#44-1 国家のお話 I
(魔導科学文明を促進させるには──)
どこから着手していくかというのは、ぼちぼち考えていかねばならないことだった。
だから資料のみならずクロアーネに直に聞く為に、昼食ついでにこうしてやって来た。
大陸には、半ば不可侵地帯となっている大陸西側の最北端にある【神領】。
そしてレドの出身領で、大陸南部において群雄割拠が極まっている【魔領】があるが、それらは立地的な意味でもひとまず捨て置く。
人口も圧倒的で支配領域も遥かに広い【人領】。
異世界文明に革命を広げ、人類を大きく進歩させるにあたっては、人領より始めるのは最前提の条件であった。
「──ではまず私の出身国である、【エフランサ王国】からいきましょうか」
「ご教授ありがたく、拝聴します」
俺の態度にクロアーネは半ば溜息のように一息だけついてから語り始める。
「王国は大陸東端に位置し、国王を最上に置いて各地の貴族が統治する、魔術至上主義の色が強い国です。一般市民の中も魔術士が数多く、魔術具も独自に開発しています」
「王立魔術学院、宮廷魔導師、円卓の魔術士、他にも魔導師の互助会みたいなのもあったっけ?」
「通称"降魔の塔"ですね。私が確認した時の在籍者は十名にも満たないほどでしたが……」
「そういえば風の噂だが……魔導コースの講師も、昔そこに所属していたって聞いたことあるねえ」
「さっすがファンラン、うだうだ学苑に居続けてるだけのことはある」
「やかましい」
ファンランにワシワシと撫でられたレドは髪の毛をボサボサにされる。
(シールフが……? 今夜ちょっと話でも聞いてみようか)
なにぶん俺の記憶を巡るばかりで、シールフのことはあまり知らない。
「話を続けます。数多くの魔導探求を是とする為か、"魔王崇拝"が多いのも王国の特徴です」
「つまり近い将来、ボクが崇拝されるわけだね」
クロアーネはレドの戯言を無視し、淡々と話を進めていく。
「ですから魔法の祖である神族や、魔術素養の高い種族──エルフ種やヴァンパイア種にも寛容で、中には要職を担っている者もいます。一方で素養の低い……特に獣人種への弾圧は激しく、奴隷売買も盛んでした」
実際クロアーネもその例に漏れず奴隷として買い取られた。
そうして拷問のような選別の末に、汚れ部隊として育てられていった経緯があるとゲイル・オーラムから聞いている。
通常主人に対して従順にする為の"奴隷契約"用の魔術具は、様々な面でコストが嵩んでしまう。
しかし王国ほど魔術と魔術具が発達しているのであれば……。そういったモノも比較的安価なものになるゆえだろうか。
「また現存する大国の中では、最も旧い歴史を持っています」
「確かに王国は結構伝統料理が多いねえ、古き良き調理ってのは奥も深い」
「転じて魔術文明の恩恵を最も長く、深く享受していますから、相応の軍事力も備えていることは留意すべきでしょう」
「魔術士の質と量が……すなわち戦力に直結するわけ、と」
強力な魔術士は百人力であり、魔導師ともなれば一騎当千にもなるやも知れない。
絶対的なイメージに裏付けされた大規模魔術や、攻撃的な魔導は一人で戦術級足り得るのだ。
(シールフもその気になれば、学苑全体の心の声を聞くくらい造作もないって言ってたし……ぶっ飛んでるわ)
一般に"伝家の宝刀"と呼ばれる、各国が出し惜しみするほどの単一個人戦力が異世界では当たり前なのである。
「肉壁を置いて魔術で攻める戦術が基本ですが、その前衛も魔術具で武装していたりと侮れません」
さらに魔術具や魔導具の研究も盛んであることが、鬼に金棒となっている。
それまで優勢であっても強力な魔導具一つであれば、戦局がひっくり返ることもありえなくない。
「侵攻でも脅威ではありますが、それ以上に魔術はやはり守戦。拠点防衛においてこそ真価を発揮します」
「王国は比較的肥沃な土地が多いから糧秣にも事欠かない、か」
「各所領を管轄する爵位ある有力貴族たちも、相応の権限を有しています。それぞれが国法の範囲内で一個軍隊を保有し、特に王国の公爵家はどれも規模が大きいです」
