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#58 左翼戦 I


 敵軍が地平に蠢き出す戦地にて、(たたず)むのは──5人と1人。

 スズが持ってきた情報を元に、分割投入された前軍。

 

 ゴブリンにオーク、トロルを加えてもなお味方の過剰戦力(・・・・)のようにも思える。

 

「わざわざありがとう、クロアーネさん」

「感謝が足りませんね」


「……俺が必要以上に感謝する理由はないと思うんだが」

「そもそも学苑に引きずり込んだのは貴方が発端でしょう」



 ベイリル(おれ)は連絡員として任を帯びたクロアーネさんから、詳細を聞いたついでに話に興じる。


「そこまで(さかのぼ)られるかぁ。まっ戦争後の食事への期待も込めて……ありがとうございます」


「はぁ、まったく……私は糧食班として同行したと言うのに。こんなことなら、レドを連れて来るべきでした」

「まっレドは面倒臭がってついてこない気もするが、せめてファンラン先輩がいてくれればな」


 レドは暇をしているだろうが、ファンランは現在タイミング悪く学苑にいない。

 実家で用事があるとのことで、少々里帰りをしているのだった。



「二人ともクロアーネさんより強いかな?」

「さぁどうでしょうか、別に争う理由もありませんし」


 俺も直接闘ったこともないし、戦っている様子も見たことはないが……。


 ファンラン先輩は調理の動き一つとっても、凄絶さが見て取れるほどに洗練されている。

 レドにもいつだったか、自分で狩猟したという魔物料理を食わされたこともあった。


 調理科に所属した者が自分で狩って自分で調理する──美味い食事。

 あとは適度な運動でもしていれば、弱いわけもなかろうと。



「なんにせよ、ないものねだりしても仕方ありません」

「そらまぁそうだが……クロアーネさんは戦わないのか?」


「情報と伝達の重要性は、よくよく知っていると思いますが?」

「スズにしても、遊ばせておくにはもったいない武力だと思ってね」


「名ばかり護衛をしていた時期もありますが、私はもとより情報収集のほうが専門です」

「そういえばオーラム殿(どの)は、新たに"プラタ"を連れ回してるらしいな」


 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の"(にえ)"として、殺されそうになっていたところを助けた少女の名を出す。

