#44-2 国家のお話 II
ファンランが用意したお茶と菓子で小休憩しつつ、俺達はテーブルを囲む。
「──さて、【ディーツァ帝国】の話もしますか? 貴方の出身だったと記憶していますが」
「俺が知ってるのは亜人特区だけだから、田舎者みたいなもんさ」
学苑卒業後には世界を、自らの足と眼で旅したいと思っている。
母を探すのであれば、帝国は優先的に立ち寄って回りたいところだった。
「では……大陸中央北で帝王とその一族を頂点とした、人領で最も広い領土を保有する国家です。西に皇国、東に王国、南東に共和国、南部に連邦と、囲まれながらも常時どこかと戦争をしているほどの──」
「実力主義の軍事国家」
「最大領土を維持し、さらに拡張していっているのは、魔術に限らない柔軟性と実力主義が大きいと言えるかと」
「亡命するなら帝国か連邦ってのは、俺もよく聞くところだな」
「帝国は種族色豊かだから、料理の幅もなかなか面白いんだよねえ」
実力主義というのは転じて、実力のなき者は排斥されるということでもある。
しかしわかりやすい立身出世を体現する国として、帝国以上の国家がないのも事実であった。
「玉座すらも実力で簒奪可能とされていますが、かの一族は実力によって未だそれを許していません。現在の嫡子たちの年齢を考えると、時期的に王位継承戦が水面下で起こっていてもおかしくありません」
(いつだったか、街中で見掛けたっけか……)
2人の近衛騎士連れていた以上は、ほぼ間違いない。年格好からしてもドンピシャだろう。
「有象無象の切磋琢磨の中で──その純度を磨き上げているわけか」
「一番魔領の気質に近いね、気に入った。ボクが世界征服する時には、最後に残しておいてやろう」
常に戦争を続けていられるだけの、物資や人材といった強力な基盤が整っているということである。
「帝国軍はその編成も独特です。種族が競合しないように振り分けられ、役割分担も確立されています。多少差別的な部分は否めませんが……それでも最大限、持ち味を活かせるようにされていて士気も維持されます」
適材適所を徹底している、合理主義なのも帝国の特徴である。
情報、間諜、政治、謀略、交渉、兵站、戦略・戦術・斥候・衛生・工作・攻城・騎乗・空戦・水兵・間接・白兵・魔術。
分野における専門家を揃え、配置されている。ゆえにこそ世界最強の軍事力を誇ると聞く。
「帝国貴族はあくまで、国家とそれを統べる一族の為として存在し、王国の爵位持ちほどの権力はありません」
「強力な中央集権体制ってことだな」
「唯一の例外が、五英傑が一人である"無二たる"です。帝国領内において単一個人で【特区】を持っています。他の五英傑と同様、彼は帝国の軍事力には直接数えられません。しかし彼の領域をひとたび侵犯すれば──」
「容赦のない逆撃を被りかねないってことか」
「でしょうね。実際に会ったオーラム様の話では、彼は滅多に【迷宮都市】から出てこないとのこと。彼自身が創りし完結された世界で、周辺の凶悪な魔物を誘引して糧にしている……という話でした」
「へえ、それが英傑に数えられた理由なのかい?」
「いえ……それも要因ではあるのでしょうが、彼が英傑となった直接の理由は魔獣の討伐にあります」
「魔獣料理か……ボクもいずれ到達したい領分だね」
魔獣──神族が魔力暴走を起こし、異形化が進み続けた成れの果ての怪物。
暴走が軽微であれば魔族。知能を失えば魔物。暴走が留まることなく、人智を超えた化物が魔獣とされる。
その強度によっては、討伐に際してそれこそ国家総軍を必要とし、あるいは一大国すら抗えないほどの個体もかつては存在したと聞く。
実際に極東との外界に棲まう海魔獣は、実際にあらゆる国家ですら手が出せないことからしても、そのヤバさというものがわかる。
「しかも討伐した魔獣の死体をそのまま迷宮に利用しているらしく……貴重な素材も豊富だとか──」