「王国は魔領から一番遠いからなー、攻め滅ぼすなら最後っかなぁ」
レドはレドで、クロアーネの話を参考に、彼女なりの算段をつけているようであった。
俺のようにあらゆる手段を使うわけではなく、魔族らしく武力統一であろうが……。
今現在、友人として接しているようなレドという一個人を見るのであれば──
彼女が仮に世界征服した暁には、それはそれで意外と面白い世界になるかも知れないと個人的に思ってしまう。
「内乱とかは発生しないものなのか?」
「上層・中流・下等・最底辺と、階級の区分けがはっきり常識として刷り込まれていますから。下が上に逆らうという状況が、そもそも発生しにくい土壌が形成されていると言えますね」
「謀反も起こりにくい……か」
ヒエラルキー構造が確立されていて、伝統的で安定した封建的な社会が構築されている。
武力にせよ絡め手で潰していくにせよ、かなりの労力は必要そうであった。
(魔導と科学の釣り合いと、さらなる融合には最適そうな国家──)
学問に秀でた人物も、発掘しやすそうである。そうなれば発展はより早く、より大きな規模と成り得るのだが……。
しかし如何せん、魔術偏重主義の為に科学を広める初期段階の障害が高そうだった。
("文化勝利"なら恐らく一番の難題になるかな)
◇
「──次に【イオマ皇国】です。大陸の西端で【神領】と【魔領】に挟まれた土地に、教皇を中心とした国です」
「世界で唯一の"政教一致"社会国家にして、"神王教"の総本山か」
「魔術士の立場も強く、神王由来の"魔法具"を最も保有しているとされています──」
俺も知る"永劫魔剣"も魔法具の一つであり、その本来の性能は魔導具も比にならないらしい。
人の手で作れるものではなく、魔法を使えた頃の神族の手によって創られたもの。
魔法は全能ではあるが、魔力というリソースが不可欠である以上制限は掛かる。
かつては幅広かった魔法も、暴走と枯渇によって失伝状態にあるのが現在の常識であった。
(もし十全な魔力で扱えるとすれば、在位中の"四代神王フーラー"……あとは"五英傑"とかそういうレベルの連中くらいか──)
それすらも実際のところ定かではない。
世界全体の魔力量、個人の保有量や放出力、法理の安定性。
様々な原因や因果が研究・議論されているらしいが、未だに不明瞭なのが現実である。
魔法具とて暴走と枯渇で魔法が使えなくなる中、神族が苦肉の手段として製作したモノという話もある。
ただの人間が十全に扱えるかは別だが、それでも魔法それ自体よりは遥かに易いと言えるだろう。
例えば完全な状態の永劫魔剣であれば、単独で増幅器を持つ為に魔力量による篩もない。
(故セイマールが行っていた魔術具研究の中には、そういった類のものもあったし)
個人の体質や魔力に干渉して、魔法具の起動や使用に耐えうるべくする実験。
増幅器がないなら行使手を増幅器代わりにすればいいのではないか。
あの洗礼時の"贄の少女"も、そういった発想の下で被検体にさせられていた。
「──よって皇国の潜在的な軍事力は……正直言って計り切れません」
性能が完全に発揮されなかったとしても、恐るべき道具であることに疑いはない。
実際にセイマールが起動し得た半端な永劫魔剣でも、あの時点では脅威だった。
もし武力によって世界を制するのであれば、確実な情報を得て最優先で削いでおくもの。
逆に言えば、その力を自らのモノにできるのであれば、凄まじく心強くもなる。
(もっとも永劫魔剣は……現状使い物にはならんが──)
それでも確保しておくに越したことはない。先人の大いなる遺産。
魔法具の存在そのものが抑止力のみならず、時として求心力にも繋がるのである。
永劫魔剣については最初こそ何かしらの利用を考えたが、今現在は厳重に保管しておくことが決定している。
「差別も少なくなく……特に魔族とは年中戦争をしている為に、迫害や審問の憂き目すら遭う場合があります」
「へぇ~よしっボクが魔王になったら最初に潰そう!」
