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#62 後陣地


「ベイリル! 左翼はどうしました? ──っなんだそれ!?」


 後方陣地へ着くなり、モライヴが見たこともないような荒い声で聞いてくる。

 いつもの気怠げなテンションとは打って変わった、焦燥の見えるそれだった。


「土産と警告だ、左翼は概ね片付いたから任せてきた。リンは?」


 俺は早足のまま話しつつ、モライヴも訝しげな表情を貼り付けたままついてくる。



「左翼はそうか……流石ですね。リンはルテシアさんと軍の編成中です」

「ルテシア先輩はいるのか……思ったより早いな。あぁそれと、スズはヘリオのとこへ行かせた」


 ルテシアはてっきり、スィリクス会長についていったのかと思っていたが……。

 学園生活を振り返ると──確かにあの二人はそれぞれが持つ役割。

 その領分をきっちりと切り分けて、動いていたような気がする。



「スズを? 了解しました。だだ戦場で不可解なことが──」

「これだろ」


 そう言って俺は、ゴブリンゾンビの頭部をモライヴの前に見せる。

 ぐるんと目玉が動いて、それを興味半分恐れ半分といった表情でモライヴは視線を返す。


「本当に……生きている? 不死者にしては数が異常すぎる。それに首だけでなど──」

「確かに不死者(アンデッド)でもあるが、これは生ける屍体(ゾンビ)だ。今から少し調べるから待っててくれ」


 異世界には一般に、"不死者"とされる存在もいるにはいる。

 詳しい原因は不明なものの、散発的なものでサンプルケースが少ない。


 少なくとも今回のように、大挙して発生するようなものではなかった。



「──とりあえず中央はもうすぐ俺も参戦する。右翼もまぁヘリオならイケるだろう」


 そう話しながら俺とモライヴは目的地へと到着する。


「ハルミアさん!」

「ベイリルくん? えっなにそれは……」


 傷病人の対応による疲れを見せぬハルミアも、流石に顔を歪める。


「ちょっとこっち来てもらえます?」


 怪我人らがいる前で大っぴらに聞かれても困るし、ゴブリンの死体を晒すのも衛生上良くない。

 よって速やかに誰もいない離れた場所まで、3人で移動した。



「とりあえず"こっち"は置いときます」


 俺は"トロルの乾眠幼体"を横に置いて、ゴブリンの死体をうつ伏せに地面に置く。


「それで、どういうことですか? ベイリルくん」

「怪我人の中で、戦場で噛まれりした人は居ますか?」


「えぇ右翼戦場で二人ほど」

「特に問題は?」


 潜伏期間も考えられるがはたして──


「ない、と思いますが……」

「そうですか、まぁ多分大丈夫だとは思うんですけど、これ解剖できます?」


「これを……ですか? あまり気はすすまないですが必要なことなんでしょうね」

「中に黒い芋虫みたいなのがいるんで、それに気をつけてください」

 


 ハルミアはいまいち意図を理解しきれてないようだが、とりあえず頷いて施術へ入る。

 魔術によって指先から、淡く赤い発光刃(レーザーメス)を作り出し、脳を切り開いていく。

 うなじよりやや上の部位まで開いたところで、黒芋虫が顔を出した。


「大きさからしても、やっぱり精々一匹か」


 俺は気持ち悪さに我慢しながらも、頭は切り離して分析する。

 一匹の頭に一匹の芋虫。それ以上は特に見当たらないようだった。


 であれば、空気中に卵を散布するような繁殖方法じゃないだろうと。

 恐らくは直接植え付けるような接触感染だろうか。


 俺は創作(フィクション)の知識から、手前勝手にそう類推する。



「……今の虫に気をつければいいんですね」

「さっきのが戦場を騒がせてる、殺しても動く"ゾンビ"とやらの原因──ということですか」


「正解。体内に潜り込むタイプの寄生虫ってやつで、人間も操れるかはわからない。

 感染も空気や血液よりは、直接接触で卵か幼体を潜り込ませるような(タイプ)と思われる」


 冷静で知的な二人を相手にすると、会話もスムーズで助かるというものだった。

 とはいえ医療従事者でないモライヴは、話半分といったところ。


 それでもハルミアが理解していることを察すると、話の腰を折るようなことはしない。

 


