#71 四重奏 I
「さって、女王屍。存分に御覧じろ、その身をもってな――」
リーティア、ジェーン、ベイリル、ヘリオ、並び立つ4人は不敵な笑みを浮かべる。
そう――文字通り"不敵"。その戦力は留まることを知らない。
挑発するように息巻いた台詞を吐いたベイリルは、息吹と共に"風皮膜"で自身を覆う。
「燦然と燃え昇れ、オレの炎ォオ!」
ヘリオは長巻を右肩に担ぎ、周囲に鬼火を7つ浮遊させる。
そこにベイリルが手をかざすと、吸息しつつ酸素濃度を操作した。
すると赤く燃え盛る炎は、静けさすら帯びたような"蒼い鬼火"へと色が変わっていく。
さらには吸った息を吐き出しながら、女王屍にも酸素濃度低下を仕掛ける。
しかし何やら変態し始め、肉体が変化していく女王屍は意に介した様子はなかった。
普通の生物とはもはや身体の維持・代謝機能が、別物になってるのかも知れない。
「リーティアおねがい」
ジェーンはふよふよと浮かせた水塊を、妹へと差し出す。
水の表面近くへとリーティアは両手を添え、数秒ほど集中して手を離す。
「はぁーい、できたよジェーン姉ぇ」
「ありがとう。"形成――我が右手に氷槍、我が左腕に氷盾"」
それはリーティアの手によって、水中の不純物を分解した純水。
ジェーンは純水を利用して、新たに純氷の槍と純氷の小盾を作り上げた。
不純物なき氷の分子結合は、実に鋼の3倍とも言われる。
これで少なくとも、最初に一撃喰らった時のように易々と砕かれることはない筈だ。
「そういえばリーティア、"アマルゲル"はどうした?」
「アマルゲルくんは置いてきた。ハッキリ言って、もうこの先の戦いについてこれそうにない」
見当たらないことに所在を問うたベイリルに、リーティアは軽い調子で答える。
「なんだあ? そのアマなんとかってのは」
「ウチの作った特製魔術具だよ。まーあれだ、ウチの全速力に追いつけないから置いてきちゃった」
リーティアは「今後の課題だね」と付け加え、ぺろっと舌を出す。
それでも生粋の魔術士でもあるリーティアの戦力には、さほどの痛手もない。
こちらが準備を整えている合間に、女王屍の全身は再生を完了し筋肉に覆われていた。
顔の左半分には目が一つ、口が一つ増え、トロルの左腕は二回りほど大きく。
連節蟲尾の先端はクワガタのようなハサミも生えてきていた。
さらには尾内部から突き出すように、ピストン運動する針がこちらを向いている。
「くっはあ……ここらが限界かなあ、理性を保つのが大変だあ」
急速肥大によって代謝機能が高まり、伸び過ぎたボサ髪。
それを女王屍はザクリと、蟲尾ハサミで肩あたりで切断する。
もはや人間としての風貌の大半を失った異形を前にしても、四人は小揺るぎもしない。
「あの蟲尾の針だけは気をつけろ、寄生虫の卵を産み付けられるかも知れん」
「はああ? そこまでワカんの!? ねえ? ねええ??」
低く野太くしわがれたように変質し、二重に聞こえる声をベイリルは無視する。
元世界と異世界――細かな違いはあれど、基本的な共通事項が多いゆえか。
現代地球の生態知識や娯楽物の設定から類推したものも、得てして当てはまる。
「まあでもなんかもう――どうでもいいやあ」
女王屍はトロルの巨左腕と連節蟲尾を、無造作に振る。
積み上がっていた何本もの丸太が、こちらへ向けて投げつけられていた。
尋常ではない速度と質量を伴った大木片。
四人は躱さぬまま、既にそれぞれ魔術イメージを確立させていた。
「噴ッ、"混沌焼旋柱"!」
ヘリオが蒼い鬼火を1つ地面に撃ち込むと、溶解した赤き大地が湧き上がり燃やす。
「"一枚風"――」
ベイリルはかざした左手で受け止めるかのように、風の盾壁で勢いを殺し切る。
「守りて流せ――"水陣流壁"」
