#50 製造科 II
某氏曰く──"科学における全ての偉大な進歩は、新しく勇敢な想像力によってもたらされてきた"、と。
それは科学に限った話ではなく、万物普遍に言えることなのかも知れない。
停滞や安定のみならず、リスクを顧みず進んできた者達がいたから進化し得た。
現代の起業一つとっても散っていった者達は、その何倍・何十倍といたに違いないのだが……。
ここには失敗を恐れず、未来に変革をもたらすだろう3人が揃っている。
そんな彼女らの為にできることは、どんな失敗もこちらでリカバリーすること。
萎縮させることなく、のびのびと、自由に、思うサマやれる環境を作ってやることである。
「おい待て、コレおれの引いた図面と微妙に違ってないか?」
帝国人である彼──"ゼノ"は何故か停止してしまい、なんとか引き上げた"装置"を見て製作者へ問う。
淡い水色の短めの髪に、暗い青の瞳。男にしては華奢で筋肉もないだろう。
顔はわずかに吊り上がった目元くらいで、特徴がないと言えばない。
凡夫のような男は、しかして常人には理解できない頭脳を持っていた。
「──……良かれと思った」
亜人種の"ドワーフ"族である彼女──"ティータ"は、装置と男を交互に他人事のようなトーンでそう言った。
狐耳の少女よりも、さらに一回り小柄な体躯。色素の薄い桃色のツインテール。
なんだか眠たそうな半眼のまま、微動する程度の表情を貼り付けている。
ドワーフ族とは魔力枯渇から派生した、数ある種族の一形態である。
角のない小柄の鬼人族のようなもので、外見にはわからない膂力を備える。
さらにその少女は、繊細で器用な指先も持ち得ていた。
「ッオイ!」
「まーまー、ゼノもそうカッカしないでさぁ。やっちゃったもんはしょうがないじゃん? 実はウチもこっちのがいいかなって、ティータの無断改造に乗って調整しちゃいました!」
リーティアが悪びれた様子もなく、ビシッと手を挙げる。
「じゃあ二対一でゼノの負けっすねー」
「──ッッ」
年長者としての意地で、ゼノは声にならない声を抑え込む。
ティータもリーティアも、終始この調子だから慣れたもの──と、割り切るまでには大人になれない。
しかし意地をぶつけ合ってこそ、"化学反応"が起こるのも理解しているのが悩ましい。
「それに"失敗は成功の母"ってベイリル兄ぃも言ってるし!」
唐突に話を振られて、俺は三人の世界へと入る。
「ん? あぁ、まぁ……それは別に俺が言ったわけじゃなくて、いつかどこかのだれかの言葉だけどな。実際のとこは、失敗だけじゃなく成功も含めた膨大なデータの積算・比較・検証あってこそだとは個人的に思う」
俺は「素人意見ですまんが」と付け加え、ゼノの溜飲を少しでも下げようとする。
「ほらぁ~」
「ほらぁじゃねえ、んなこたぁおれだって重々十二分相応ぉ~~~に承知してんだっての。ただおれらは……命短し生き急いで、少しでも差を埋めてかなくちゃいけない──だろ?」
失敗から学ぶことあれど、その時間すら惜しい。それほど道は果てしない。
場を少し沈黙が支配してから、ティータが率直な感想を漏らす。
「ゼノ、言うことが重いっす」
「たまの恥ずかしいセリフ解禁だぁ~」
リーティアはまた始まったと言った風に、そして俺は肩をすくめた。
半長命種である俺自身は、今この場で言えることは何もないと。
「はんっ! いちいち照れ臭がっていて、名言・格言・金言が残せるかってなもんだろ。おれはおれの生き方に対して、全く微塵にも恥ずべきところはない」
「じゃあ自分は、いずれゼノの"絶対恥ずかしくない語録"を作って一発儲けるっす」
「ウチは百部くらい買ってみんなに配ろ~っと」
「それはやめろ」
(詩集頒布……安価な紙の大量生産と"活版印刷"──)
俺は話の流れからテクノロジーの一つに思いを致す。
"情報の伝達速度"というものは、文化・国家に多大な影響を与える。それゆえにコントロールが必要である。
大量印刷それ自体はまだまだ先の構想ではあるのだが──リーティア、ゼノ、ティータの三人の才能が本気を出せば、製作するのは案外遠い未来ではないように思える。
