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異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~  作者: さきばめ
第二部 人脈つなぎし箱庭実験 1章「青春コネクション」
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#53 銀の新世界


 そこそこの名家に生まれ、それ以上に才能に恵まれたシールフ(わたし)は──王立魔法学院にて──普通の人とは違う学生時代を過ごした。

 夢見る少女だった、恋に恋する乙女だった。そして人並以上に傷付いて……卒業をしないまま学院を去った。


 家名──アルグロス姓は捨てないまま、時にその権勢を利用しつつ王国領内で多種多様なことに励んだ。

 そうしてある日、神族の遺伝子とやらが発現した結果、非常に老いにくい体となった。


 神族大覚醒を経てから世界を放浪し始め、魔力と魔導は研ぎ澄まされていく。

 疲れ果てた先で、"あの人"から話を持ち掛けられた。

 後の"学苑長"となる彼女(・・)は知己を寄り合って学苑を創設し、そこに学苑長代理としての居場所をくれた。

 

 気付けば100年以上が過ぎ去っていた。暇潰しに講師として魔導講義の教鞭までとった。

 学苑七不思議の内、2つほど数えられてしまうまでに居座ってしまった。


 しかしそれもようやく終える時がきた──ようやくやりたいことを見つけられた。

 それは寿命不明な一生を懸けても……終わるかもわからないほどの目的。


 ベイリルと出会い、フリーマギエンスと関わってあっという間に季節が過ぎ去っていく。

 卒業は今少し先となるが、既に学苑と組織とを行き来することにも慣れてしまっていた。


 

「シールフくん、キミぃほんとはいくつなんだい?」

「その質問、ベイリルにもしたでしょ」


 私は同室にいるゲイル・オーラムの質問にそう返す。


「ほォ~ワタシも忘れてるような記憶を読んだのかな?」

「かもね、別のことに集中している時は、意図せずとも流れ込んできちゃうって言ったはずだけど」


 ベイリルの脳内から得た地球の知識を、ひたすらに書き出していく作業。

 それは途方もなく未だ終わりが見えないものの、それでも飽きることはなかった。


「そうだったっけェ? どうでもいいことは忘れる性質(タチ)なんでねェ」

「意識的に記憶の取捨選択を完璧にこなせる頭脳、実に(うらや)ましいこと」



 全く未知の文明、知識、体験、それらを整理し体系化する。

 それがまず私のやるべき仕事、為すべき重要な事柄。 

 

(ベイリルの知識と比較してわかったことは……こっちの世界には積算がない──)


 厳密にはいくつもあるのだが、ただそれが広がっていきにくいのだ。

 魔術があるからそっちに流れてしまう。既得権益にしがみつき抑え込んでしまう。


 探求好きの魔導師とて門外不出が常であり、他人に享受させるなどもっての他。

 お互い合意の上で契約魔術を使えば、無闇矢鱈に情報が漏洩することもなくなる。


 そうして連綿と継承されるモノの裏で、時に失伝することも往々にして存在する。


("大魔技師"がいかに特異な存在だったか……)


 かつて7人の高弟をとり、自身の知識と技術を教え込んだ男がいた。

 世界各国にそれまでに類を見ない魔術具の用途と製法を広め、統一単位を浸透させた。


 人々は溢れ始めていた魔物へ対抗し、生存圏を大きく拡げていった。

 結局は彼らの死後、戦乱の中で多くの魔術具は(いびつ)な発展と衰退を遂げていく──

 