 あれ以来シップスクラーク商会の庇護下にいて、定期会議の際にはたまに会うこともある。


「どのみちあの(かた)には補佐などいりませんから、戯れでしょうが」

「情操教育に悪影響がなければいいんだが……」


「あの子はなかなか筋が良いから大丈夫でしょう」

「オーラム殿(どの)が一般的でないことは否定しないのね」


「事実に目を瞑っても無意味ですので」


 昔のクロアーネであれば確実に噛み付いていただろうな──などと思いつつも口には出さず、俺はやんわりとした笑みで返す。


「では敵も迫っているようですし、私もまだやるべき仕事がありますので失礼します」

「あぁ、また後で」


 淡々と告げたクロアーネは、(きびす)を返すと、静かな動作で走り去って行った。



 広い荒野でクロアーネの姿が完全に消えるまで、ぼんやり眺め続ける。

 ──と、いつの間にか隣にしゃがみこんでいたフラウが、上目遣いで問うてくる。


「……ねぇベイリルさー、ちゃんクロも狙ってる?」

「いやそんなつもりはないが。元々蛇蝎(だかつ)の如く嫌われてたしなぁ」


「ふーんそっか、そっかー」


 フラウはそう流しながら、とりあえずは納得したようだった。

 クロアーネは確かに綺麗だとは思うものの、お互いそういう関係には程遠い。


「なんだ? お前一人を愛せと言うなら、今からでも俺は全然構わんが」

「うんにゃ、ただいずれ正妻(・・)になるあーしとしては、仲良くなっておかないとかな~って」


「おう、犬も食わん話は後にしろ」



 俺達の会話にゼノが割り込み苦言を呈す。

 今の状況で暢気(のんき)にしているのが、まるで信じられないような顔だった。


「どうしてそんなに楽観的でいられるんだよ? トロルだぞ? オーク混じりのゴブリン軍勢が数百に加えてトロル一匹相手にしろって──」

「なに、我らが軍団長の判断だ。大人しく従おう」


「しかも左翼は"おれらだけ"って、どういう采配!?」

「確かにちょっと見通し甘いっかね……」

「だろ?」

「あぁ、最高戦力を三人もここに配置するなんて過剰すぎる。ティータも強いし」


「はぁあぁああああ!? ベイリルおまえの自信こそ過剰じゃねえ!?」



 ジェーンは多人数での戦い慣れをしていない、兵術科以外の生徒を分けた。


 戦闘力の低い一般生徒を排して、単騎で殲滅力が高い俺達だけを左翼へと配置する。

 右翼はヘリオを筆頭に荒っぽい冒険科の連中が中心となって、同規模の手勢を相手にする。

 そして最も敵勢が厚いと見られる中央は、ジェーン自ら兵術科の生徒と共に陣頭指揮を執る。


 実際問題として、個人間の連係慣れをしていない兵術科生徒達。

 率直に言ってしまえば──足手まといがいると、十全に戦えないのも事実。


 戦術的に見るならば適解と思われるし、こっちとしても気が楽であった。

 


「なぁゼノ、実際のとこ……そんなやばいのかトロルは」

「当然だ、トロル一匹で街一つが軽く壊滅することだってあるんだぞ」

「ゴブリンやオークとは比べ物にならんことは知っているが──なるほど、街一つか」


「溶岩に飲み込まれようが動じないとか、"大空隙"の底まで落下しても傷一つないとか」


(眉唾な感じだなぁ──)


 俺はそんなことを思いながらも、何かの参考にはなるかと耳を傾ける。


「"紫竜"の病毒に曝されようが、内海の底に沈もうが平然と進み続けるとか」


 そんな危険地域で一体どこの誰が確認したんだ……とでもツッコミたくなる。


「フラウは知ってるか?」

「トロルか~~~、通った跡くらいしか見たことないかな。まっ昔ならともかく今なら普通に倒せると思うよ?」


 俺達の様子を見てゼノは、呆れから無気力へと表情が変わっていく。



「"冬眠"状態こそあれ、トロルの死体は発見されたことがないとすら言われてんだぞ……。人族なら一生に一度会うかみたいな珍しさのはずなのに、四体とかおかしいだろうがっ!!」

「まぁ確かに群れるような魔物ではない、はずだよな」

「そもそもなんで、おれが前線に出てんだよ……。大して戦えないのに、おまえらの所為だぞ!」


 ゼノは自身を戦場に引っ張ってきた元凶の2人──リーティアとティータに叫ぶ。


「設計者も現場に出てこそっすよーゼノ。たまには健康の為に運動しないと」

「健康どころか命が危ぶまれるんだが?」


 ティータは言うだけ言って、続くゼノの言葉をスルーする。

 一方でリーティアは目の前のモノに魔力を集中させていた。


「なぁにトロルがいかに殺しにくくとも、封じ込める方法はいくらでもあるだろうさ」


 俺はそうポジティブを言葉にして、指をポキポキと鳴らす。


 トロル──いわゆる地球で言うところの、"クマムシ"のような極限環境生物的なものが巨大化したとでも思えばいい。

 死なないのと倒せないは別物だということを、ゼノに見せてやろうと。



「言うは(やす)いよなあ? な?」

「俺も異世界(こっち)で強くなりすぎた、多少は前のめりにいかないと戦う相手がいないからねェ」

「今あーしの魔力は人生で最っ高に充実してる。今日のあーしを倒せる者は、この地上にいないよ」

「実際にやってみて初めてわかることがある、何事も経験っすゼノ」


「ぐっぁあぁあアア!! 能天気ばっかっかよ!」


「できたぁ! はぁ~調整完了!」


 ゼノの慟哭を掻き消すように、リーティアが立ち上がる。

 その足元には(にぶ)く銀色に光る金属の塊があった。


リーティア(ウチ)謹製きんせい、流動魔術合金。名付けて"アマルゲル"! 起動!!」


 声に呼応するように立ち上がっていき、リーティアより少し大きめな体積の液体合金。

 水たまりの上に、のっぺりとした人型が浮かぶようなシルエット。

 

 ともするとリーティアは魔物の方向へと、その人差し指を突きつけながら叫ぶ。

 液体合金(アマルゲル)も、同じように手指を器用に作って指差していた。


「ギリギリおまたせ! さぁいこう!!」


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