いくつもの数式を用いて設計をこなし、科学に対する愛すら垣間見えるゼノ。
理論を土台にした感覚派で、繊細かつ挑戦的な創意工夫で貪欲に造り上げるティータ。
魔術と科学・知識と技術の両輪と両輪で、単独のみでなく、二人の仕事をさらに引き上げるリーティア。
いるところにはいるものなのだ、こういう手合というものは。
埋もれていた人材。雑多十色なこの学苑でこそ出会えた逸材。
(とはいえ疑問も残る……)
リーティアは幼少期から、この俺が自ら現代知識教育をしてきたからに他ならない。
しかしゼノとティータは、知識を得てまださほど経っていない。
若いことを差し引いても、こうも早くに知識を受け入れられる下地を持ち得たのか……甚だ疑問であった。
ただ単にそういう気質だった、と言われればそれまでだが──
(直感的に腑に落ちないんだよな、新しきを受け入れるというのは実のところ障害は高いものだし──)
往々にして誰しも育ってきた環境や習俗・常識というものは強固であり、そう簡単に馴染むということはない。
旧きに固執し、新しきを拒む──地球史上においても、文明の発展や思想の飛躍やテクノロジーの進歩を阻害してきた要因の一つである。
(だからこそ若い人間が集まる学苑を箱庭とし、実験的な場所に選んだとはいえ──)
フリーマギエンスもまだまだ人を選ぶ側面は否めない。。
ハルミアやナイアブも大概優秀ではあるのだが、ゼノとティータの図抜けた吸収力の前では霞んで見えてしまうのだ。
「なぁゼノ、ティータ……ちょっといいか?」
賑やかな三人の輪に、改めて割り込む形で俺は呼び掛ける。
『なんだ? ベイリル』
「率直に聞きたいんだが、二人はどうして学苑に来たんだ?」
若年ながらもこれほどの知識と技術があれば、どこででも働いてるおかしくはない時勢であり世界である。
「どうしてもなにも、そりゃ学ぶ為なわけだが──ただ、そうだな……"使いツバメ"でここの推薦状が届いたからってのが決め手だ」
「あ、それ自分もっすー」
(推薦状……? そういえばハルミアさんやナイアブ先輩も確か──)
どこからともなく手紙が届いて、学苑の存在を知って入学したのだと聞いたことがある。
「まっ色々と悩んでたこともあって、キッカケとしては丁度よかった」
「自分は単純に楽しそうだな~って」
(フラウも路銀と一緒に、推薦文だかを直接渡されたと言っていたし。他にも突然送りつけて入学を促すとは……随分と前のめりなことだ)
手当たり次第に若い芽を収集しているのか、あるいは才能を見抜く眼があって人材を狙い撃ちしているのだろうか。
卒業生が自主的におこなっているのか、専門の勧誘部門でもあるのか……答えてくれるかはわからないが、シールフにでも聞いてみようか。
「なるほどな、それともう一つだけいいか。どうしてこうも新しい知識をあっさり受け入れられたんだ?」
少し言葉足らずであったが、何を言いたいのかはゼノもティータもすぐに察する。
「……べつに。良いものが良いってのは、誰でもとまでは言わんが……まあわかるだろ」
「自分はあれっすねー、同年代の仲良かった子がいたんすよ」
「仲良かった子?」
「この二つ結びもその子の影響なんすよ」
くりくりと人差し指で毛先を回しながら、ティータは話を続ける。
「当時の記憶はそんな覚えてないんすけどねー、ただすっごい行動力で色々連れ回されたっす。そんで何か見つけるたびに色々作らされて。新しい何かを見つける為に作らされて。
もうそこら中を駆けずり回っては、親に叱られて──柔軟な考えはその頃に育まれたみたいな? まっおかげで他の子とはなかなか馴染みにくくなっちゃったっすけど」
少しどこかで聞いたような話であった……俺もフラウを連れ回したし、ラディーアも少なからず影響を受けていた。
実際にフラウは魔力・魔術面において、俺の想像を超越した実力を備えている。
「その子は今どうしてるんだ?」
「途中で引っ越しちゃってわからないっす」
いまいち判然としない、ふわふわとした話であった。
