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#61 戦争の形


(戦争といっても、案外なんとかなるもんだな──)


 魔物──しかもゾンビ相手で勝手は違う部分も多々あっただろう。

 俺は大地を駆けながら、独りごちるように思考をきたす。


 前世では当然だが、現代日本において戦争になど参加したことがない。

 戦争史も一般教養や、興味本位で調べた程度ではあるが……。



 ──異世界の戦争は、元世界(ちきゅう)のそれとは特異である。

 当然ではあるのだが現代地球の常識などは、通ずる部分こそあれ時代性も含めて多くは通用しない。


 車両や航空輸送はないし、巨大なパンゲア大陸ゆえに水上輸送なども場所が限られる。

 しかし魔力と魔術によって身体能力が大いに強化されることで、時に生身の何倍もの行軍速度を生み出す。


(学苑一年生でも、地球の一流スポーツ選手ら並に思えるし……)


 魔術を使えぬ人間でも魔力による身体強化はある為、全体として迅速な行動ができる。

 亜人種や獣人種ともなれば、さらに数段上のスペックを誇ることも珍しくない。


 それは騎乗・輸送用の動物も例外ではなく、速度・体力・踏破力のいずれも優れる。

 家畜として適している馬が戦場で多く利用され、飛行生物も存在するが人員・物資の大量運搬には適しておらず陸上輸送が基本。



(バカ食いする必要もないしな)


 地球人の何倍もの頑健かつ運動量を誇っても、消費カロリーに対して食事量は多少増えても何倍・何十倍にもなるということはない。

 食物の保有エネルギー量が多いのかは現状だと検証しようもないが、圧倒的な運動量に見合うほどの熱量(カロリー)を摂取する必要がない。

 ひいては補給線においても、通常の何倍もの量を運搬しなくても済んでいる利点が挙げられる。


(……"超一流の冒険者は排泄(うんこ)をしない")


 ──という格言が異世界(こっち)には存在する。

 つまりは摂取したエネルギーを無駄なく吸収する。"鉄の胃袋"と"消化能力"をもってして、一流だということ。

 排泄行為という絶大な(すき)と、後処理の手間を最小限にしてこそ、冒険者稼業はよりよい成功を収めるというものだった。

 これは職業軍人などにも同様のことが言え、実際に専門の鍛錬までするという話も聞いたことがある。


 転生し日々修練するベイリル(おれ)自身も、そこらへんは実感するところであった。


(それと……"農耕"でも重要なことだ)


 一般人まで大量に食物を必要とすれば食糧自給が追っつかず、人口はいつまでも増えないままとなってしまう。

 どうにか"化学肥料"が普及したとしても、生産高に対して人口爆発が控えめとなってしまい急速な文明の発展は望みにくい。



(──魔術で水は補給できるし、地属魔術士がいれば工作用の道具類も多くはいらない)


 マルチツールとなる"魔術具"などもあり、輸送量と輸送能力の両面で見た時に、実働負担が少なく地球戦史と比較して非常に効率が良い。

 しかしいくらなんでも糧秣が振って湧くようなことはないので、清潔な水は魔術調達できても、食物は狩るか運搬するか略奪する必要は逃れられない。


("転移(ワープ)"や"異空間収納(よじげんポケット)"のような真似は"魔法"級の領域だし、高効率でもやることやれることは一緒だ)


 つまるところ補給線を断つという戦略・戦術は、効果は減じれど普遍的に通じるやり方となる。



(ざっくり地図と単位から照らし合わせたに過ぎないが──)


 異世界のこの大地──この星は、地球よりはちょっと小さいようにも感じた。

 魔物が跋扈し戦乱も絶えぬ為か、地球史の人口とで比較してみてもかなり些少な部分がある。


 しかしそれらを補って余りある、異世界なりの繁栄というのも随所で散見された。

 

 例えば各国の軍事行動とは、共通して魔物の討伐も含まれる。

 魔物を減らすついでに、他国の領地も奪おうというわけである。あるいはその逆も。


 相容れない魔物という内敵を排すことで国威を示し、国内の治安を保つのもまた大切な仕事の内。

 どうしても手が回らない部分に関しては自助だけでなく、冒険者といったものも利用してきたのが歴史。



 そして魔術士が強力であるがゆえに、実際的な戦争の形も多様極まる。


(冒険者もそう……個人レベルの武勇が目立つ)


 単一の火力が、集団を容易(たやす)く駆逐してしまうことがままある。

 俺自身も例に漏れないし、フラウやリーティアも一騎当()級の猛者。


 現代では個人携行火器にも限度があるが、魔術士はナパーム弾を一人で何十発と撃てるようなもの。

 しかも魔力強化された機動力をもって、弾薬補給を必要とせず、休むだけで魔力も回復する。


 また対軍にまで特化した個人火力というものは、すなわち"伝家の宝刀"ともなる。

 言わば核兵器のような抑止力。抜かないことに意義があるし、抜けば互いに殲滅戦になりかねない。



(一騎当千級の魔術士を積極的に使う時とは、相手も同じ札(ジョーカー)を持っていることが多いんだとか)


 神族が繁栄した頃の名残か……"名誉ある決闘"のような慣習も、共通認識として強く残っている。


 また戦場魔術士として名を挙げるほど、平時での暗殺の危険(リスク)が付いて回ってしまう。

 なので平均水準より強力な魔術士も、余力を残しつつの部隊運用で目立たないようにすることが少なくない。


 感覚に優れた獣人種の隠密行動や、地属魔術士の迅速な陣地構築も脅威と言える。

 防御に撹乱に回復まで、優れた魔術士の存在は戦場を一変させてしまう。



(空挺戦術なども存在するらしいが……)


