#42 魔導師 II
魔導師──それは世界中でも100人もいない、本当に選ばれた人間だけが辿り着く領域とされている。
(実際のところ"魔導"そのものの厳密な定義というものは……いまいち判然としない)
ただ既存の魔術に当てはまらないモノが、便宜的にそう呼ばれているに過ぎない。
いずれにしても、魔力を貯め込む生来の容量。実際的に魔力を自在に操る卓抜した才覚。
現実へ落とし込むほど没入する想像力。思い込みを可能とするだけの精神力。
(それらを結実させる……研鑽と原動力とする為の欲求を、兼ね備えていなければならないのは確かなんだろう)
そして魔導師という者は……自然と一辺倒になるきらいがあり、排他的な傾向が非常に強い。
王国には魔導師が寄り集まった互助組織こそあると聞くが──しかしそれも、各々が利己的な目的で集まっているに過ぎないと聞く。
ゆえに自身の研究の為の弟子などではなく、単なる善意でもって学苑で生徒へ教えるような人物は稀有と言えた。
「あなたような人間は……はじめてです。別の世界から新たな生命を授かった、進んだ未来の知識を持つ少年──」
『信じてもらえますか』
俺の思考を先読みして、綺麗に言葉をかぶせてくる。
そう、シールフが好奇心と探究心を抑えきれずに、早々に俺へと接触を図ってきたというのはもはや心に思うまでもない。
「ベイリルさん、あなたの"野望"についても今しがた理解しました。その上で問います。私にもっと深い部分まで踏み込ませる覚悟はありますか?」
「……どういうことです?」
「今の状態で読み取れるのは、あくまで表層部分ということだけ」
「それはつまり──たとえば俺が意識できない、識域下に格納されてしまって思い出せないような記憶も見られてしまうということですか?」
「受け入れてもらえるのであれば、"そう難しいことではない"……と言っておきます」
「おぉっふ、それは半端ないですね」
想定以上の異能。つまるところ俺にとっての忘却の彼方にある既知を引っ張り出せるということ。
俺の知識を掘り起こし、直接読み取ってくれる。それを魔導師へと至った頭脳でもって噛み砕いてくれる。
それが現代知識を運用するにおいてどれほどの利益になるのか、もはや計り知れない。
(曖昧な知識に、輪郭どころか実像を持たせることができる──ッ!!)
たとえ赤裸々な黒歴史まで読まれてしまうことを差し引いても、莫大なお釣りがくることを確信させるものだった。
ゲイル・オーラムとの出会いはまさしく運命だったが、このシールフとの邂逅もまたお膳立てされたような都合の良さを感じるほどだ。
「是非とも俺の同志となってください、シールフ殿」
俺は心と言葉を重ね合わせるように、万感込めて真っ直ぐにぶつける。
「ふ~ん、世界の変革……"文明開華"の同志。それに協力することが、私に記憶を読ませる条件──」
シールフは途中で止まる、それは新たに俺の本心を読んだからに違いなかった。
同時に俺は受容者にして理解者となりえる彼女へ口に出して告げる。
「いいや、見返りだとか契約といった薄い間柄でなく、俺と同じ価値観で、同じ意志でもって、心底から同道してほしいと願っています」
「なんともまぁ疑いなき確信……"あなたの記憶を読んだなら、もう戻れなくなる"──なんて随分と自信があるようで」
お互いに砕けた雰囲気になってきて、俺はニィ……と笑みを浮かべる。
「くっはは、それくらいは心が読めない俺でもわかりますよ。あなたが会いにきてくれたこと、それは確信あってのものだと」
俺が持つ別世界の、未来の知識。
恐らくはこの世界中の誰よりも、世の真理、その仕組みを識る記憶。
探究者にとってそれは垂涎モノに違いなく。人目を忍んで、部屋まで訪ねてきたのも大いに頷ける。
そして他人に不信感を与えるに疑いない"読心の魔導"という秘密を、シールフがあっさりと曝露してきた時点で自明と言えよう。
彼女自身がもう認めているのだ、膨大な地球の知識の為ならばと。
「そう、ね……確かに私の魔導のことは講義を受けている生徒も、他講師陣の誰も知らない。今、学苑内で知るのはベイリルだけ。受け入れられると確信した上で、私が話したのもその通り」
「後戻りする気なんてないってことですね」
グッと前のめりになる俺に対し、シールフは俺の言葉か、態度か、心情か──あるいはそのすべてを見て──ふと笑った。
「はぁ……まったく、ふふふっ」
「それは肯定的な笑い、と受け取っていいですかね?」
