#65 右翼戦 II
「おいっヘリオ!」
「大丈ォ夫だよ、腹ァ決めたからな」
グナーシャの制止を流しながら、オレはゆっくりと歩を進めてトロルへと詰めていく。
長巻を収めて鬼火を1つ、掌中で弄びながら……じっくりたっぷり思い描く。
その魔術は未完成――ならば今この場で完成させればいい。
死線にあってこそ見出だせる"活"。余力を残しベイリルに追いつく為に……。
「オレを無礼んじゃねェぞ」
縮まってきた距離に、胃酸カッターが飛ぶが既にリズムは読めている。
一歩だけ軸をずらして回避しながら、ペースは変えず歩いていく。
縦に、横に、斜めに、高圧カッターが飛ぶ。
しかしタイミングがわかっていれば、躱すのは容易かった。
圏内に入ったところで、機を見て跳躍した。
トロルは大口を開けるが、そこに6つ分の鬼火が入り込ませて動きを止めてやる。
ただの炎を重ねただけではトロルを焼くことはできない。
切り札は手の中に一つ残していた鬼火。
オレはトロルの肩へと着地し、上を向いたトロルの頭へと――右掌中の炎を重ねる。
生成できるのは鬼火一つ分でしかないが、それはあらゆるものを燃やす炎。
「――"超流動炎"」
浸透する熱は……トロルの脳と寄生虫を静かに、一瞬だけ、燃やした。
原子一つ分の隙間にすら入り込んで、結合から焼き切ってしまう究極の炎。
見た目には全く変わらない。しかし頭部は消し炭とと成り果てた。
それでもトロルを殺すには至らない。いずれは脳すら再生させてしまう。
しかし長時間行動不能にするには、脳の破壊が一番だと授業で習っていた。
「はっ、燃えたろ?」
鬼火の再充填はない。これで終わらせるという心積もりで、そしてやりきった。
オレは倒れる巨体と共に地面へと着地すると、踵を返して歩き出す。
寄生虫も死んで、そのまま強制的な乾眠状態へと移行したトロルを横目に……。
オレは仲間達の元へと帰参する。オレだってやりゃあできると。
思ったよりも魔力を消費し、集中の疲弊でダリぃものの、まだ十分に戦える。
ベイリルの目論見通りかも知れないが、それでも「ざまあ見さらせ」と言ってやりたい。
「やるなヘリオ、これは我も負けていられぬな」
「センパイと戦う時ゃ、あんなお上品な魔術で倒せるとは思っちゃねェよ」
グナーシャと拳を突き合わせる。所詮リズムを読みやすい魔物だった。
あれ一つに極度集中を割かねばならず、ほとんど生身の無防備状態になってしまう。
とてもじゃないが対人で使えるような技ではない。
「流石でござるねえ。これ、ベイリル殿にも言った言葉でござるよ」
「おう、もっと言え」
「ところでヘリオさん、トドメを炎で刺してきてもらえます? 首だけでも動いてて恐ろしいんですの」
「追いついてきたと思ったら開口一番それかよ」
パラスへと反射的に呆れ目を送るが、当の本人はキョトンとしていた。
「あら、心配や称賛を送って欲しいんですの? わたくしは最初から勝つと信じておりましたわ」
「よく言うぜ」
そう口にしつつも悪い気はしなかった。
「炎は他ァ探せ。これ以上魔力使いたくねェ」
余力は残す。"大元"とやらがいるのであれば、そいつをぶち殺す必要があるからだ。
その為に魔力を使う必要はない、寄生虫が原因であるなら多分やらなくても大丈夫な筈だ。
「ルビディアさんがいれば楽なんですけどねぇ。ぼくは火属魔術はからっきしですし」
そうカドマイアが漏らした瞬間、火の玉が降ってきて、ゾンビを焼いていく。
見上げれば空中から爆撃するように、炎翼を纏った鳥人族が魔術を放っていた。
そんな彼女はこちらのへと降り立つ。
「呼ばれて飛び出てルビディア登場!」
最後に合流したパーティメンバーに対し、めいめい心配の声が飛ぶ。
「ちょっとルビディアさん! 体は大丈夫ですの!?」
「あーダイジョーブダイジョーブ。わたしはほらあれあれなんだっけ、そう不死鳥ってやつなんで」