「やめぃ」
ぼふっとレドはファンランに頭を抑えられ、クロアーネはペースを変えることなく話は続けられる。
「潰すのは無理でしょうね。現在皇国には聖騎士にして、五英傑の一人である"折れぬ鋼の"がいますから」
クロアーネの言に、ファンランが疑問を呈する。
「でもあれだ、たしか"折れぬ鋼の"は世界中で人助けをしてるんだろう?」
「仰る通りですが、魔族の侵攻によって皇国が一方的な危機ともなれば戻ってくるでしょう」
「じゃあやっぱり邪魔なのが死ぬまで、ボクは待つことにしよっと」
「……ほんといい性格してんなレド」
俺は半ば呆れた様子を見せつつも、心中では彼女に同意していた。
魔法具と同等か、それ以上に力を持つとさえ噂される現代の"五英傑"。
実際にその強さを目の当たりにしたことはないが、少なくとも敵対すべき相手ではない。
とはいえ現状を鑑みるのであれば、レドの言同様あまり考える必要もなかった。
今から準備万端、文明に革命を興し、世界を統一する為の戦争を仕掛ける頃には──個人の寿命など尽きていることだろう。
魔法具は警戒すべき対象ではあるが、少なくとも五英傑に関してそれほど心配はしていない。
それに不死身でないのならば、付け入る隙はいくらでも整えられる。
人間であれば空気でも毒でも病気でも、殺す為の方法は多分いくらでも……。
それにもし仮にこちらの陣営に引き入れることができれば、武力面において圧倒的な優位にもなる。
「"折れぬ鋼の"と聖騎士長を含めた九人の聖騎士は、民からの信頼も非常にあついです。また独自に軍団を持つことを許されています。と言っても当時保有していたのは三人だけでしたが……。
国家に帰属する軍団も精強に統一されていて、神王教の下に戦う軍団は士気も高く保たれ、間断なく魔領と激しい戦を展開しているので練度も積んでいます」
「そういえば"大地の愛娘"は、皇国方面を無視しているのか?」
「彼女はあくまで人類の為に防衛しているだけですから、領土奪回の名分で戦争を仕掛ける皇国側には干渉しません。ですから魔領戦線で常に戦力を割かれてしまう弊害を抱えていますね」
仮にも英傑として祭り上げられる人間。人格もまともだということだろうか。
そうあれば交渉の余地はいくらでもある、いずれ本格的に接触を取ることも視野に入れておく。
「それと皇国にも貴族はいますが、あくまで国家より派遣された領地経営者という立場でしかありません。聖騎士のほうが権力は上ですし、皇都の枢機卿や"黄昏の姫巫女"、神領より派遣されている外交官などもいます」
「皇国は神王教の中でも、初代神王"ケイルヴ派"なんだよな?」
「えぇ──国内には当然、他の派閥もありますが……中核部分を含めてほとんどがケイルヴ派です」
俺とジェーンとヘリオとリーティアがいたカルト教団──"イアモン宗道団"は三代神王"ディアマ派"であった。
連中は国家転覆を画策していたのだから、同じ神王教でも時に水と油にも成り果ててしまう。
「強い宗教色の為に秘密も多く、閉鎖的な面はありますが……皇国は神領と交流がある唯一の国家ですから──」
「王国や帝国にも劣らぬ強国……か」
俺はそう締めて展望について巡らせていく。
(改めて……非常に偏った国だな、立地的にも最西端──)
宗教──それは地球においても、文明の誕生より現代まで続く根深い問題であった。
人はたとえ現状に満たされていたとしても、宗派の違いによっても争うことが多々ある。
信仰とは精神性に帰属しつつも、時として逆転し支配することもある。
それが純粋なものであっても。狡猾な誰かによって利用されるでも……。
宗教を運用する場合、ハイリスク・ハイリターンであることは常に念頭に置いておかねばならない。
失敗に備えるのであれば、相応の武力・文化・外交手段を持ち得る必要があった。
文明を推進するにあたって最も注意せねばならないし、あらゆる意味で不適格な国家と言える。
("宗教勝利"をするにも、皇国はダントツで不向きかね──)




