表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/538

#55 遠征戦 I


 行軍は驚くほど順調と言えた。既に行程の半分ほどは消化している。

 昨夜の野営でも特に問題は起こらず、3日目の朝も滞りなく進む。


 それもひとえに軍団長の私ではなく、モライヴとニアの功績がことのほか大きかった。


 ニア・ディミウム"補給統括官"が指揮する、過不足ない的確な各種行軍用品と糧秣の見通し。

 モライヴ作戦参謀の緻密な地理選定と、軍容全体を適切に管理するそつのなさ。


 特にニアはフリーマギエンス所属とはいえ、兵術科ではなく製造科である。

 元政経科で実家が商業家系なのを差し引いても、彼女は得難い手腕を持っていた。


 それもこれも彼女なりの努力の結果であり、私も大いに見習わなくてはならない。



「いよぅ、それは何を考えている顔かな? ジェーン姉さん(・・・)

「ん……ベイリル? お姉ちゃん呼びなんて珍しい」


 一陣の柔らかな風と共に現れた"弟"は、いつの間にか隣へとついて歩いていた。

 私は軍馬に乗って一段高いところから、ベイリルへ問い掛ける。


「ごめんね、上からで……後ろ乗る?」

「いやこのままでいいよ、指揮官たるもの偉そうにしてなきゃな」


「よっす、ベイリル」 


 少し前方にいたリンが、私達に気付いて馬の速度を落としてこちらへと並ぶ。



「おーリン。ジェーンと違ってお前は調子(ペース)崩れんな」


「そう見せるのが一流ってもんでしょう」

「なるほどなー、公爵家の放蕩(ほうとう)三女は肝が据わってて結構」


「演技だってんだろー、わたしだって乙女だよ? 人並に緊張してるんだなこれが」

「そういうお前の(とく)な性格は本気で凄いと思ってるよ。いずれ個人的に頼みたいこともある」


「えっそう? なになに?」

「ひみつ、まぁ多分向いてると思うから楽しみにしといてくれ」


 馬の上から身を乗り出して来るリンを、ベイリルは意味ありげに一笑だけして流す。



「ところでベイリルは、お姉ちゃんに顔を見せに来てくれただけ?」

「それもあるが、まぁ陣中見舞いってやつかな」


 そう言うとベイリルは、小さな木の実のようなものを私に投げてよこす。


「なにこれ?」

「リーティアが作ったお守り(・・・)らしい、なんかあったら割ってくれだと」


「これを割るの……?」


 手の中のそれをよくよく見ると、小さく綺麗な模様が散りばめられていた。

 装飾品としても使えそうなそれは、部屋で丁寧に保管しておきたいくらいだった。

 


「地味に()ってるから壊しにくいよな、カラクリも教えてくれなかったし」

「リーティアは顔見せにきてくれないの? ヘリオはしょうがないにしても」


「ヘリオはお年頃だからな。リーティアは色々調整中らしくて、集中してるから無理っぽいわ。落ち着いたら顔出すよう言っとくが、どうだろうな……まっその分戦場では活躍してくれると思うぞ」

「そんなことより、ベイリルみたいに会いに来てくれればいいのに……もう」


「仮にも指揮官が戦働きを、"そんなこと"とは……言う姉だこと」

「寂しがりやなジェーンは()いのう」


「まったく二人とも──」


 からかってくるベイリルとリンを(たしな)めようとしたその瞬間であった。



「お話し中、失礼するでござる」


「わっ!? もう……」

「──お前な」

「ひぇっ心臓に()っる!」


 音もなく3人の輪の中に入ってきたニンジャに、私は思わず()の抜けた声を上げる。 


「スズちゃん」

「はいスズちゃんでござい。火急(かきゅう)(しら)せなれば手短に──接敵(・・)でござる」



 スズは冒険科の所属だが、その身軽さと俊足を活かし連絡員をやってもらっていた。


 手紙を足に括り付けて飛ばす"使いツバメ"は、基本的に拠点間で訓練を施さないと使えない。

 通信魔術の使い手などは稀有であり、正確な位置情報が必要で距離も短いものである。


 鳥人族ならば素早い連絡を可能とするものの、彼らは上空からの索敵の(かなめ)

