#79 前日祭 I
「すっげ! なにこれすっげ!! なんかこうすげえな!!」
「ほあ~……」
わたしたちは学園七不思議の一つ――"咆哮する石像の竜"を前に、2人して感嘆の声を漏らす。
なんだか語彙がすこぶる足りない"カッファ"は置いといて、まるで生きてるような迫力だ。
「おーい、置いてくぞー! "ケイ"~!」
唐突に自分の名前を呼ばれ、わたしは見入ってたことに我に返る。
それにしたってカッファは飽きっぽくて困る。
追いつこうとするわたしをよそに、カッファは近くの人に声を掛けていた。
スラリと伸びた身長に、長めの薄緑髪を後頭部で結んでいた。
「おねーさん、おねーさん、お一人ならおれと――」
「あら、いいわよ」
「おにーさん!?」
振り返ったその人物は、美しいものの……男であった。
ただ一挙手一投足に艶やかさが乗っていて、女性と見紛うのも無理がなかった。
「どっちでもいいわよ? 男女両方の酸いも甘いも、噛みしめ楽しむのがワタシの人生。
それこそがワタシの感性をより高みへと導いてくれるの、アナタがお望みとあらば――」
「いいえぇっいえいえ! なんかもう色々結構です!!」
わたしは走って近付くと、カッファの後頭部を掴んで頭を下げさせる。
傍から見ていて失礼な振る舞い。一緒に頭を下げてなんとか溜飲を下げてもらおうと。
「あのごめんなさい、私たち田舎から出てきたばかりで!」
「ツレがいたのね。こんにちは」
「え、あっ……こんにちは」
すごく優しそうで、包み込まれるような微笑みだった。
男性と女性――両方の包容力を備えていると、確かに思わせる。
「まっココも立地としては田舎みたいなものだから、気にしなくていいわ」
「ほらカッファも!」
わたしに促され、カッファも謝罪の言葉を口にする。
「っあぁ、ほんとすんません! おれ――」
「別にいいのよ、素直な子たちね……入学希望者かしら?」
「そうなんです! 」
「おにーさんは学園生ですか?」
「い~え~、卒業生よ。少し前までは現役だったけどね」
わたしは少しも逡巡することなく、卒業した先輩へと質問する。
「あのっあの! "フリーマギエンス"ってご存知ですか?」
「えぇ、もちろん知ってるわ。というか今や、学園で知らない人はいないでしょうね」
「それじゃ聞きたいことがあるんですけど!」
少し興奮気味に話すわたしに、お兄さんは穏やかに諭すように口を開く。
「いいわよ、でもその前にせっかくなら名前を教えてくれるかしら? ワタシは"ナイアブ"」
「わたしケイです、"ケイ・ボルド"」
「おれはカッファ!」
「ケイちゃんにカッファちゃんね、姓があるってことはいいとこの出かしら?」
「はいそうです。わたしは連邦東部の都市国家出身で、家庭の方針で農家に預けられたんです」
「ケイは都市国家長の娘なんだぜ!」
「あんたが偉そうにしないの! カッファともその時からの腐れ縁ってやつでして」
「へぇ~、だからどことなく品があるのね」
「そっそうですか……? いやぁ嬉しいな」
わたしは思わず照れてしまう。田舎でみんなと育ったことに、別に不満も後悔もない。
それでもやはり都会派という、心根を捨てることはできない。
「えっと、それでですね。お世話になったんです、フリーマギエンスの人に!」
「お世話?」
「うちの都市国家は農耕の比重がかなり大きく、近年は芳しくないことが続いていて……。
父もあの手この手で奔走して、わたしもそんな一環として早くに預けられて農耕と狩猟をしてたんです」
最初預けられる段にあっては乗り気ではなかったが、実際得るものは多かった。
「なかなか興味深い話ねぇ、現場を知るってのはいいことだと思うわ」
「ありがとうございます。そしたら三年くらい前に、一帯を調べに来た人がいたんです。
その後しばらくして……領内の農地で試験をしたいということで、父はそれを許しました」
農地をいくつかに区分して、複数の肥料を撒いてその経過を観察する。
わたしは物書きや計算が少しだけできたから、そういったことの補助もした――
ナイアブは相槌を打ちながら、わたしの話を興味深そうに聞いてくれていた。
「一年目はいくつかが成功し、二年目はそれが広がり、三年目は豊作と言えるほどに。
奇跡だと……思いました。かなり死に体だったうちの領地が、美事に潤ったんです」
あの時の皆の喜びようったらなかった。もちろんわたしもすごく嬉しかった。
自分達が必死に費やしたものが、金色に実り広がる。区画ごとに野菜が彩る。
将来の不安を払拭し、希望に満たされたあの分かち合いは……一生忘れられないだろう。
「それでお手伝いをしていた時に、小耳に挟んだんです。そもそもの発起人が学園にいるって」
「なるほどねぇ」
「調べていくとそういうなんか……よくわからないことをやっている部活があるみたいで。
きっとそれだ! と思ったので、"闘技祭"で一般開放されている今日を狙ってきたんです」
「本当は初日から来たかったのになー、ケイが道に迷うから」
「あんたが自信満々にコッチだ! って言うから余計に時間食ったんでしょ!」
「ふふっ、まぁフリーマギエンスは将来ある若者を応援してるから、ワタシで良ければ――」
その時ナイアブさんとわたしたちの間に、割って入る影があった。
わたしよりも一回りくらい小さい体躯で、薄く色素の抜けた金色の髪をした女の子。
「ごめんなさい、ちょっと急いでて――前を失礼します」
そう一言だけ残し、足早に少女は通り過ぎていく。
「……?」
「結構かわいかったな――あっ痛」
疑問符を浮かべるわたしの横で、節操のないことを言い放つカッファを肘で小突く。
するとナイアブがちょいちょいっと、腰元を指さしていた。
「なんでしょう?」
「あぁアあ!?」
先に気付いたのはカッファだった、一拍遅れてからわたしも気付く。
僅かに軽くなっている体、腰に下げていた貨幣袋が――ないッ!