「ねぇオーラム、あなたはこれら(・・・)には興味がないの?」


 私は紙の束を掴んで(はし)に寄せながら、ベイリルの最初の同志ゲイル・オーラムに何の気なしに聞いてみる。


 既に書き連ねた別世界の知識の源泉。まだ断片とはいえそれは宝の山。

 しかしゲイルは手を出すことはない、ただただ己の領分をはみ出ることがない。


「折角の楽しみが、台無しになっちゃあもったいないじゃあないか」


 そう言ってゲイルは自分の範囲内での仕事と、取りまとめを(おこな)う。

 ベイリルの考えた手順に従って、表裏問わず人脈を使い、各所の成果を積み上げていく。



 "使いツバメ"によって各地に作った機関とやり取りをして、少なくなく自ら出向いていく。

 ひとたび荒事が発生しようものなら、たった一人で鎮圧し屈服させてしまう。


 対外的な交渉と資金繰りに関して、もはやシップスクラーク商会には必要不可欠と言える。

 彼の経験とセンスと能力は、読心をもってしても真似できるものではなかった。


「台無し、それはたしかにそうかもね」


 不思議な男である。彼には隠すべきことが何もないというほど。

 表層部分とはいえ、記憶を読まれても全く気にした様子がない。

 私がわざわざ他者を巻き込まぬよう、一人で魔導に集中していようと……仕事のすり合わせの為に、こうして平然とやって来るのだ。


 だからこそ私も、ベイリルの頼みもあって数えるほどしか知られていない"読心の魔導"の秘密を明かした。

 否、知ったところでこの男は態度が変わることがないと、理解していたからこそ話せたのだった。



「さってっと、ボクぁそろそろ会う約束があるからごきげんよう」

「はいさようなら、またいずれ──」


 ゲイルは何一つ変わらぬ調子のまま、やることはキッチリ終わらせて部屋から出て行った。

 

 私は今しばらく作業を続けてから、魔導を解いて休憩へと入る。

 すると予定した時間通りに、小さき訪問者が現れた。

 

「シールフさん、こんにちは」


 まだ10歳にも満たないメイド服の少女が、2人分の食事を載せたワゴンを押してくる。


「ありがとう"プラタ"」

「はい、一緒に食べていいですか?」

「もちろん」


 既に2人分持ってきているし、恒例のことであっても律儀に確認する。

 それは幼いながらも生来の気質なのか、人に寄り添えることを知る聡い子だった。


 プラタはまだ(つたな)さが大いに残るものの、しっかりとした作法で食事をしていく。


 読心の魔導を利用した精神療法(メンタルケア)をしてより、やけに懐かれるようになった。

 とはいえ悪い気がするはずもなく、孫娘を相手にするような心地。


 色々なことに興味を持つ少女を相手にするのは、丁度良い気分転換にもなる。



「あのシールフさん」

「なーに? プラタ」

「この後にカプランさんが会いたいって……」

「カプランが? なんの用だろ」


 直接実務を担当するカプランとは、特に予定はなかったはずだった。

 プラタは少しだけ言いにくそうにした後に口を開く。 


「個人的にシールフさんの(ちから)を借りたいって──」

「ふーん、まぁ構わないけど。私はまだやることが山積みだから、ごちそうさまをしたらプラタが伝えてきてくれる?」


「うん!」



 食事を終えてプラタは空いた食器をワゴンに戻し、押して部屋を出て行った。

 少しだけ待った後に、(くだん)の男を連れてやってくる。


「失礼します、シールフさん。少しだけよろしいでしょうか」

「えぇどうぞ」


 うながすようにカプランをソファーへ座らせ、その向かいに私も座る。

 プラタは誰に言われることもなく、少し離れた椅子へ座った。


「プラタさんを癒したとお聞きしたもので──」

「私はカプラン(あなた)のようなやり方とはかなり違う特殊なもの……魔導だけどいい?」

「魔導……なるほど、それは僕にはマネできない方法ですね。ぜひともよろしくお願いします」

「思い出を土足で踏み荒らすようなことになっても?」


「覚悟の上です」

「そっ。じゃあいくよ」


 その意思が強固なのを感じた私は、魔導を発動させてゆっくりと同調させていった。



(おっおぉ、すっごい……)


 私は思わず心象風景の中で、言葉に出してしまっていた。そこはまるで、記憶の宮殿だった。

 普通の人は住み慣れた我が家であったり、粗雑な倉庫だったりする。

 変わった人の中には、荒野や深海のような人間もいたものだが……。


 読心とはそういった場所に漠然と浮かんだ、残滓(ざんし)のようなものを探していく作業。


 しかしここまで整然なものは──未だかつて見たことがない。

 記憶を手間暇かけて探す必要がないほど、スムーズに選別ができる。

 どういう生き方をしたら、こんなにも美しく記憶を詰められるのか興味が湧いてくる。


 宮殿内を歩きながら、私はカプランの記憶と目的を読んでいく。

 彼は亡き妻と娘に対し、未だに空虚の中にあるということがわかった。

 本当に自分が記憶し、思い描いている姿が正しいのか……わかっていても不安になってくる、そんな気持ちの奔流。


 これほど精彩に記憶できている人間であっても、死別の悲哀は簡単に心を(もろ)くしてしまう。



(しょうがないなぁ……これは慈善(サービス)、これからもやっていく得難い同志(なかま)だもんね)