 そも空を飛べると言っても、無制限にできるわけではなく消耗は少なくない。

 さらに自由に飛行するには熟練がいるし、基本的には地上連絡──足・音・狼煙・光など──を主軸としている。


 ドラゴンやグリフォン級であれば多少の積載は見込めるものの、やはり航続距離には難があり、手懐けることがそもそも難しい。



「遭遇戦ってこと? 予定より大分(だいぶ)はやいね。ジェーン軍団長、どうする?」


 改まって役職名を付けて呼ぶリンに、私は頭の中で戦略図を浮かべた。 


 順当にいくのであれば通常まだ野戦などにはならない予定である。

 集まっている正確な場所を特定し、奇襲を掛けて痛撃を与えるのが本来の戦略構想。


 前回の遠征戦では危うげな場面というのもあったらしいが、圧倒的優位から戦闘を展開するのが常である。


「うん……不測があっても先陣隊のキャシーたちが対応するはずだけど──」


 ベイリルは口をつぐんだまま、助言などは差し挟んでこない。

 今の会話は軍議のそれと同質であり、何の権限もないベイリルは立場をしっかり(わきま)えているようだった。


 本音を言えば考えを仰ぎたいところだったが、そこをなあなあにはできない。



「しかしそれがどうも様子がおかしくて、統一性がないそうでござる」

「スズちゃん、数は?」

「確認できただけで三十匹ほど」

「斥候にしては多すぎるし、想定されていた総数と行動規模からすると少なすぎる……」


「倒すには散逸的なほうが楽だけど、なーんか()に落ちないねえ」


 事前情報との食い違いが、鎌首をもたげるように影を落としていく。


「その中にオークが数匹混じっているというのがまた妙な話で──」

「オークが混じる……?」


 互いに半協力体制を敷くことはあっても、ゴブリンはゴブリンで、オークはオークで集団を作るのが常識である。

 あくまで方向性が同じというだけで、ゴブリンとオークの混成集団というのは習性からしてもありえない。



左様(さよう)。あまりに()なことゆえ、報告した次第でござる」

「仔細把握しました。リン副長、キャシー前衛長に伝え、共に迎撃にあたってください」


「了解。キャシー前衛長に情報を伝え、共に迎撃にあたります」


 私が真面目な表情でそう伝えると、先程までと打って変わってリンも真剣味を帯びてる。

 命令を復唱したリンは馬を走らせて、すぐに前線の(ほう)へと向かった。



「他に情報はありますか?」

「私見で言わせてもらえば、どこかへ向かっているというよりは……まるで何かから逃げている(・・・・・・・・・)ような感じでござった」


「なるほど、ありがとうございます。スズさんは引き続き、連絡役をお願いします」

「ういうい承知したでござる、ではまた」


 スズはそう言うと、行軍の隙間を()うようにあっという間に姿を消してしまった。


「俺も持ち場に戻るよジェーン、何かあったらいつでも言ってくれ」

「ありがとう、ベイリルも気をつけてね」


 ベイリルはフッと笑って手を上げると、スズ同様するする抜けて見えなくなってしまう。



(心配性って笑われるかな……)


 胸騒ぎというほどでもないが、一つ一つの噛み合わせが気持ち悪い。

 軍を預かっている重圧(プレッシャー)だけでなく、茫漠(ぼうばく)とした不安がつっかえるようであった。


 当て推量は危険なれど、それ以上に危険なのは深刻さを見誤ることである。

 

 それでも揺らぐわけにはいかない、私はみんなの命を預かる立場にあるのだから──




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