#49 幼馴染 II
見開いて瞳を交わし、お互いの息遣いを耳に残し、湧き立つ匂いをお互いに染み込ませる。
口唇だけでなく舌を相手へ届かせ、質感と温度とを確かめつつ、心覚でも語り合うかのように。
(やばい……)
語彙が正直それしか浮かばなかった。
俺はフラウの為に生まれて、フラウは俺の為に生まれたような──
心の底から体と共に繋がることが、これほどの多幸感を生み出すものだったのかと。
動かなくても満たされ、充たされる。ポリネシアンよろしくスロー的なあれ。
「んっねぇ、わかる?」
「っふぅ……もしかして──魔力の流れか、コレ」
「うん、多分そうだと思う」
魔力の循環作用──血液のように、魔力を全身に巡らせる魔術の発動および肉体の強化における技術。
自分の中に貯留する魔力というエネルギー源を、意識し知覚する基本である。
魔力を明確に認識することで、イメージした魔術の放出へと導く。
また魔力を強く意識化することで、身体強化の振り幅も変化する。
通常であれば漏出していない他人の内部魔力を、知覚することは不可能である。
しかし俺はフラウの魔力流動の方向や速度を、肌を通して直に感じていた。
そしてフラウもまた俺の魔力の流動を、触れるように感じているのだった。
「これはあれか、種族的な……」
「かもねぇ~」
──エルフ種とヴァンパイア種。
それぞれ魔力の枯渇ないし暴走する魔力を肉体に多く留め、巡らせることに成功した種族。
"魔力抱擁"とも呼ばれる技法は、魔力の知覚・循環・操作に関して一日の長を与えた。
純血種には劣るものの、ハーフであってもその恩恵の一部を授かっている。
魔力による繋がりは肉体のみならず、精神的な繋がりもより強固にしてくれるような気がした。
「フラウ、お前の流れが速くなってる……?」
「へぇ~これもわかるんだ」
それはフラウ曰く、独自に発展修得したという魔力操法。
自身の肉体を魔力の加速器として循環させ、魔術や身体強化がより強力なものになると言う。
幼少期に俺が語った元世界知識の一つ、"粒子加速器"を基にして着想を得たらしかった。
「話半分程度に聞いてたがなるほど、こんな感覚なのか」
「信じてなかったんかい、まったくもぅひどいな~。でもこれでコツ掴めるんじゃない?」
俺も"魔力加速器操法"の話を初めて聞いた時に試してみたことがある。
というか暇があればトライしたものの、やれそうな手応えは全く得られなかった。
エルフとヴァンパイアで特性も微妙に違うし、あくまでフラウが死線の中に在って得たもの。
「確かに、これは、なるほど、んむ……あまり頭がまとまらんが──いけるかもわからん」
「それじゃこれから毎晩練習しなきゃ、だねぇ」
八重歯のような片犬歯を見せて「にしし」っと笑うフラウ。俺は愛おしくその唇を自分のそれで塞ぐ。
脳髄の細胞奥深くまで、魔力が加速し充填されるようで……。
修得以前に──ただ単純に、俺はフラウに溺れると、確信に近い何かを感じさせるほどだった。
名残り惜しそうに離れ、引き切れる糸を横目に、フラウは新たに瞳を投げかける。
「あとさ……知ってる?」
「なにをだ?」
「エルフとヴァンパイアって、できないらしいよ」
「あー……聞いたことあるな」
類似と対極が混在する二つの種族は、何故だか子を成すことができないのだとか。
そう噂されるものの、そもそもエルフ種とヴァンパイア種の数は少ない上に基本的には生活圏が違う。
二種族間で恋仲に発展するに至るなど、実例に乏し過ぎて真偽は定かではない。
「ハーフ同士ならどうなると思う?」
「それって……」
「だ~からぁー、気にしなくていいってことじゃん?」
「確かに可能性は極端に低いかも知れないが……」
「それにもしできちゃっても、わたしは別にいいし」
その時、電流走る──ように背筋がゾクゾクと、俺は魂で身震いをした。
「そうだな、本音を言えば俺も同じ気持ちだ」
欲望のままに吐き出したい、後先のことなんて考えたくないほどの充実感。
幸いにも金銭面では困っていない。シップスクラーク商会は順調だし、"イアモン宗道団"の財貨にゲイル・オーラムの後ろ盾がある。
認知して養うことに危惧はない。精神年齢で語れば、孫がいることもありえるくらいだ。
学苑生活に支障は出るだろうが、留年制限もない単位制なのでどうとでもなるっちゃなる。
「そーそー、素直がいっちばん。そんじゃま……どーぞ」
フラウはそう口にすると……足を大きく絡めホールドしてくる。
俺たちは心と魔力を交わし合うように、ぎこちないながらも緩やかに続ける。
そうして同時に達してから一息をついた。
「あのさぁ~、ハルっちも混ざったらどうなっちゃうのかな?」
「──ッ!?」
俺の腕を枕にしつつ、フラウは突然何を言い出したのかと思った。
ハルミアさんが混ざる……つまり三人でということか。
確かにダークエルフの彼女であれば、相乗効果で倍率ドン! さらに倍!!