ただ何がしかの影響を与える人物がいた、ということは一考の余地が見える。
そうした好奇心・発想・行動力があるなら、いずれ迎え入れたい人材かも知れないと。
「そっか、ありがとう」
「なんのなんの、ベイリっさん」
「素朴な疑問なんだが、ティータはなんで俺を"さん付け"なんだ? 入学季は俺たちのほうが後だし、同学年で同じ年だろ、リーティアのように呼び捨てでも──」
「えっ、だってベイリっさんって先輩っぽくないっすか? なんていうか……立ち振る舞いが。武具とか工具とか色々なこと教えてくれるし。すっごい物知りで、心の広いおじさんみたいな感じ?」
「……俺の知識は、魔導師の受け売りだけどな」
俺は核心についたことを言われて、やんわりと否定する。
精神面で言えば転生しているので、実際のトコその通りでギクリとしてしまった。
「ああそういう体っしたね、リーティアから聞いてるんで大丈夫っす」
「すまんなベイリル、おれたちはもう知っているんだ。存在しない魔導師を変わり身に立ててるって」
俺は糾弾するつもりもなかったが、反射的にリーティアをぐっと見つめた。
一般には架空の魔導師の弟子として、代弁者として活動をしていることを建前としている。
魔導師が本当はいないと知っているのは──フリーマギエンス設立当初の面子くらいであった。
「だってぇ、ベイリル兄ぃ。二人が結託して身辺洗って、魔導師を探そうとしたからさぁ」
「いや……いいよ、リーティア。ゼノとティータの才覚ならいずれ開示することだし」
「ごめんなさい」
聞こえるか聞こえないかほどの息を吐いて、俺はリーティアの頭を撫でる。
「ただ二人とも内密で頼むよ」
「黙っているのは別に構わんが……ベイリル、おまえ自身が上に立とうとは思わないのか?」
ゼノの言葉に、俺は一片の曇りもなくはっきりと強い声音で答える。
「思わない。俺が見たいのは"未知"であって、その妨げになりそうな要素は極力排除する方針だからな。矢面に立っていてはどうしたって危うくなる。まぁ処世術みたいなもんだと思っていてくれ」
それは紛うことなき心底からの言葉。その手の支配欲求のようなものは、さして魅力を感じない。
そりゃある程度の中間管理職みたいな仕事はせねばなるまいが……。
頂点に立っての義務と責任を負うのは、正直なところ面倒という印象しかない。
「"未来視の魔導"、なんだってな? 遠い将来のオトギ噺なんだとか……にわかには信じにくい話だが」
「──無意識の夢のような形で見ているから、魔導なのかも甚だ疑問だけどな」
「まあ既にいくつも実証されてるから、自分はそこらへん疑いはないっすね~」
ゼノとティータは、リーティアが認知している話までしか知らず──"真実"は知りようがない。
実際のところ俺が"地球"という別世界の話をしたのは唯一、幼少期のフラウくらいのものだった。
さらに言えば既にそのことは忘れているっぽく、今は混乱させぬよう転生という事実は伏せてある。
俺が転生者であるということを知り、また理解できるのは唯一俺の記憶を共有する"読心の魔導師"シールフ・アルグロスだけだ。
リーティア、ジェーン、ヘリオには、あくまで俺が別世界のことを夢で見たオトギ噺──
遥か未来を視た夢のお話として、断片的に教えるという形でしか伝えていない。
(つっても異世界でこうも生きていると、本当に地球に住んでいたのかすら曖昧な心地にもなるが……)
シールフの記憶遡行を含めて、夢のような形というのは……あながち感覚としては間違っているものではなかった。
「他に聞きたいことはあるか?」
「……いや、本人の口から改めて聞きたかっただけだ。おまえは他とは違うってな。帝国からわざわざ、連邦くんだりまで来た甲斐があったよ。これは素直で偽りのない本心だ」
「またクサいっすね」
「はい短時間で二回目~」
「おまえらなあ!」
賑やかな輪がまた形成される。長い時を生きていけば──その過程でいずれは別れが来る。
それでもこういう暖かな瞬間。その切り取られた時間の一つ一つが……。
かけがえのないものなのだと、俺は今この刹那を全力で楽しむのだった。




