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#67 中央戦 II


 青白い巨躯のトロルを、ジェーンは眼前に捉える。

 背後では雷音を轟かせながら、キャシーがオークを優先的に処理していた。


 そんな中でも……波紋一つなき水面のように集中を維持する――


 戦技部にとって基本的な教養である魔物の生態は、頭の中に入っている。

 トロルとてそれは例外ではない。だからこそ組み立て得た……。


 自分だけが可能な、極限環境生物を機能不全に追い込む為の戦法。

 

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を囚えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"」


 詠唱の後にジェーンは跳躍する。

 一度だけ空中に瞬間的な氷の足場を作りさらに高く――


 トロルを覆い囲む氷の檻……筋肉の塊である巨体を捕えるには心許ない。

 しかし胃酸カッターをワンテンポ遅らせ、次の魔術へと繋げる僅かな時間が稼げれば十分であった。


 ジェーンはトロルを飛び越えるように裏回る。

 視界から外されたトロルが気付くよりも先に、早く魔術を完遂させた。



「我いと"凍時(とうとき)秘封(ひふう)"を報じ奉る者にて。有象無象の区別なく、一切ことごとく鎮め護する者也――」


 その魔術は未完成。さらには魔力の消費も過多である。

 しかしそれでも、その魔術だけがトロルを唯一戦闘不能に追い込めるものだった。


 直接触れている手の平を通じて、トロルの体温が急速に下がっていく。

 囲った氷が引き(むし)られ砕かれる音が耳に入るも、極度集中を途切れさせることはない。


 切らせばそこで終わってしまう――それゆえに崩さない、崩れない。



 その魔術は――"絶対零度"をもたらす水属魔術。


 熱を奪って物質の温度を下げ、分子の運動を抑制し、原子を完全停止させる。

 極まればその状態を固定するに至るだろう、魔導領域のほんの僅かな一端。


 今はまだ熱を奪う程度に留まるが、封殺するにはそれで十分であった。


 トロルは再生の許容量(キャパシティ)を超えるダメージが蓄積された時、防衛行動に移る。

 丸まって筋肉を固着させ皮膚を超硬化させる。肉体の代謝機能を下げて、眠ってしまう。


 即ち"乾眠"状態に入り、より強固な防護状態となって極限環境をやり過ごすのである。



「はっ……ふぅ……」


 己の実力で可能な限界まで温度を下げたジェーンは、停止したトロルの肩から飛び降りる。

 呼吸をすることも忘れていたほどの集中力。だが……未熟なれども扱えた。


 こうなればもはや外から炎を浴びせ掛けようが、溶けることはない。

 トロル自身の硬質化した皮肉に阻まれ、熱を通すことも傷をつけることもできないのである。


 少なくとも戦争が継続している(あいだ)に、覚醒して動き出すことはないだろう。

 


「キャシー!!」


 仲間の名を呼んで、二人で敵陣を抜けて距離を取る。

 すると一定以上離れた時点で、ゴブリンらがこちらを追ってくることはなかった。


 何がしかの方法で味方を識別し、特定範囲にいる味方以外の生物を単調に襲う。

 ゴブリンやオークが連携は取らず、しかし組織だっていて、トロルも混じっている。


 三方に軍を分け、さらに波状攻撃かのように突っ込ませる。

 他に村へも襲撃部隊を送ったりと、作為的なものがあるのは火を見るより明らか。



「さすがに疲れた?」


 ジェーンは肩で息をするキャシーに、心配とからかいを含んで問い掛ける。

 なにせキャシーだけは、殆ど休みなしで動いてるようなものであった。


「っはぁ……まあ、否定はしない」


 身体的にも精神的にも魔力的にも、その消耗は圧倒的と言えよう。

 それでも戦闘狂な一面が彼女を掻き立て、駆り立てている。



「これから敵指揮官を討ち取ろうと思うんだけど……くるよね?」

「ほー場所わかんのか?」


「なんとなく、ね」


 軍団長として、あらゆる情報を取得する立場にあるからこそ導ける。

 元々の想定されていた配置と戦略構想、戦場立地と敵の陣容、その進行速度。

 

 全体を把握するのであれば……仮に指示を出すならば、どの位置が最適であるのか――


 魔物を操っている元凶を絶ってしまえば、自然と魔物の軍勢は全滅するかも知れない。


 情報で得ていた位置とはかけ離れて、本来戦場とする予定のない場所までやってきている。

 つまりはゾンビ化にあかせた、飲まず食わずの超強行軍。


 生体としてはずっと以前から、とうに死んでいる可能性は非常に高いと見る。

 もしも支配が解けてゾンビを維持する能力を失うのであれば、それでこの戦争はほぼ終わる。


 極限環境生物たるトロルだけは、その程度じゃ死ぬことはないものの……。

 しかし支配がなくなれば、よほど村が近くない限りは襲うような可能性は低くなる。



「っはは! そうこなくっちゃな」


 口角をあげたキャシーにより先に、ジェーン笑みを浮かべていた。


 努力した強さを発揮し実感する喜びは、大なり小なり誰もが持ち得るもの。

 抑えようにも、律しようにも、解放する快感には容易に抗えない。


 何より優位に戦況を展開させる施策。それもまた軍団長としての責務。

 (ちから)ある者が持ち得る義務感。名分があるからこそ前に踏み出せる。




 大地を滑走し、大地を駆け抜ける。

 二人は荒野を踏破し、森へと入り速度を緩めながらも止めることはない。


 しかし唐突に降ってきた無数の飛来物によって、行足を止められてしまった。

 樹上にて折りたたんでいた巨翼を広げて、滞空し始める"キマイラ"の姿がそこにあった。


「コイツはアタシに任せて先に行けよ」

「キャシー……?」


 ジェーンは"珍しい"と、素直にそう思った。


 強い敵と、より強い敵がいるのならば――後者を狙う。

 より大物を喰らいにいく性格だが、トロルを譲ったことといい……。


 ただ猪突だけだった最初の頃とは、いささか心境にも変化が出ているように思える。



「アレには一回、斥候拠点でスカされてっからな。丁度いい」


 ジェーンはキャシーの言葉に頷くと、水属魔術を詠唱する。


「満たしゆけ小さき水よ……世界を覆い、我が姿を隠したもう――"表裏霧中(ひょうりむちゅう)"」


 魔術によって周囲に霧が立ち込め始めると、ジェーンは滑走して消えていく。


 キマイラは地上に張られた霧幕によって標的を見失い、キャシーは帯電を開始する。



(今は譲ってやるさ……)


 トロルとは斥候陣地から戻る時に一戦交えて、まだ(・・)通用しないことはわかっていた。

 それに連戦続きで諸々がきつい、ここがぼちぼち限界点といったところだ。


 自身を知ること、他者を知ること。フリーマギエンスに入らされて――最も強く学んだこと。


 ベイリルが言うところの、某氏曰く――"無知の知"。

 知らないことを知って、知ろうとあがき続ける。


 薄氷のような尊厳(プライド)は割らないように、己の今を認識して進んでいく。

 向こう見ずなままでは……いつまで経ったってダメなんだ。


 それじゃあベイリルにも、フラウにも、ジェーンにも、勝てはしない。

 

 加えてヘリオも、リーティアも――1年近く関わってきて知った。

 あいつらはモノが違う。最初から積み上げてきた前提が違うのだ。



(今に見てやがれってーの)


 だが今は違う。フリーマギエンスの恩恵を享受し、我ながら成長を実感している。

 アイツらも当然学び、成長し続けるだろうが関係ない。 


「覚悟しとけ……アタシの全力疾走は、すっげぇ速いんだからな――」



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