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#80 前日祭 II


「なるほどなるほど、なるほど~。お二人は、東部のあの(・・)――それでフリーマギエンスを」


 自己紹介を終えて連れ立って歩きながら、プラタはうんうんと頷く。


「お? 知ってる?」

「知ってますよ~仕事柄(・・・)

「まだ若いのに、お仕事してるの?」


「はい、これでも私は"シップスクラーク商会"の雇われ雑用メイドです」


「えっ……ということは前身はゴルドーファミリア? それじゃあわたしたちの――」

「そうですよー、三年目ならわたしも資料整理のお手伝いしてたので記憶にあります」

「まじかよお!?」


「まじです。フリーマギエンスの後ろ盾ですから」


 プラタは自慢げに答えた後に、ナイアブのほうを見る。



「ってゆーかナイアブさん……?」

「んーまだそこまで話してなかったからね、友人になったばかり(・・・・・・)だし」


 プラタはコホンッと一つ咳払いすると、大仰な仕草をとった。


「この御方こそフリーマギエンス創部メンバーの一人にして、商会の選ばれし十人。

 芸術文化にその名を轟かす、時代の俊英。"雅やかたる"ナイアブさんその人ですよ」


「えっぇぇぇぇえ!? よくわからないけどすごい人だったんですか!?」

「お、おぉ……かっけぇ……」


 露骨に見る目を変えるケイとカッファ。

 二つ名にどことなく気恥ずかしさの残るナイアブ。



 心中でニヤリと笑うはプラタ、しかし表情には一切出すことない。 

 何を隠そう、各人の二つ名を考え広めているのがプラタであった。


「ご卒業後はシップスクラーク商会で、その手腕を遺憾なく発揮し、芸術関係を一手に担う英才。

 この学園でもナイアブさんが関わったモノを、見ないことのほうが珍しいくらいありふれてます」


「あまり持ち上げられちゃうのもね……(ハク)がつくケド」


 そんなナイアブの態度は、確立された自己に裏打ちされたそれ。

 芸術家とは得てして傲慢で自信家であることを、地でいくようにしていた。



「ま、ワタシも色々あったわ。一時(いっとき)は頭打ちになり、色味を出すために毒を研究したり。

 新たな世界を見ようと"魔薬"を試してみたり……、結局あまり実りはなかったんだけどねェ」


 僅か3年近くで変化しすぎた人生に、ナイアブは目を細めて郷愁に浸る。


「それでもフリーマギエンスで、得られるものがあったから今はこうしてられるワケよ。

 もしアナタたちが興味があるというなら入るといいわ、きっと何かを見つけられる――」


 ケイとカッファは憧憬と得心の入り混じった様子で、コクコクと頷いていた。


「っていうかプラタちゃん、商会や部活のこと。ぺらぺらと喋っちゃっていいのかしら?」

まだ(・・)大丈夫です。それに友人ですから!」

「そうだ! 友達だ!!」

「だよね! 友達だもんね!! わたしもっと知りたいな!?」


 調子のいい3人組にナイアブは手を頬に当てながら苦笑を漏らす。



「それじゃさらなる親睦を深める為に、まずはー……"ライブ"へ行きましょう!」

「ライブ?」

「ってなんだ?」


 疑問符を浮かべる2人に、プラタは扇状にチケットを両手それぞれにバッと広げた。


「吟遊詩人のちょーすごいやつと思ってください」

「というかプラタちゃん、アナタなんでそんなに持ってるの?」


「失敬した貨幣袋を戻す時に、一緒に懐に入れておくサービスです」


 そう言うとプラタは違うチケットを2枚ずつ、半ば押し付けるように手渡した。



「ロックバンド……?」

「アイドルユニット……?」


 ケイはバンドのほうへ興味を示し、カッファはアイドルのほうを凝視する。


 グループ名とロゴがデザインされたバンドチケット。

 ユニット名と二人の肖像が描かれたアイドルチケット。


 その見目彩るチケットだけでも、値打ちがありそうに感じる。

 両方ともナイアブがデザインし、商会独自に印刷・発行されたものであった。



「ロックライブが昼からなので、そっちから行きましょうか」


 ギターボーカルのヘリオ、リードギターのカドマイア、ベースのルビディア、ドラムのグナーシャ。

 専門部ではなく戦技部冒険科の4人で組まれた、学園を席巻する音楽グループ。

 最初の頃はシールフが作曲していたが、最近は自分達で曲を作り始めている。


「ギター? ベース? ドラム?」


 ケイとカッファにとっては地元である、連邦東部(なま)りっぽい単語。

 しかし全く聞いたことのない言葉に、2人とも首を傾げる。

 