「もしかしてさっきの子!?」
「まっじっか!!」
二人して少女が去っていった方向へ顔を向ける。
すると白金髪の少女は、「あちゃ~」と遠目に口を開けていた。
「いけ、カッファ!」
「うぉぉおおおォォォオオオオオオっ!」
わたしが叫ぶと同時に、カッファは駆け出していた。
大自然の中で培ったその身体能力は、わたしよりも数段優れている。
「あらっ大丈夫かしら?」
「わたしも住んでいた農村一帯は野盗や魔物対策に、田舎剣法ですが皆が代々習っているんです。
あんなんでも剣術流派の跡取りで、宗家十五代目を襲名予定なので女の子に怪我させることは――」
逃げられるという想定はない。良くも悪くもカッファには信頼を置いている。
あっという間に追いついたカッファは、女の子を手心を込めて取り押さえようとする。
しかし少女は反射的にその腕を取って、逆にカッファを地面へと思い切り投げ抜けていた。
「ぐぇぁあ!」
「あっ……」
カッファは肺から呻き声を絞り出されてしまう。
一方で少女は「やってしまった」という表情を浮かべていた。
「ごめんなさい! つい反射的に!!」
言うやいなや少女は貨幣袋を、倒れるカッファの体の上へ置く。
その間にわたしとナイアブさんは、カッファ達のもとへと追いついていた。
「本当にごめんなさい、先生からの課題で……」
「えっあっ……うん?」
少女はすぐにわたしにも、貨幣袋をちゃんと返却してきた。
未遂とはいえわたしに実害ないので、事を荒立てる気はなかったものの……。
しかし年端ゆかぬ少女がスリを働くなど。事情を尋ねようとするやいなや――
「おぉ!? 銅貨が増えてる!」
いつの間にか上体をあげ、小さい鉄貨ばかりの貨幣袋を確認したカッファが叫んだ。
特に肉体にダメージはないようで、ピンピンとしている。
すると盗人の少女が、聞いてもいないことを話し出す。
「盗んだ相手に、銅貨一枚増やして気付かれずに戻す。ここまでが一行程なんです」
「なにそれ、どういうこと、一体どんな先生なの……」
呆れ顔で言ったわたしに、少女はちょっとだけ誇らしそうな表情を浮かべていた。
すると両手をあげて敵意のないポーズを見せた後に、少女は握手を求めてくる。
「胆力と手先、さらに人の思考と意識の波を見る練習です」
「思考と意識の波……」
言い得て妙だ。わたしとは違うものの、武にも通じる理念。
少女が両手の平が見せた時には何もなかったのに、いつの間にか握らされた銅貨。
わたしはそれを見つめながら、自分より年若き少女に並々ならぬ興味を覚える。
「ところでナイアブさんのお友達ではないですよね?」
少女はふっと顔を向けると、ナイアブのほうへと見知った様子で声を掛けていた。
「一応まだ会ったばかりの知り合いね」
どうやら二人は知己の間柄のようで、わたしたちは少し輪の外へ置かれる。
「ですよねぇ、私の観察力は間違ってなかった」
「えっ!? おれたちもう友達じゃないんすか?」
我が同郷人にして幼馴染ながら……心底馴れ馴れしい男である。
しかしそこがまた美徳な部分もあるから、一概に否定できないのも悩ましい。
「……だそうよ」
「なるほど、こういう場合もある――と」
パンッと少女は手の平を一度叩くと、人懐っこい笑顔を向けてくる。
「じゃあ私も混ぜてもらっていいですか? "前日祭"巡るんですよね?」
盗人の割に随分と図々しいが、不思議と不快感を感じさせない。
それは表情や抑揚、一つ一つの動作や雰囲気の所為なのだろうか。
まるで引き込まれていくように、なんとなく頷いてしまいたくなる。
「えっと……わたしは構わないけど、カッファは?」
「おれもいいぜ~、かわいい子は大歓迎!」
「ナイアブさんもお暇してるならどうです?」
「元からそのつもりだったから構わないわ」
あれよあれよと流され、いつの間にか4人で巡ることになった。
本来であれば途中でカッファとも分かれて、単独で満喫するつもりだったのだが……。
「申し遅れました、私の名前は"プラタ"――どうぞお見知り置きを」
学園編ラスト