 私は手馴れたように、彼の心に投映させてやる。

 カプランにとって最も幸福だった頃の記憶を──


 ベイリルとゲイル・オーラムに続いて、自らの魔導を曝露するに足る人物であることが心底から理解できたからこそ。


 零れ落ちる涙と、ギュッと握り返される手と手。

 しばらくはそのまま(ひた)らせてやる、彼の気が済むまでずっと……。



「っあぁ……ありがとう、本当にありがとうございます。こんな素晴らしい魔導をお持ちとは──」


 しばらくしてから漏らした、感謝に満ち充ちた心と言葉。

 彼の半生と、支え続けた背骨(バックボーン)。同時に信頼に値する人物ということも。


「そういうのはいいから。言っておくけど……」





「はい何があっても、他の誰にも、あなたの秘密を漏らすことはないと誓います」


 嘘が通じないとわかった上で紡がれた真実の言葉に、私は静かに一度だけうなずいた。


 そしてゆっくりとカプランは私の手から離れ、彼は焼き付けた(まぶた)の裏を見つめ続ける。


「娘は妻の影響で花が大好きでした。二人の墓に……数え切れないほどの種を植えようと思います」

「とてもすてきね」



 私は微笑を浮かべながら、プラタを連れて出て行くカプランを見送った。


 彼は復讐を終えてから、ずっと逃避して生きてきた。

 精神の折り合いをつけられていないのに、そのままやってこれてしまった。

 自覚せぬままも過ごせていたのは、彼の才覚あってのゆえか。


 あとはプラタが娘のような立ち位置で、彼の支えにもなってもくれるだろう。

 今の仕事にも充実感を得ているようだったし──今はまだ伝える(・・・・・・・)べきではない(・・・・・・)


 "血溜まり"の中に、映り込んでしまった違和感。

 彼は"あの場"でずっと立ち尽くしていた、それだけ記憶の奥底に刻まれてしまっていた。


 だからこれ以上ないほど鮮明に、その残ってしまった映像記憶に間違いはないだろう。

 復讐すべき相手は──まだ"他に存在している"のかも知れない、ということを。



「っふぅ……」


 私は一息をついて気持ちを切り替える。

 この手のことも数百年の人生においては経験済みのことだ。

 あまりに多くの人間の記憶を読んできた、その数だけ"別の人生を送ってきた"ようなものだ。


 長く生きるコツは忘れること、それでも飽いてしまっていたが……。

 彼にもいずれ時機はやってくる。それまでは束の間の想い出を噛み締めていたほうがいい。

 今すぐに無粋にぶち壊す必要性はない。



(それにしても──)


 カプランの優秀さには図らずも驚かされた。

 "素入りの銅貨"──いつでも、どこでも、知らぬ間に、懐に入り込んでいる手腕。

 

 生来の吸収力と、色々なところに潜り込んでいた経験から、事務・実務を完璧なほどにこなしてしまう。

 読心できる私よりも人心掌握に長け、距離感や機微を掴むのが凄まじい。

 按配が絶妙なのだ。人を見て何が適し、どの場所に、どの程度の差配をすれば良いのか。


 それら全てを計算した上で、相手を操るように、自覚させず、満たし、遂行してできてしまう逸材。

 

 ベイリルの夢想にして野望──はっきり言って相当無茶なものだと思っていた。

 魔術と異世界の科学テクノロジーを使って、世界に変革を興すなど障害が多すぎる。

 彼にとってはあくまで超長期目標であり、その間の暇を潰せれば良いというだけなのだろうが……。


 しかしゲイル・オーラムとカプラン、そして他ならぬ私が揃うのならば現実味を帯びてくる。

 他にも優秀な人材も少しずつ集まりつつある。それらが(ちから)を合わせ、さらなる化学反応を呼ぶのなら──



「くっふふふ──」


 込み上げる笑いが抑え切れなくなっていく。

 未知なる未来をこの目で見ることへの、大いなる文化への期待。


 神族返りのこの不詳な寿命に、はじめて心からの感謝ができるというものだった。


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