すっとクロアーネから流し目を受けて、俺は薄っすらと笑顔を浮かべた。
彼女はちゃんとこちらの知りたいことを教えてくれる。よく気を回し、気を遣う、人の良さが垣間見れた。
「迷宮都市……か、浪漫溢れるな」
いわゆるダンジョン、それも相当な規模のものなのだろう。
この世界には"浮遊石"も存在するらしいし、魔力をはじめ元世界に当てはまらない物質が散見される。
それこそ食材にしても、現実とはまた違った旨味があるものだ。
(いつかは攻略がてら、入手した物質を用いて文明を発展させたいもんだな)
しかし五英傑の家だとするなら、おいそれと荒らすわけにもいかない。
相応の実力をもってするか、あるいは交渉力が必要となってくるだろう。
(晩年の暇を解消する為に"文明回華"を進めてこそいるが、当分は世界探索だけでも最高の娯楽になるし楽しみだ)
せっかくの異世界転生なのだ。異世界探訪はじっくりと楽しみたいと思っている。
どうせ凡夫な自分にやれることは、元世界の既存テクノロジーのニワカ知識を示すこと。
全体に対する方針を決めることだけで、土台が作られるまでの時間はだだ余る。
(さしあたって帝国は有力候補だなぁ……)
現状聞く限りで、帝国は文明を発展させるには、かなり都合良いように見受けられる。
人口が多いから労働力も多い。差別も少ないから、諸々受け入れられやすい。
領土も広いから資源収集や食糧問題も、かなりの融通が効くことだろう。
仮に帝王の座に成り代われれば、そのまま引き継いで国家政策として打ち出すこともできる。
文化面でも宗教面でも障害となるものは少なく、魔導と科学の融合にはおあつらえ向き。
接している国家が多いことも……文明を伝播させるにおいてこの際は有利に働く。
(しかし裏を返せば──)
最初から強大過ぎることはメリットだけでなく、デメリットにも成り得る。
帝国内部で行動を起こしている内に、出る杭として早々に各国から打たれかねない危険も孕む。
またひとたび敵となれば柔軟に科学を吸収し、より版図を拡げつつ、さらなる強大な敵となってていくことだろう。
("制覇勝利"となれば、立ちはだかる巨人となるかも知れんな──)
◇
「──続いて【ファイレンド共和国】。"とある人物"が主導し興された国家で、大陸中央に位置し、一定年ごとに各地方領主と統領が選出され統治します」
「最も歴史が浅い国だったな」
「はい。帝国と王国、さらに連邦西部と東部を四方に構え、貿易産業が特に発達していて自由主義が強め。特色がないのが特色とも言え、魔術の色も薄く軍事力も比して低いので、外交でほどよく立ち回っています」
「共和制なら教育の平均水準は高いってことだよな?」
共和制や選挙が成立してるってことは、それが広く認知されているということである。
最低限の学や情報の共有がなければ、順当に成立し得ない政治形態だろう。
「実際的にはそれほどでもないですね。確かに他国の下層と比して多少は高い傾向にあるようですが」
「あまり期待しないほうがいいのか」
教育とその為の機関が充実しているのであれば、既に下地はできているということだ。
であればそれを利用しない手はなかったが、そう甘くもなさそうである。
「人族による人族の為の新興国ですから。露骨な差別や弾圧はないものの人族以外は肩身が狭いです。ひとたび戦争が起きれば他国から裏で援助されますので、軍事力は低いですが継戦力は高いと言えるでしょう」
「どの国も滅んでもらっちゃ困るということか」
「ですね。だから各国援助がなかったとしても、必要以上に攻め込むようなことはないと思われます」
「ボクは攻め込むよ?」
「つっても魔領から攻め込むにはちょっと遠いけどな」
(例えば世界征服とか宗教統一だとか、お題目でも掲げられない限りは……大国から攻め滅ぼされることはないと)
