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#74 戦余韻 II


 戦争は終わった――僅か1日にして収束してしまった。

 完全撤退は村救援軍の合流を待ってからとなり、今日はこのまま夜営となる。


 ニアさんが計算した上で糧秣を一部解放したので、ちょっとした(うたげ)騒ぎになっていた。

 フリーマギエンスの面々も例に漏れず、皆で集まって互いを労っている。


 軍を率いて勝利へと導いたジェーン、リン、モライヴ、キャシー。

 転戦を繰り返し首魁を討ったベイリル、リーティア、ヘリオ。


 左翼・右翼でそれぞれ戦果を挙げたフラウ、ティータ、グナーシャ、カドマイア。

 厳密にフリーマギエンス所属ではないが、しれっと混ざっているパラス。

 重傷を負いながらも、斥候及び戦線復帰したルビディア。

 

 後方にて戦争行動の根幹を支えたニア。数多くの治療をして回ったハルミア。

 戦場伝達の(かなめ)であったスズ。糧食から連絡まで補助に徹したクロアーネ。


 それぞれの単位・授業時間が違う為に、普段は部活動でもまばらにしか集まらない。

 そんな主要面子がこうも一堂に介しているのは、非常に珍しい光景であった。



 しかしおれ(・・)は途中で1人抜け出し、夜空と片割星を見上げていた。


 改めて戦果を列挙すれば――フリーマギエンスの独壇場のような戦争だった。

 おれ自身はほぼほぼ足手まといだったが……元々分野が違うのだからそこは目を瞑る。


(尋常じゃあない……よな)


 帝都幼年学校に一般公募の狭き門から入学し、中途退学した身としてはそれに尽きた。

 世界最強の軍事大国の貴族家系に生まれ、幼き頃から英才教育も受けてきている士官候補生達。


 そんな人間達が優秀でない筈がない。しかしそれらすら霞んでしまうほどの部活。

 世界4大学府とも呼ばれる内の一つである学園は、確かに基本水準が高めな部分がある。

 しかしそのレベルを凄まじいほどに引き上げている。


 フリーマギエンス――ベイリル――の目指すところは知っている。

 はっきり言ってしまえば無茶苦茶だが、結果は実際についてきている。



 魔導師リーベ――存在しない代理を立てて、色々と画策している。


 裏社会の組織を後ろ盾に持ち、資金力を様々な研究へ投資している。

 その研究の内容や成果も、ベイリルを通して色々と教えてもらっている。


 時におれやリーティアやティータが、口を出して改善することもある。


 他の連中は……さしたる疑問も差し挟まないようだった。

 しかし()れれば触れるほどに、その特異さに危惧を覚える。


 己の知識が引き上げられるにつれ、徐々に理解するようになってくる。


 この"科学"の、行き着く果てというものが――



 王国には魔導を探求する、"降魔の塔"と呼ばれる魔導師の互助集団がある。

 他にも王立魔術研究所や、皇国にだってその手の研究機関は存在する。


 連邦東部には大魔技師と7人の高弟の一人が、師の死後に作った"魔術具商社"。

 その技術を受け継ぐ集団が多くの魔術具を取り扱い、荒稼ぎをしている。


 そして帝国にも"工房"と呼ばれる研究・開発機関がある。

 最強国たる帝国が、予算を惜しまない工房こそが――世界最高峰だと思っていた。

 

 しかし実状は恐らく違う。きっと……おれたちのいるところが最先端(・・・)

 これほど未知で膨大に多岐に渡る分野を、包括的に取り扱っているという事実。

 

 おれが担当しているのは主に工学分野だが、とりわけ医学分野も目覚ましい。

 芸術関連もナイアブさんを含めて、様々に手を出しているとかなんとか。


 最近ではヘリオらも、音楽で色々やっているようだった。



(長命種か――)


 生まれを……種族を、羨むなんて初めてのことだった。

 医療に打ち込めるハルミアが……心の底から羨ましい。

 世界と文明の発展を、間近で見ていけるベイリルが羨ましい。


 人族の一生は、短くはないが長くもない。

 取り巻く謎の全てを解き明かすには……到底時間が足りない。

 

 なんとなく――"大魔技師"も同じようなことを思っていた気がした。

 彼は彼自身の考えの中で、必要以上のことをしなかった。

 それでも7人の高弟を迎え入れ、世界そのものの生活水準を一変させてしまったのだが……。


 でもそこで終わりだ、彼はもっと世界を変革できた(・・・)のだ。

 晩年はどこか静かに暮らし、平穏に亡くなった――と(のち)に高弟の一人が語った。


 きっと彼は自分自身の頭脳と技術に、責任を持とうとしたのだ。

 手に余らない範囲で、己の一生の内だけで終結させてしまった。


 

(だけどベイリルは違う)


 あいつはハーフとはいえエルフ、人族の5倍以上の寿命を誇る。

 だからあいつはあいつにとって、見たい世界を観ようとしている。


 ベイリルはあくまで音頭(おんど)役であり、それで周囲を巻き込んでいく形。

 フリーマギエンスもその一環。世界変革の為の、第1段階のようなもの。


("未来視の魔導"と言っていたが――)