「いえ、ね。少しだけ懐かしい人を思い出しただけ」
「懐かしい? 誰か……たとえば初恋の人とかにでも似ていましたか?」
「それは似ても似つかない。あなたの今も昔もね」
シールフの肉親、知人・友人・恩人、あるいは伴侶や子供なども自然と思い浮かぶ。
長命であるからには、相応の出会いと別れも経験してきたに違いないと。
「その人は、私にこの学苑を用意してくれた人。そして──いえ、うん」
シールフは何か言いかけたのを飲みこみ、1人で納得したところで……ゆっくりと両の手の平を上に向けて差し出してきた。
「私にとってベイリル……あなたが"素敵で運命的な出会い"だと、思わせて」
「こちらこそ。ちなみに拒否したい記憶とかは見られます?」
「心象風景は個々人によって違っていて、多くは住み慣れた場所で──そこにしまわれたモノを見つける感じ。拒絶される分だけこちらも相応に消耗するけど、秘匿物も強引に探すことも可能」
(……精神療法はおろか、尋問とかも最強なのでは)
「あらかじめ断っておくけど、私はそういうしがらみや小競り合いに飽きている。何でもこころよく引き受けるとは思わないこと」
「肝に銘じておきます、貴方の嫌がることはしないと」
俺は口に出しながら、本心を示す。
あるいは彼女は──将来の俺だったのかもかも知れない。
惨劇が起きないまま、一念発起することなく……特段の目標を持たず、長命のまま漫然と、いつか人生の長きを生き飽いた場合のベイリル。
今のベイリルはキッカケと得て、紆余曲折を経て、飽くなき未知を求める為に文明を発展させ、果てなき未来を見ようとしている。
そしてシールフにとって、異世界転生者という"未知"と邂逅したことが、100年も続けた講師生活から抜け出すキッカケ。
だからこそ俺の記憶を読めばきっと──シールフ。アルグロスは名実ともに──同調者にして映し身となってくれるであろう。
("文明回華"の起爆剤と成り得る彼女の気質と異能に比べれば、他の事柄なんて瑣末なことだ)
俺は心を重ね合わせるように、シールフの両手に自らの両手を置いた。
「さっ、どうぞ。どんとこいです」
「あなたの性格からすると、もっと警戒してもいいような気もしたけど」
「口では説明できないことが山ほどありますから、積もる話です」
「そっ、じゃぁ……気分が悪くなったら言ってね」
まぶたを閉じて集中するシールフに触れた手から、魔力の胎動のようなものがこちらまで伝わってくるようだった。
それは半分とてエルフ種に由来する感覚を通じているのか、あるいは常人でも感じ取れるほど濃密な圧力でもあるのか。
空間それ自体が滲むような錯覚すら覚え、魔術と魔導は明らかに違うものだと思い知らされるようだった。
「おぉ……」
膨大でありながら、これ以上ないほど繊細緻密に洗練・構成された魔力の流動と滞留。
ただ観察しているだけで参考になるし、自然と感嘆が漏れ出てしまう。
「ッッ……!?」
シールフの顔が露骨に歪むのを見て、俺は一体全体俺の何の記憶を見られているのかと眉をひそめる。
「なっにこれ、たかが一人分の記憶で……この私がこんな無様な──」
(まぁ、そうなるな)
異世界人から見れば、俺こそが異邦人にして不確定要素な存在。
進んだ現代地球の知識群。それは俺個人ではなく、積算された歴史そのものに他ならない。
「くっ……こうなったらベイリル、あなたにも来てもらう」
「というと? おっあ──」
俺は一瞬にして視界ごと意識の電源が落ちるような感覚に見舞われ、そのまま再起動するように目を開く。
そこにはかつて住んでいた"自分の部屋"であり、目の前にはシールフが仁王立ちをしていた。
「うぉおおお!? すげぇ……これが俺の心象風景──」
毎夜馴らした明晰夢を、さらに明敏にしたような実感と郷愁に俺は感極まる。
「案内──いえまずココにあるものから教えてもらいましょうか。えっと……まずこの動いてるのなに!?」
「"パソコン"ですね、ディスプレイに映っているのは……ストリーミングか。あぁそういえばこの海外ドラマのファイナルシーズンまだ見てないや、めっちゃ心残り」
「わけがわからないよ!! アレは!? ソレは!? コレは!?」
「"エアコン"ですね、そっちが"VRヘッドセット"、"洋楽のアルバム"に……おっ図書館から借りっぱなしの本まで──そういえば、サブスクライブって引き落としされ続けるのかな」
「説明!! 懐かしむのはあと!」
「了解です」
そうして俺の学苑生活に、新たな日課が加わったのであった──