 敵方に強力な魔術士がいれば、それだけで虎の子の空軍が対空魔術で墜とされかねない。

 ゆえに航空戦力というのも飛行難度も相まってさほど多くなく──陸上輸送と同様──戦争は陸戦がメインとなる。


 往々にして用意・維持コストが(かさ)む飛行部隊は基本にして最重要ともいえる索敵といった情報収集に回される。

 戦力としての運用は最序盤の制空権の奪い合いや、趨勢を決する為のトドメばかりとなる。


 一方で水軍・海軍は相応に強力なようで、さらには巨大湖を挟んで国家同士が接している。

 その為にだだっ広い大陸においても、水軍が使える地理においては重要性が非常に高い。


 戦術は雑多に存在し、参加する魔術士の特色で良くも悪くも大きく変化する。



(王国軍などは、大規模な攻撃魔術と防御魔術を掛け合わせた集団戦術が多いと聞く)


 非魔術士の肉壁を前に配置し、定点型の魔術士の多さを利用した攻防強力なそれである。

 さらに罠型(トラップ)魔術や、魔術具を利用した伏撃戦術も得意としている。


 帝国軍は集団戦術はもちろん、魔術士を主軸とした小隊戦法も好んで使用する。

 他にも獣人種によるゲリラ戦法や、騎乗生物や大型魔物を利用した複合戦術も効果的に扱う。

 情報にも比較的重きを置いていて、特化させた部隊を適切に投入・運用する(すべ)を心得ていた。

 


(さらに突っ込んでいけば……)


 魔術士がいくら強かろうと、魔力が尽きればただの人。

 疲労や精神状態にも左右され、集中を掻き乱したり不意を突いて倒すことも可能だ。


 魔力身体強化に特化した戦士の中には、魔術士を倒し得る者も少なくない。


 それゆえに必ずしも定石(セオリー)通りにはいかないのが、異世界戦争の常。

 非常に(いびつ)で複雑な戦模様(いくさもよう)が、随時展開されるのである。


 なんにせよ魔術も使ってくることなく、敵軍の恨みも買わない魔物戦において──強力な駒を惜しみなく使うジェーンの判断は、理に適うものだろう。


 

 考えを巡らせていると、いつの間にか追従しつつある影が在った。

 トップスピードではないまでも、風を(まと)う俺の速度にも難なくついてきている。


 そんな見知った"ニンジャ"は、首を傾げながら言葉を投げかけてきた。


「変な走り方でござるね」

「これは俺の知る"強者たちの走り方"だ、素敵だろ?」


 上体を一切()れさせることなくやや前傾に。

 足のシルエットが見えないほどに高速で地を蹴り続ける。


 それは腕を組んだり、煙管(キセル)を吸うような優雅さで……極めれば急加速・急制動・急転換まで可能な、俺の知る最高にイカす走法。



「そんなことより手に持ってるのはなんでござる、いよいよ狂ったでござるか」

「ちょいちょい辛辣だな、これは実験材料だ」


 乾眠でもしているかのような仔トロルと、下顎のないゴブリンの頭を掲げて見せる。

 しかしスズは女の子らしいリアクションもなく、ただ見つめるのみであった。


「──で、スズ。お前は何か連絡しにきたのか?」

「左様、少々問題が発生したでござる。後軍軍団長と一部の生徒が先走って──」


 お互い大地を駆けながらも息を切らすことなく、悠然と会話を続ける。


「やや独断専行気味で村への救援へ向かって、ガルマーン教諭もついてったでござる」

「……スィリクス、何やってんだか」


 俺はかつて幼馴染と言うほどでもなく、学苑にて再会を果たした自治会長であるハイエルフの顔を浮かべた。

 クロアーネから聞いた話では、後軍の部隊は合流した時の戦況を見てから編成。その後に各戦線へ適時投入する予定だったはず……。


 だが後軍が当初の予定から減っていれば、ジェーンの采配にも支障も出るだろう。

 さらにガルマーン講師までいなくなったとなると、状況判断はどうなるものか。



「もっとも村方面もトロルが向かったらしく、致し方ない部分も否めないでござるがねぇ」

「なるほど、左翼のトロルは駆逐したことだし……俺は左翼へ戻らず中央戦線へ()くか」


「トロルはベイリル殿(どの)が倒したでござるか?」

「無論だ」

「流石でござるねぇ、拙者の見立て通りで良かったでござる」


 片眉をひそめつつ疑問符を浮かべる俺に、スズは「こっちの話でござる」と流す。


「中央へ行くにしても……一応判断を仰ぐがいいでござるな」

「そうだな、俺はどのみち後方陣地へ一旦向かう。スズはこの後はどうするんだ?」

「指示待ちでござる、多分」

「それじゃあ一つ、ヘリオに伝えて欲しいんだが──」


「貸し一つでござるよ」



 俺は屍体(ゾンビ)のこと。寄生虫感染への注意として、間接攻撃でなるべく倒すこと。

 トロルへの有効と思われる戦法。寄生虫を操る存在(ぼす)の示唆。そして「無理はするな」ということを言付ける。


「ういうい、委細承知。確実に伝えるでござるよー」


 そう言いながら声は遠くなっていき、スズと分かれた俺は後方陣地へと走り続けた。



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