へと戻る。
『ルールは単純! 武器あり魔術あり殺しなし! 勝敗は闘士たちによってのみ委ねられます!!
生え抜きの出場者たちだけで形作られる純粋な闘争。即死じゃなければ、ハルミアさんが治します』
『はい、なんでも治してみせます』
その言葉には自信が満ち満ちている。
少なくとも彼女はそう誓いを立てるように口にした。
そうすることで、本来の実力以上のものを発揮できるのであろうと。
『第一試合の選手入場前まで、賭けは受け付けています。配当率は逐次変動しますのでお注意を。
それでは一度選手たちにはご退場していただき、先に前哨公開試合を行います』
オックスの指示に、選手たちは試合場から控室へと戻っていく。
その様子を眺めながら、わたしとカッファとプラタは拍手を送っていた。
「ねぇプラタ、あれってほとんどがフリーマギエンスの人間なんだよね?」
「そうですよぉ、レドとファンランって人以外。あとハルミアさんも所属してます」
「会長ってのは違うのか?」
「あの人は半々、ですかね。会長になってからはケジメつけてます」
ナイアブが付き合ってくれたのは昨日までで、今日は3人で闘技祭を観戦しに来た。
ここでもプラタが用意していた最前列の席に座り、飲食物片手に間近で見られることができる。
少女との出会い――最初こそスリの、加害者と被害者であった。
しかしプラタと友達になれたことで、学園の祭でこれ以上ないほど満喫できた。
巡り合わせというものに、心の底から感謝せねばなるまい。
『そしてぇ~……前哨試合を盛り上げてくれるのは、この人!!
卒業した彼が帰ってきたッ! スィリクス前生徒会長の登場だーッ!!』
闘技祭出場者ほどではないにせよ、熱に浮かされた人たちは拍手と歓声を送る。
「元生徒会長の卒業生? 結構人気あるんだね」
「はい、生徒会長としてはそこそこ有能な方だったらしいです」
「前哨試合ってなんだ?」
「本番前の盛り上げ試合ですよー」
プラタはわたしが持ってるポップコーンへと、手を伸ばしながらそう言った。
何個かつまんでは食べているその姿は、なんだか小動物のようである。
オックスが予備の拡声具を試合場へと投げ込むと、入場したスィリクスは華麗に掴んだ。
スィリクスは紳士的な所作と態度で、会場の客達へ声を届ける。
『ありがとう、オックス現会長。そしてみなさんどうも、スィリクス元生徒会長です。
このたびは闘技祭へのお招きに感謝し、そのお礼として前哨試合を臨み興じる次第』
『前会長の対戦相手はァ――そうそこのアナタです! 参加者は会場内の人であれば、どなたでも挑戦可能!!
もちろん危ない目には遭わせません。ただし対戦者が望むのであれば、真剣勝負でも構わないそうです!』
『あくまで試合である。我こそはと思う者は、是非名乗りをあげてくれたまえ!』
「――ハイッ!!!」
わたしとカッファは、隣で発せられた大きな声に驚いて、反射的に目を向ける。
なんとプラタが真っ先に叫んでいて……そして勢いよく、わたしが右手をあげていた。
「えっ、あっ……はぇあ!?」
手に持っていたはずのポップコーンは、いつの間にかプラタの手元にあった。
間の抜けた声を発してしまったわたし。当然自分で手をあげたつもりなどない。
目を凝らすと陽光に煌めく糸のようなものが、なんだか右手首あたりに巻きついていた。
反射的にその糸を目で辿っていくと、会場の突起物に引っ掛かり……。
そこからさらにプラタの指へと繋がっていたのだった。
『おお元気がいいな! それじゃあ、そこの明るい青髪の少女!!』
スィリクスは何人か挙手している希望者の中から、指を差してわたしを選んでしまう。
糸はいつの間にか解かれ、わたしはプラタへと疑問をぶつけていた。
「ちょっえぇぇぇええ!? わたし!? わたしナンデ!?」
「お膳立てはバッチリです、さぁどうぞ!」
「あっはははははっは! いいじゃねえかケイ、行って来い!」
わたしはカッファに体を持ち上げられて、試合場まで投げ飛ばされた。
くるりと回って着地しつつ、わたしはカッファとプラタのほうを睨む。
しかし客席は大盛り上がりで、もはや引き返せるような状況ではなかった。
わたしは観念して、動悸を整えながら中央へと歩き出した。
◇
「計画通り」
プラタは少女らしからぬ笑みを浮かべ、カッファが尋ねる。
「ん? 計画?」
「元会長にはケイさんの髪色と同じ"青"を、朝方に印象付けておいたんです」
ナイアブに色を作ってもらい、それを塗った箱で差し入れを届けに行った。
世間話をしながらケイの特徴をそこはかとなく伝え、感情へと植え付けた。
「どういうことだ?」
「無意識に選びやすくなるんですよ、"心理誘導"です」
あとは大声と挙手でシメ。それでほぼほぼ選ぶだろうという確信があった。
それもまた"カプラン先生"との練習の一環であったが、それ以上に――
「なんで、んなことを? おれも出たかったのに」
「ごめんなさい、でもケイさんの実力を見ておきたくて――」
ケイは細身の刃引き剣を2本所望し、受け取ってからスィリクスと話しているようだった。
彼女らとの出会いは縁であり、人を見る訓練をしているプラタは直感的に思った。
スィリクスには悪いが、これはいい試金石になるのでは……と。
「幼馴染の目から見て、彼女は強いですか?」
「強い――というのとはちょっと違うかなあ」
「……どういうことでしょ?」
一拍置いてから、カッファはしみじみと言った風に呟く。
「あいつは……あいつだけの世界を持っている――って言えばいいのかなあ?」
ついやりたくなったトーナメント