──とはさすがに都合よくもいかないだろうが、男からすればなんとも魅力的な欲望ではある。
「いや……流石にそれは──」
「でもさぁベイリル、そういうのを考えなかったなんてありえないっしょ?」
「それはまぁ、うん……」
すこぶる丁度良い距離感の相手であり、情欲の眼差しを向けていたのは紛うことなき事実であった。
フラウをそういう目で見ることはあっても、態度には出さなかった。
やはり家族のように育った一線のようなものが、心のどこかにあったのだ。
ハルミアにアプローチしてたのも、そういった心理的抑圧の裏返しがあったかも知れない。
「でもいいのか?」
「……? なにが?」
「俺はもう……フラウ──お前以外を考えるつもりはないんだが」
「えーでもこれから500年近い付き合いになるんだよ~? あーしもハルっちのことは好きだし、男の甲斐性見せなよー」
そこで俺は降って湧いたように思い出す。ああそういえば異世界の社会通念であると。
地球でだって時代や国によって異なっていたし、一夫多妻制というのは特段珍しいことではない。
現代日本出身の俺としては抵抗感は残る……が、そこは開き直ってもいいのかも知れない。
「今は亡きあーしのお母さんも、大昔の全盛期は100人くらい囲ってたって」
「そんな一面があったのか……てかまだ子供だったお前に、そんなことも話していたのか」
世話になっていた頃を思い出す。純粋なヴァンパイア種のフラウの母。
俺の母エルフが正統派な美貌であったのに対して、あの人は妖艶なそれであった。
性格は違うようでも二人はウマがあったようで、だからフラウとも家族ぐるみの付き合いだった。
純血のヴァンパイア種である以上、性欲はそこまでではなかったと思われるが……。
それ以上踏み込んで考えるのはやめておくことにする。
「ってか、実はお前も知らない兄弟姉妹いっぱいいるんじゃ──」
「産んだのは私一人って聞いてたけど……どうだろね~」
俺の母からはそういった話は聞いていないが、もしかしたら俺にだっていないとも限らない。
特にまったく話を聞けずじまいだった父親──異母兄弟なんかが……なんてなきにしもあらずな話。
「まーでもわたしはベイリル以外の男とこういうことする気はないんで」
「そうだな、お前は俺のものだし……俺もお前のものだ。まっ見限られんよう精進するよ」
「うむ、励むがよい」
冗談めかして交わされる、穏やかで心地の良いやり取りに二人で笑い合う。
何百年経とうとも──例えば遺伝子工学やナノマシン、サイバネティクス化など。
多様な手段でもって、限りなく不老不死にも近付いてたとしても。
俺とフラウのこの関係は決して色褪せることなく、変質することもない──そう確信させた。
「それにわたしだって、他の誰にも"一番"を譲る気はないから」
「あぁ……少し間はすっぽ抜けたが、物心ついてより最期を迎える時まで──俺の隣にいるのはお前だフラウ」
そう誓約を結び立てるように、力強い言葉にてフラウを見つめる。
「おっまだ元気だね」
「情緒に欠けてすまん」
お約束の後も夜は続いていき、いつしか日の光が室内を満たしているのに気付く。
青春謳歌の内の1つとなる達成感を得ながら、俺達は朝のまどろみの中で講義をサボって眠りについた。