「えっと、私はどうすればいいんでしょう」

「感染している可能性も0(ゼロ)ではないので、もし疑わしければ触診かなんかで……」


「もし確認できたら……今みたいに外科手術を?」

「えぇまぁ……できますか?」


 ハルミアの表情は、苦悶の入り交じるものだった。

 それでも医療を志す者の矜持(きょうじ)が、それらをあっさり上書きする。


「そうしないと助からないのであれば──わかりました、やってみせます」


「お願いします。それじゃあ俺は中央戦線へ出撃するんで」

「ベイリルくん、そっちのは……?」


 ハルミアは俺が掴んだ青白い肉団子を、指差しながら問い掛ける。



「この戦争が一段落したら説明します、それじゃ──」

「ベイリルくん!」


 再度呼び掛けられ、俺は半分ほど振り向きかけた体を戻す。

 ハルミアは俺の空いた手を取ると、ポケットから"何か"を取り出す。


 それを俺の手の平へと置くと、ギュッと両手で包むように握らせる。


「ご武運を──」


 俺は安心を十全に込めて頷いてから、力強く前に踏み出した。





「クロアーネさーん! クロアーネさんはおるかー! ちゃんクロー!」 


 軽い駆け足で後方陣地を抜けるまで、俺は叫び続ける。

 ともすると上空から気配を察し、肩口まで迫った山刀を滑らせて回避する。


「一体なんのご用向きでしょうか、急ぎでないのならもう一撃お見舞いします」


 そう言いながら彼女は何事もなかったように、山刀をもう一本引き抜く。


「すみません、急ぎです。このトロルの幼体を、どこか周囲に安全なところに隔離置いてください。

 後でオーラム殿(どの)まで届けるので、とりあえずこの戦争が終わるまでの(あいだ)だけでいいので」


「……わかりました。ちなみに次やったら貴方の料理は二度と作りませんのであしからず」



 クロアーネさんは山刀を収めるとトロル幼体を躊躇いもなく掴み、お互いに別方向へと走り出す。


(二度と料理は作らない……か)


 俺も彼女との距離感や扱いには慣れてきたが、向こうも慣れてきたということか。


 トロルって食えんのかな……などと食欲が減退するようなことを思いながら、俺は風に乗った── 





 ゾンビ体で通常より弱いとはいえ、それでも中央戦線はなかなかに士気が高かった。

 連係もしてこないし、行動も単純だが、急所を突いても襲い掛かってくる狂気。


 殺しても死なないという恐慌状態が、軍隊をどれほど脆弱なものにするのか……。

 そんなことを思っていたのだが、案外杞憂だったようだ。


(そこれへんは魔物慣れしている異世界だからかね……)


 あるいはジェーンの指揮能力の高さによるものか──

 なんにせよ維持はできているし間もなく後軍も来るだろう。

 さしあたって加勢の必要はなさそうだった。

 

 走りながら一際大きな巨体を見つけて近付くと、トロルが氷漬けにされたように眠っていた。

 


「俺の液体窒素じゃ、こうは無理だな」


 呟きながらゴンッと拳を軽く入れてみるが、言葉にしにくい感触が返ってくる。

 トロルを急激な温度差という環境変化に曝し、防衛行動として乾眠状態を強制させた。

 殺すことはできなくても、倒すことならどうとでも──を地でいったのだ。


「流石だな、ジェーン」


 トロルの生態・特性をよく理解し、水属の強力な氷魔術だからこそ可能な芸当だった。

 乾眠の所為か実のところ凍結はしていない。それでも行動不能にするには至っている。


「ん~む……すごいなコレ」


 クマムシなどに代表される、乾眠状態のようなトロルをペタペタと触る。


 超高温・超低温・超高圧、真空や放射線にも耐えるのであろう形態。

 完璧な乾眠状態では、"ポリ窒素爆轟"をまともにぶつけても耐えられるのでは? とすら思えた。



(にしても、ジェーンとキャシーはどこだ……?)


