#78 大きな一歩
「えーまず、クロアーネさんには断られました」
「はっは、あの子は相変わらずだねェ。どうしてもと欲しいなら、ワタシから伝えようか?」
「無理強いはしたくないんで大丈夫です。まぁ彼女も心の底からイヤというわけではないでしょうが」
クロアーネは卒業後に、料理に関して色々やりたいことがあるようだった。
スズ共々従来通り、情報面では手助けをしてもらって、あとは自由にやらせてやりたい。
「まずは俺、ジェーン、ヘリオ、リーティア――ご存知の四人ですので紹介は省きます」
カプランも一番最初に、貨幣袋をスリ盗った時に会っている。
またプラタに会いに何度か来ている中で面識はあるし、遺恨も解消されていた。
なんにせよ"文明回華"の志を共にした――言うなれば始まりの4人。
「俺の最も古き幼馴染であり、俺の知識を利用して独自の魔術を会得したフラウ」
記憶を共有するシールフを例外とすれば、俺の最も良き理解者でもある。
閨を通じて俺もコツを掴んだ魔力加速器操法とは別に、"とある術法"が使える。
そのもう1つというのは俺にも真似できない、彼女だけの精緻な術法。
もしも"アレ"を極めていくのなら、いつかは――そんな期待を抱かせてしまう。
「医療分野において、遠くない将来に確固たる功績を残すに違いないハルミア」
彼女の才能は他の賢人と比べれば……そこまでではないだろう。
しかしコツコツと着実に積み上げる気質という、確かなものを持っている。
集積された各機関のデータと知識。それらを組み合わせ、まとめることに優れていた。
医療とは数多くの実験の積算にこそあり、そういう意味で適性は十分に過ぎる。
医薬品一つとっても、膨大な動物実験と人体治験によって支えられているのだ。
天才とはまた別口で、得難い人材なのは間違いない。
むしろそうした地道さこそが、あらゆる発展を支える屋台骨となる。
突出した個が牽引し、秀才な集団が脇を固める。
健全で理想的な文明進歩の形。
「既に芸術分野で、その名が知られ始めているナイアブ」
ナイアブのカバー範囲は非常に広い、絵画・彫刻・服飾・音楽・演劇・舞踊・執筆。
書や詩歌に建築デザインまでこなしてしまうのだ。
そしてそれらが相乗効果を生み、さらなる想像力を育むことに彼は至上の喜びを感じている。
その中でも本人が得意とするのは絵図周りであり、そういった意向は尊重している。
彼があと10人くらいはいれば……と、文化面においては切に強く思う。
地球でも……世の財ある者達によって、時に数百億という価値を持つ美術品の数々。
ある種――美術品こそ世界で最も価値のある、単一で創られるモノの頂点とも言えよう。
文化の力が人を前に進ませる。
数いる生物の中で人間だけが芸術を尊び、価値を見出すのである。
「ちなみにシンボルマークも彼に書いてもらいました」
座ったまま俺は、概略図にあるイラストを指差した。
財団のほうはより簡略化され、二重螺旋の系統樹が中心の紋章である。
「俺の脳内からそのまま描ければ、色々手間がないんですが……」
「私は絵が不得意なんじゃない、長年のクセが強いだけだからね?」
シールフの言葉に俺は、平坦な声で続ける。
「――……ということらしいです」
もっともシンボルマークに関しては、俺の思考をそのまま描くより断然良かった。
そもタイミング的にシールフも、まだフリーマギエンスに属していなかった頃。
リーティアが機転を利かせて、デザイン含めてナイアブに描いてもらって正解であった。
地球の芸術作品についても、写し取れればと思うが……それも詮無い話である。
そもそもシールフはやることが多すぎて、仮に絵描きが上手かったとしてもそっちまで手は回らない。
「何か言いたそうね?」
「んっ別にィ~」
「……僕はノーコメントで」
シールフのニッコリと笑う睨みを、ゲイルとカプランは受け流す。
剣呑といった雰囲気ではなく、俺もさらっと流して先へと進む。
「あーっと、続いてティータ。モノの試作に関して、右に出る者はいません」
中途半端な情報からでも、自分なりに試行錯誤を繰り返して完成させてしまう。
失敗作も決して少なくないが……それを肥やしに、確実に次へと活かす。
繊細な技術を持ちながらも恐れを知らない。前向きな考えを貫き通す。
幼少期から根付いたその精神性は、リーティアとも波長がよくよく合う。
魔術具全般を扱うリーティアと違い、工業製品全般を作り出す器用な指先。
お互いを意識し、論を交わし、助力し合い、ミックスアップかのように伸びていくのだ。
彼女は製造分野における至宝。想像を形にできる逸材である。
「最後に工学・設計担当のゼノ。科学周りに関しては、当分彼を中心に回していきます」
リーティアが発想の天才。ティータが実践の天才。そしてゼノは理論による天才である。
安っぽい言葉かも知れないが、それ以外に形容しようがないほどの三人組だ。
ゼノは異世界のアルキメデスと言っても、正直なところ過言ではないとすら思えてくる。
恐らくゼノだけは――現代知識を提供しなかったとしても……変わらない。
リーティアとティータの協力、そして俺を通じて伝える地球のテクノロジー知識。
それらがゼノを、一足飛びで階段を登らせていることは間違いない。
しかし仮に無かったとしても……いずれ彼だけは、自分自身の足で高みへと身を置いた――
そう確信させるほどの才能と努力と精神。あるいはそれ以上に、何かを持ち得ている。
「――ってなとこです。なおシップスクラーク財団もフリーマギエンスも基本構造は同じ。
ただフリーマギエンスで公に仄めかすのは、リーベというトップの名前だけです」
現段階ではさしあたってこんなものでいい。
財団として強大化していけば、フリーマギエンス員が増えていけば……。
自然な形で、また新たに納まっていくに違いない。
「なにか異議や改善点はありますか?」
「ないネ、キミを発端とした組織だ。好きにやりたまえ」
「――そうね、ベイリルの往く道が……私の目指す道とも繋がってるからオッケー」
「僕は乗っかるだけです。何か差し障りがあれば、その都度言いますよ」
ゲイル、シールフ、カプランとそれぞれ視線を返しながら、俺はニィと笑う。
なんというか、もう――負ける気がしないというやつだった。
「では次に各種事業の進捗状況と、今後の詰めていく順番ですが――」
ようやく明確な形となって、"文明回華"の足掛かりが作られる。
撒いた種が、芽を出し、すくすく育って、やがて結実へと至り、さらに数を増やしていく。
しかしこれもまた新たなスタートラインであり、始まりに過ぎない。
まだまだ転換点や分水嶺となるべき時は、数限りないほどあるだろう。
これからも数多くが積み重ねられる、長い歴史の中において――
こんな小さな会議室の……4人だけの話し合いで設立が決定された財団もとい商会。
まだ本当にちっぽけなものに過ぎないし、与える影響も些少なものだ。
(それでも敢えて言おうじゃないか――)
信念と、覚悟と、気概と、決意をもって。
俺は誓約を証し立てるかのように胸中で発する。
これは"人類にとって小さな一歩"だが、"文明において偉大な一歩"である――と。
大きく指針が決まる回でした。
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