冗談めかして言いながら、ルビディアはくるりと回って見せる。
目立った傷痕はなく、実際に飛行して魔術を放つくらいの元気はあるようだった。
「ハルミア殿がいれば、無理し放題でござるねぇ」
「それね! いやーほんと助かった、ハルミアちゃん様々だよ~」
一時は命も危ぶまれたが、それでも後遺症なく立っている。
ハルミアの医療魔術とルビディアの耐久さあっての早期回復だった。
「精神的外傷とかは大丈夫ですか? 死地に陥って怖くなったとか」
「カドマイアは心配性だねえ、わたしがそんな繊細なタマかね、ん?」
本当に全快しているようで、全員が安堵する。
なんのかんのこのパーティは居心地が良い、誰かが欠けては寂しいと。
「問題なさそうで何よりだ。さて全員揃ったことだし、暴れるとするか」
ゴキリと関節を鳴らしつつグナーシャは気合を込めるが、ヘリオは一人遠くを見つめた。
「いや――オレは大元を探す。ベイリルも行ってるだろうしな」
「……? どういうことですの?」
「この戦争を仕掛けた野郎が、どこかにはいるハズなんだ」
「でないとゴブリンとオークが共闘するわけないでござるからねえ」
「それは許せませんわね! ではわたくしたちも――」
「いらん。第三波を押し止める人員も必要だろ。それにトロルまで支配下に置くような奴だ。
半端にうろちょろされると、正直オレとしてもベイリルたちと連係が取りにくいからな」
なるべくだが、オブラートに包んで言ったつもりだった。
端的に足手まといだと切り捨てるのは、勝手知ったる間柄であっても憚られる。
「いいんじゃないですかね、あまり多人数で動くと右翼も崩れますし」
「じゃあ拙者も行くでござるかね、元々連絡員だし。邪魔しないことは得意でござる」
「スズは残れ、かわりにルビディアがきてくれ」
「おぉう病み上がりをこき使うつもりだねぇ、ヘリオ。まぁいつの間にかキマイラの姿もないし――」
ルビディアは「別に構わないけど」と付け加えながら、空を注視して影を改めて探す。
鳥人索敵へのカウンターとして存在していた飛行型キマイラは、影も形もなくなっていた。
「空から探すのが手っ取り早いからな、オレを運んでくれ」
「ほっほ~ヘリオがわたしのことを、そんな風に想っていてくれたとはー」
「……はあ?」
ヘリオの言に対して、ルビディアは笑いながら視線を浴びせかけた。
「鳥人族は生涯の伴侶とする者しか、抱えて飛んじゃいけないんだよ?」
「ヘリオ殿、ほんに流石でござる」
「大胆ですねえ」
「男は度胸、その意気や良し」
「こ、こんな時にふしだらですわ!!」
「なあ……がっ――」
スズ、カドマイア、グナーシャ、パラスとそれぞれから言葉が飛ぶ。
ヘリオは言葉に詰まり、失言したことに顔がほのかに火の色に染まっていく。
「あっはは、ごめんウソ」
「嘘かよ!!」
「嘘でしたの!?」
「この程度はすぐに見抜けねばならぬでござるよ」
「無知って怖いですよねえ」
「……うむ」
ヘリオは羞恥を覆い隠すように声を荒げ、パラスも便乗して驚く。
スズとカドマイアはしれっとしていて、グナーシャは目を閉じ頷いていた。
「クッソ油断した」
いつもはイジられるキャラじゃないだけに、隙を与えてしまった不覚。
満足そうな表情のルビディアは、ヘリオの手を取ってウィンクをする。
「それじゃさっさと行こっか」
ヘリオはいわゆる、お姫様抱っこされる形で抱え上げられる。
――と、高度がぐんぐんと上がっていった。
「ちょっ待てよ! もっと他に掴まり方ねえのか!!」
「えー変なとこ触られてもヤだし、背中は羽ばたくのに邪魔だし」
既に無防備に飛び降りるには、危険な高さになっている。
発見も優先したい気持ちもあるし、もう観念するしかないようだった。
「手や足だと疲れるし痛いし、これが重心も安定するんだよ」
「くっ……」
地上に眺めるスズとカドマイアのにやけ面――
当分はネタにされる覚悟を決めないといけないようだった。




