#46 製造科 I
学苑へと入学し、リーティアが最初に覚えたのは──疎外感であった。
知識と常識の乖離。埋めようのない溝、越えられない壁、どうしようもない隔たりがあった。
(ウチにイロイロ教えてくれたベイリル兄ぃですら、ちょいちょい話が食い違ったりしたもんねぇ……)
ジェーン姉ぇやヘリオは言うに及ばず。
決して驕っているわけではなく、純粋な事実として知識の分野が違いすぎていた。
とはいえ自分は何でも楽しめるから、そうした小難しいことは世界の外に追いやっても問題なかった。
専門的なことは自分の中で完結する別の知識として、あくまで己だけでやっていけばいい。
「おいおい、なにボーッとしてんだよリーティア」
「ん? あっははは、ごめーん"ゼノ"。ちっとだけ別のこと考えてた」
水色の髪を短くした人族の青年に対し、ウチは笑って答える。
製造科でも同じことで、知識を問わない友人は何人もできた。
ただしフリーマギエンスのこと、文明の発展をこそ思えば……あるいはベイリル兄ぃのいる魔術科のほうを受講するという道もあった。
自分の得意とすること、一番やりたいことは、イアモン宗道団と故・セイマール先生が遺した"魔術具"であったからだ。
しかしそんな選択肢は既に吹き飛んで、風化していた。
「別にリーティアは休んでてもらってもいいっすけどね。ゼノみたく作業をずっと監視するように見つめてくるほうが、なんかこう……気持ち悪いっす」
「いやいや、工程が台無しになったら困るからこっちは親切心でやってるってのに……」
「ウチや"ティータ"と違って、ゼノは心配性だからねぇ」
桃色の髪をツインテールにしたドワーフ族の女の子は、いつも眠たげにも見える半眼で──しかしてその指先は緻密に動いていた。
ゼノとティータ。
知識という山を1人登頂していたはずのウチに、並び立って歩いてくれる2人と出会えた。
自分と同じように常人とは違った価値観を持っていたがゆえに、その知識と技術を持て余していた。
必然とも言える出会い、からの意気投合。
フリーマギエンスの理想を体現するに足る最優の友。
(だから今はもう寂しくない、何も恐くない──)
たった3人、されど最高で最強の3人である。
「んっ、おーーー?」
ティータが作業している最中、ウチはなんとなく視線を感じたほうへ顔を向ける。
「ナイアブ兄姉ぇええええ!! それにニア姉もーーー!」
大きく手を振ると、ナイアブも薄い笑みを浮かべながら小さく手を振り返し、ニアは静かにコクリとうなずいた。
ウチは手近な獣皮脂に、黒筆でスラスラ~っと2種類の"図柄"を書き込んだのを持っていく。
「ちょっと頼みたいことがあったんだ~」
「あら、ワタシにできることかしら」
「芸術科の兄姉ぇのほうが最適だと思うよ、ちょっち見てもらえる?」
言いながらウチは、中央真円の中に五角星形、周囲に楕円が三つ、背景には二重螺旋の大樹が描かれた紙をナイアブへと見せた。
「コレとコッチがそれぞれ"フリーマギエンス"と"シップスクラーク商会"の象徴記号ってやつでさー、これを清書して欲しいんだぁ」
皮紙を受け取ったナイアブは、図柄を眺めながら少しずつ角度を変えたり回転させ始める。
「基本構図はそのまま独立しつつも、実は重ねるられるような感じで上手く描きおこしてもらえないかな?」
「それは構わないけど……何か一つ一つに意味があるってことかしら」
「もっちろん! 魔術と円環、電子の軌道。遺伝子と系統樹を表してるんだよ」
「ん、う~ん……よくわからないわね、理解したほうが落とし込みやすいんだけど──」
ナイアブは首をかしげて疑問符を浮かべていて、ウチはどう噛み砕いて説明すべきかを考える。
(ベイリル兄ぃが直接ウチに頼んできたのは、きっと理解できるって思ったからだろうしな~……)
真円は──回転と循環、連続性と安定性と永久性、そして"惑星"そのものを現す。
五芒星は──魔の術理と知識と煌めく"恒星"を象徴し、五本線がそれぞれ電磁力・重力・強い力・弱い力・魔力を意味する。
三つの楕円は──"電子の軌道"、転じて科学を象徴している。
別世界の知識と文化という形で寄り添う、オトギ噺の"地球"という名の星。
そして自分達の住むこの母星と、双子のような存在として公転する"片割星"とを合わせ、三つの動きを楕円軌道の線で表現している。
二重螺旋は──遺伝子と上昇する進化。一本が"魔導"で、一本が"科学"の意味も含んでいる。
根っこから続く2本の大いなる幹が頂点で収束・交差し、そこから枝が無数に分かれる。
そうしてテクノロジーの"系統樹"として、魔導科学を体現していた。
いくつもの意味を重ね合わせた、普通の人にはそのまま説明したところで……ほとんどわからないだろう事柄群。
ベイリル本人も多分に曖昧なトコあるし、リーティアとて全てが完全に理解してるわけじゃない。
(ウチもデザインは不得手なわけではないものの──)
それでも完成品は、本職の人に頼んだほうが良いモノができるハズだと個人的に思ったからこそのナイアブへの頼みだった。
「えっとねぇ要約するとー、"魔導と科学の融合による進化"。ココ一番大事!」
「いまいち判然としないわねぇ……」
「──いくつか描いて、指摘や修正をしながら煮詰めていけばいいだけでしょうに」
『それだ《そうね》、さすがニア姉ぇ』
ウチとナイアブ兄姉ぇの声が重なり、ニアはやれやれといった様子で嘆息を吐いた。
「でも兄姉ぇ、時間ある?」
「暇人よ、この人はね」
「反論したいところだけど、ニアちゃんの言う通りね。紋章はとても大事なことだし、いくらでも協力させてもらうわ」
「ありがとー! たすかる!!」
「リーティアちゃんは本当に活力があってイイわねぇ、これはワタシも頑張らないと」
(──ウチは褒められることが大好きだ)
褒められて育てられ、伸びてきた子であった。
ジェーン姉ぇは何しても優しく褒めてくれて、心地がすっごい良くなる。
ベイリル兄ぃの期待に応えると、驚きと一緒に褒めてくれて楽しくなる。
ヘリオがたま~に褒めてくれるのが、とっても新鮮で嬉しくなる。
"イアモン宗道団"に買われる前のことをウチは全然覚えない。
思い出せるのは三人と一緒に居た頃からだ。
みんなが褒めてくれたから今のリーティアがある。それ以外は全く想像できないほどに。
いつまでも四人みんなで一緒にいられれば、それでいいと思ってた。
しかし学苑に入学してもう心の許せる親友であり、仲間であり、同志とも言うべきゼノとティータ。
ナイアブやニア他、フリーマギエンスを通じて仲良くなったみんな。知識を共有することはできないけど、他にも沢山の友達がいる。
今までと違う生活も楽しく、まったく違った張り合いがある。
こうやって世界の拡がりを全身で感じながら──いつだってどこだって、ウチは精一杯を楽しんでいくのだった。