ジェーンは縦方向の水流による圧壁で、削断しながら上空へと打ち上げる。
「岩盤!」
リーティアがクンッと指を立てると、目の前の地面がめくり上がり防壁と化す。
四者四様の四属魔術によって、投げ付けられた大木は無力化された。
「ハッハハ! ほんっと燃えるぜェ」
「慢心はナシよ、我ながら……だけど」
「白兵戦じゃなく、遠間からやるぞ」
「うっしゃー!」
ヘリオは溶岩溜まりを飛び越えながら、蒼炎を剣へと収束させる。
ジェーンは水圧壁として生成した水をくぐり、氷鎧で全身を覆っていた。
ベイリルは左手で二度パチンと指を鳴らし、両端を切断された"丸太"を左手で掴む。
リーティアは岩盤の上に飛び乗ると、周囲を見渡し世界を知覚する。
「長い射程に容易な調達。燃料にもなり重量も申し分なし。
さらに打たば槌、突かば槍、守らば盾、飛ばせば質量兵器――っと!」
ベイリルは掴んでいた丸太に、風を纏わせるとその場に浮遊させる。
バックステップした後に走り出し、"エアバースト"を自身の背後から追い風として発生させた。
"風皮膜"で取り込み加速しながら左拳を、浮かせた丸太の断面へ叩き込む。
風圧を収束させて噴出点を作るかのように、爆発させるかのように打ち出した。
「"結瞬凍縛"!」
ジェーンは女王屍の動きを注視しながら、水属魔術を放つ。
すると女王屍の全身は一瞬にして凍結し、氷の結晶によって釘付けにされた。
「あ?」
氷晶の中で……そんな届かぬ間の抜けた声が聞こえるようであった。
拘束できるのは、ほんの数瞬であったがそれで十分。
破壊して動き出すまでの間に、その頭部へと吸い込まれる丸太。
女王屍自身が投げ込んだ以上の速度だったが、難なく蟲尾鋏で縦に切断されてしまった。
しかし丸太はただの目眩まし。粉々に砕けた氷片も、次なる併せ技へと繋がる。
「Wuld Nah Kest!」
丸太を打ち出した勢いのまま、ベイリルは刹那の間隙に詠唱するでなく、叫んでいた。
"風皮膜"によって速度を補助し、強力な風圧を取り込むことで"暴風加速"する。
さらに瞬間的に超加速する"旋風疾走"の魔術を重ねる。
――パァンッ!!
叫びと共に、一聞単純な音だが、しかして超大音響が空間を震わせた。
ベイリルの肉体は音速を突破し、大気の壁を突き抜け、女王屍の脇を通り過ぎただけ。
当てる必要はない――
貫くでなく、弾くでなく、砕くでなく、響かせるでなく、切るでなく。
跳ばすでなく、潰すでなく、壊すでなく、抉るでなく、折るでもない。
「――俺だけの超音速」
ベイリル自身に降りかかる負荷さえも、指向性を持たせて叩き付ける術技。
その衝撃波は巨大な砲弾となり、無数の氷片を巻き込んで女王屍を激烈に打つ。
風皮膜を全てクッションにして、ベイリルは地面を削りながら急制動を掛けた。
やはりソンビには散弾銃に限る。
いささかデカ過ぎであるし、そもそもゾンビではなくキマイラであったが……。
なんにせよ敵に行動させる暇は与えない。それは大原則である。
常軌を逸した膂力であり、まともに喰らえば防壁越しでも致命傷足り得よう。
さらに寄生卵を植え付けられる以前に、巨大針に突き刺されればそれだけで危うい。
ゆえにこそ攻め立てる。常に先手を取り続け封殺するべきだと、全員が理解している。
お互いの性格を知っている。
挙動で何がしたいかわかる。
目配せだけで意思疎通できる。
それがこの1年近くで新たに修得した、初見の魔術や術技であっても連係できてしまう。
新たに覚え扱う魔術技を、フリーマギエンスの活動でお互いに話して知っているだけで十分だった。
4人は個々ではなく総体。一群体や一人格かのように行動する。
10年近く共に過ごし、研鑽してきた日々は――決して裏切らないのだと。