「商会が作った楽器です。()れば、聴けば、(ソウル)で感じられます!」


 プラタは「ふっふっふ」とほくそ笑みつつ、カッファは鼻息荒めに次の興味を尋ねる。



「そんでこっちは!?」

「いつでも貴方の心の傍に――歌って踊るみんなのアイドルです」


 ジェーンとリンの兵術科2人がタッグを組んだ、戦場の歌姫にして舞姫。

 こちらもシールフが作曲し、振り付けの(ほう)はナイアブが担当している。


「夜のアイドルライブは携帯式光灯(サイリウム)で、超一体感(グルーヴ)!!」

「サイ……グル……え?」


「魔力を込めると光るんです。ちょっと高いですが一本は必須です、単なる光源としても便利!」



「アラこれ結構イイ席ね。高かったんじゃない?」

「私、これでも小金持ちですから! 現役生徒ばかり良い席取るのは、ズルいと思いまして」

「清廉な入手法なんでしょうね?」

「もちろん潔白です。身内価格でしたが、転売しない約束もしてます」


 少し訝しんだナイアブに答えると、プラタは少し残念そうに呟く。


「没になった"握手券"も欲しかったです」

「……アレはベイリルが案として出してたのに、結局自分で却下してたもんねえ」


「絶対儲かりますよ! 音盤(レコード)につけて売ればきっと――」

「だからやめたんでしょうね。ジェーンちゃんやリンちゃんの負担も大きくなるし」

「ですよねー」



 納得させるようにプラタはくるりと回って頭を切り替えると、学園のほうへ手を広げる。


「昼まではいっぱい飲み食いしときましょう。きっとカロリー全部使っちゃいますよ」


「かろりーってなあに?」

「体を動かす為の栄養って言えばいいですかね。見たことのない食べ物ばかりでいっぱいですよ~」


 4人は連れ立って、露店を巡るべく歩き出したのだった。





「ピザ! ラーメン! タコやき! カレー! あげもち! てれやきばっか!」


「ドーナツ! シュークリィム! おーばんやき! チョコバナナ! かすていら!」


 カッファとケイは興奮冷めやらぬ様子で叫ぶ。

 連邦東部の田舎では、どれもこれも当然見たことがない品々ばかり。

 いや世界のどこであっても、それらは見ることはできないだろう。


 さらにその美味しさは筆舌に尽くし難く、これ以上無い幸福を味わっていた。


「今はまだここでしか食べられませんからね~、はふっはむ」


 プラタは醤油を一滴(ひとてき)垂らした、じゃがバターを食べながら……。

 フリーマギエンスと、その後ろ盾たるシップスクラーク商会の恩恵であることを説明する。



 それらはベイリルとシールフを起点とした事業の一つ。

 さらに商会が出資する研究部門と、学園調理科の共同で作ってきたもの。


 数多く雇った冒険者の探索によって、入手させたデータから収穫・栽培。

 既存の素材や調理法、生育や醸造他、類似した情報を一手に集めて研究。

 魔導師リーベ・セイラーの観る未来の完成品――それらを目標に少しずつ生産体制を整えた。


 醤油やマヨネーズなど各種調味料に、数多くの香辛料(スパイス)

 餅米、鰹節、(あん)、発酵食品やカカオチョコレートなど枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 その多くに未だ改良の余地は多くあるそうだが、それでも一財産を築けるほどのものばかり。


 曰く――既に存在する明確なヴィジョンと、集合知によって為せた(わざ)

 闇雲に突っ走るのではなく、ゴールが見えているからこそ真っ直ぐ走れるのだと。


 魔導師リーベ・セイラー、魔導師シールフ・アルグロス、ゲイル・オーラム、カプラン、ベイリル。

 彼らが人材・資金・時間・場所を惜しみなく用意し、思う存分振るわせた結果。

 


「コーラ! 美味ェ!」

「いえカッファ、ラムネのほうが上よ! このガラス球もキレイ」

「"ビー玉"って言うんですよ。あとこのスムージーもオススメです」

「ワタシはやっぱりこのカクテルがたまらないわぁ」


 プラタやナイアブにとっても、初体験の飲食物は多い。

 採算を度外視で様々な調味料や材料を生徒らへ供給し、調理法を教えて皆に振る舞わせている。


 今日この日の――美味しさと、感動と、賑わいを……生徒達は忘れることはないだろう。

 闘技祭に訪れた多様な客達も故郷へ帰った後に、その衝撃を広く伝えてくれるに違いない。


 見知らぬ人々はきっと想像するだろう――それが一体どんなものなのか。


 噂はいくつもいくつも波紋のように広がっていく、これはまだその手始め。



 4人は飲み食いを存分に堪能し、昼にはロックライブで魂を燃焼させた。

 学内の多様な出し物を見て回り、夜にはアイドルライブで盛り上がった。


 プラタから小金を借り入れし、田舎のみんなへの土産を買い込む。

 最後に"温泉"に浸かりながら、夢のような時間で消耗した体を休める。


 明日が祭りの本番であるということも忘れ、開放宿舎の布団で眠りへとついたのだった。



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