ただし例えば最大の軍事国である帝国が、本気で大陸を支配しようと考えたなら──暗黙の了解も崩れ去るだろう。
得てして人は、とかく現在の状況が永遠のものと錯覚してしまうものだ。
かつて栄華を極めた神族が衰退してしまったように、永久不変のものなど存在しない。
大仰に言えば、宇宙開闢以来から存在する法則ではなく、それが終焉まで続くはずもない。
あくまでそれは人間が定めたものに過ぎず、であるのなら破るのもまた人間である。
たとえ安定していても、いずれ"フリーマギエンス"が……武力か文化か宗教か科学か外交か。
何がしかの形で席巻し、世界そのものを巻き込んで変革していくつもりなのだから。
「それと国家の軍事力とは別に、共和国には金で雇うことができる"自由騎士団"が存在します。他国の退役軍人や、何らかの事情でいられなくなった者で構成された傭兵集団とでも言いますか」
「強力なのか?」
「他国の事情を知っている者で構成されていて、かつ歴戦の士が相当数在籍しているようですからね。統一性は劣るかも知れませんが、それだけに柔軟で容赦がなく、厄介極まりないと聞き及んでいます」
「汚い仕事もやるということか」
「金次第でしょうね。相当の武力集団ですから、共和国としても諸刃の剣なのは否めないでしょう」
他国の軍事情報を知っている人間。さらには保有しているであろう人脈。
毒を喰らわばなんとやら。もし接触し扱う機会があるとすれば、重々注意が必要であるし利用もできる。
「自由騎士団それ自体が、国家内で権力を持っているということは?」
「大いにありえます」
武力集団が権力を持てば、ロクなことにならないのは歴史の多くが証明している。
冒険者組合という広く安定した形もあるものの、それとて決して永劫続く保証などあるわけもなし。
かくいう己の野望とて例外ではなく……いずれ大きな力を手中に収めたと時、変質せずにいられるか。
そういった意味でも常に戒めておかねばならないし、コントロールは必要だ。
「地方領主はどの程度の権力を?」
「一定期間の選出制ですから、国があくまで主体です。ですが──」
少し考えるような仕草を見せてから、クロアーネは言葉を紡ぐ。
「現在の統領はかなり長期間……その地位についています」
「それは良い意味、ではなさそうか」
「汚職や腐敗は確実に進んでいるでしょうね」
「しかしそうした老獪さが、国を維持している側面もあるといった感じか」
クロアーネの表情から察した俺の言葉に、彼女は静かに頷いて返す。
「ん~む……それでも共和制自体は機能しているのか?」
「多少の自浄作用はあるかも知れませんが……正常とは言えないでしょう」
「とはいえ共和制の芽そのものは完全に潰されてはいない、といったところか」
政治形態や社会制度なども、ゆくゆくは考えていかねばならないことだった。
文明の発展と生活において具体的な方向性を示し、時に誘導し促進させる環境を作る。
国家運営──ひいては世界を回していくのに、決して切り離せない。
「まとめると共和国は各国家間における緩衝地帯のようなもので生かさず殺さず……各領地には隣接している強国の思惑が介入し、政治的に便利な道具として利用され──」
「内実は一層面倒で混沌としている、と。なるほどなー」
換言すれば、各国からの根が深いことを利用して、逆にこちらも影響を与えやすいということでもある。
交易によって帝国・連邦・王国の多様な文化が流入するので、文明発展の容量も大きいだろう。
宗教偏重の皇国と隣接していないゆえに、宗教的に染めていく障害も少ない。
軍事力も高くない為に、武力で制するのも他国に比べれば容易と言える。
文明回華の初期立地としては、かなりの有力候補となる。
ただし強国へとなっていく過程で、他国家への対応には繊細さを求められるだろう。
(共和国は"外交勝利"を活用していくのも大きな一手、ってなもんか──)