 それは嘘だろう、確かに若くして魔導に至る者もいるにはいる。

 ベイリルの実力を間近で見ても、並の魔術士ではないことは明白。


 長命種ゆえに年齢を偽っていれば別だが、そうでないことは知っている。



(おれの持ち得るそれとは、別の源泉持っているような感じ……)


 もっともそれはそれで、おれが構うようなことじゃなかった。


相利共生(ギブアンドテイク)


 ベイリルの言葉を口に出して呟きながら、フリーマギエンスの居心地を再認識する。

 あいつにできないことをおれがやり、おれにはできないことをあいつはやる。

 おれのやることがあいつの利益となり、あいつのやろうとすることがおれの利益になる。


 腹に一物抱えていようと、ベイリルが同志であることに疑いはない。

 あいつは未知なる未来を夢見る――おれたちもそれに乗っかっている。


 惜しむらくは……あいつとおれとじゃ、生きる時間が違うということだけ。



「なーにしてんのさ、ゼ~ノ」


 ゆったりとした自分だけの時間に割って入るは、勝手見知ったる狐耳の少女だった。


「よくわかったなリーティア」

「ふっふ……狐人の嗅覚を侮るでない、なやみごと?」


 無遠慮に隣へと座り、無垢な瞳でこちらを覗き込んでくる。


「そうさなあ、おれも恋がしたいってな」


 別に後ろめたいことがあったわけでないが、つい本音を隠すように嘘をつく。


「ほほー誰か特定の相手?」

「まぁおれの近くにいる女って言ったら……おまえとティータだが――」



 誤魔化すついでに、狼狽える姿でも見られればと思ってそう口にする。

 しかしリーティアはいやにあっさりと、表情を変えないまま返してくる。


「ウチを射止めたいなら、ベイリル兄ぃの許しをもらわないとかな~」

「……ベイリルはおまえの親父かなんかか」

「ジェーン姉ぇにも気に入られることが条件」

「ヘリオは?」


「ウチに気に入られないと交際を認めない」

「そっちかい――」


 二人でくだらないことを、くっちゃべりながら……時間は過ぎていく。




「珍し……くもない取り合わせだな」


 今度はいつの間にか、灰銀髪に碧眼の男が音もなくそこに立っていた。


「よくここがわかったね、ベイリル兄ぃ」

「はっはっは、ハーフエルフの感度を甘く見るなよ」

「おまえらってほんと仲良いな」


「何をいまさら」


 リーティアとベイリルの声が、同時に重な(ハモ)る。

 血は繋がっていなくても兄妹として、長く年月を重ねてきたゆえの親和性。


「あっベイリル兄ぃ~、ゼノがさぁ……ウチを嫁に欲しいって――」

「おいそれと我が娘――もとい妹はやらんぞ」

「はぁ~……ほんっとよく似ているよ」


 おれは微笑を浮かべながら、見上げていた目線を外す。

 そんなおれの横にベイリルは、多少の遠慮を見せつつも座ってくる。



「なんか聞きたいことでもあるのか?」


 少しばかり見透かされているようだった。それともそんなに顔に出ていたか。

 おれよりも年下のはずなのに、そうは思えない立ち振る舞いをよく見せる。

 

 しかしリーティアが幼い頃は、ちゃんと子供だったらしい……。

 実年齢を偽っているということは、本当にないのだろう。


「そうだな、一つだけ尋ねるとするか」


 ゆっくりと、覚悟を決めるかのように、おれは真剣な眼差しを向ける。

 ベイリルは僅かに目を細めると、同じように視線を動かさない。

 

 今までなんとなく聞けなかった。底知れないということも含めて。



「ベイリル、おまえの最終目標はなんだ?」


 考えた様子を少しだけ見せたベイリルは、夜空を見上げて手の平を伸ばす。

 そうしてじんわりと指を折り閉じて、ギュッと握り拳を作った。

 何かを掴むように――掴んだ大事なものを離さないかのように。


「――限りなく果てのない、宇宙の星々までか。あるいはそれ以上か……俺にもわからん」


 それは古今東西どこの世界でも――数限りなく、繰り返されてきた動作であろう。

 人はいつだって……その手の届き得ぬものを、一心に追い求め続ける。



「"未知"、か……」


 色々とスケールが違う。だが根幹の部分は同じようだった。

 恐らくはハーフエルフの寿命でも届き得ない、遥か未来の世界。




「そうだ。俺の想像を超えた何か、いつだって感動を忘れぬ人生を――ってなとこか」


 これ以上無いほど感慨深くそして純粋な瞳に、星の煌めきが映り込んでいるようだった。



「納得したか? ゼノ」


「そうだな、なんというかまっ……人間そんなもんだよな」

「あぁそんなもんさ、だから走り続けるんだ」


 こいつはその為にきっとなんだってするのだろう。

 あらゆる手を尽くし、そこから選び取り、仲間だけでなく――世界をも巻き込んで。


「ゼノもベイリル兄ぃも……酔ってんの? 補給品にお酒ないよねぇ?」


 やや辛辣なリーティアの言葉に笑い合う。


 ベイリル――こいつは良くも悪くも、"変革者"。

 ただ備える思考が、他者と大きく隔絶している節があるだけ。


 しかして行動原理は至極単純(シンプル)、それゆえに同道し、共に創ってゆけるのだ。




対魔物戦争編はこれにて終了です。

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