 一度空中高く跳び上がって見渡すも、それらしいものは見当たらない。

 耳に入れるべき情報が少なくないのだが、どこまで行ったというのか。


 同時に視界に入った黒い影に注意が向く。

 それは(くだん)の"飛行型キマイラ"であった。


 森近くの上空を旋回しているようで、アレが存在している為に空中斥候が出せない状況にある。


「ああ、"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)・飛燕"──」



 俺は胸元で(ペケ)を描いた両手を、勢いよく横一文字に広げながら指を鳴らす。

 貫通性能に振った風擲刃の"捻燕"、誘導性能に振った風擲刃の"飛燕"を派生として使い分ける。

 

 形成された2羽の風の刃は、軌道をゆっくりと曲げながら遠くのキマイラへと向かっていった。

 大気を通じた視線による有線誘導イメージ。遮蔽物のない空中で外すことはない。


 俺は地面に着地しつつ様子を見る。

 二枚刃の速度は僅かに変えて、時間差で当たるようにした。

 まず一撃目が命中し、敵が気付いた後にさらに二撃目が叩き込まれる。



 風擲刃の飛んできた方向から敵はこちらの存在に気付き、想定通り近づいて来るようだった。

 敵愾心(ヘイト)を稼ぎ、俺へと釘付けになったキマイラを撃滅する単純作業。


(まあアレも寄生されてんだろうから──)


 既に死んでいれば酸素濃度低下は効かない。多種混合の魔物の呼吸メカニズムも不明瞭。

 そもそも動き回る相手には使いにくく、魔力消費も(かさ)んできたので無駄撃ちも避けたい。


 俺は戦法を決めると"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)・飛燕"をもう一度、左右それぞれ指を鳴らす。


「"エアバースト"」


 飛燕が両翼を裂いた瞬間、天頂方向から最大出力のダウンバーストをお見舞いした。


「墜ちろ、カトンボ」


 滞空手段が削がれたのに加え、上空から襲い来る風圧に叩き付けられて為す術はない。

 俺の言葉に導かれるかのように、キマイラは墜落する。



「──"刹那風刃脚(アトウィンドカッタッ)"!」


 左半身に構えた状態から、落ちるキマイラと交差するその瞬間。

 俺は前方向へ捻転させるように、僅かに溜めを作る。


 そして落下とは逆の上空へ向けたカウンターの形で、密着状態から放たれる必殺の術技。


 上円軌道の右蹴りと共に、二重風刃がキマイラの硬い皮膚を引き裂き、臓腑を斬り断つ。

 余勢(よせい)を駆った左脚による、天頂蹴り上げに追従した風刃刺突が肉体を貫き穿つ。

 ダウンバーストを取り込んだ"風皮膜"の流れを利用し、空中で一回転しながらさらに(かかと)を落とした。


 キマイラは改めて地面に衝突し、断末摩一つなく絶命する。



 切り下ろされ、穴が空き、頭の潰れて行動不能となった死体。

 地面にへばりついた肉片の上を歩きつつ、黒い芋虫を踏み潰して俺は実感する。

 

 入学初日にカボチャと打ちのめし、フリーマギエンスを設立してから一年近く。


 フラウと心身を重ね、コツを掴んだ魔力(マジック)加速器操法(アクセラレータ)の修練。

 それ以前の無明の暗闇で決意した時より、積み上げ研ぎ澄ませてきた己の(ちから)


 それらが十全に機能し、役に立っていることが報われている。

 やれるようになったことが増えてきて、自分の可能性を大いに楽しんでいる。


 前世とは比べるべくもない充実した生の謳歌が、俺に活力を与え続けてくれた。



「──? んっく……」


 突然ふとした耳鳴りに襲われ、俺は咄嗟に鼻をつまんで耳抜きをする。

 特段調子が悪いというわけではないが……。既に前方には新たな軍団が見え始めている。


 しかし何故だか、虫の報せのような予感が脳を打った(・・・・・)のだった。



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