#516 竜眼 -Dragon eyes-
「クゥァアアア──!!」
"灰竜"アッシュが咆哮する。
その先には"魔獣使い《ビーストマスター》"が操るモグラのような魔獣がそびえ、相対するは6人の影。
赤き影は、焦がすような炎熱を内包せし──"赤竜"フラッド。
青いシルエットは、氷雪を操りし──"青竜"ブリース。
黄色の長身は、雷霆を放出する──"黄竜"イェーリッツ。
緑の少年は、豪嵐を纏う──"緑竜"グリストゥム。
七色竜の4柱は、それぞれ互いを見据えながらなんとも言えない空気が漂っている。
「……おいベイリル、なぜこの場に呼んだのだ? ──まったく聞いていないぞ」
「そりゃあもう、サルヴァ殿を呼んだのは"紫竜"の加護があるから以外にないです。俺が"白竜の加護"を得ているように」
「紫竜ヴィフト──敬愛なる我が師の名を出すか。飲み込まざるを得ないではないか」
今は亡き病毒を司る"紫竜"の弟子として、その最期を看取ると共に加護を受け継いだサルヴァ・イオ。
元々神族であった彼は、自らの肉体を変異進化させて加護の力を扱い、財団で化学者としての道を進んできた。
「おいおまえ、"白の眷属"……一体どういうつもりだ」
知り得る中で決して味方ではない、緑竜の問いに俺は涼しげに答える。
「少しばかり親交を深めておこうかなと」
「はあ……?」
魔獣討伐を機会として緑竜と仲良くなっておく──それがこたびの一番の目的とも言えた。
昏睡していた100年の空白、その歴史に"緑竜災害"の名を刻んだ。
豪嵐が大陸中を縦断し、凄まじい爪痕を残していったという。
それはいずれきたる工業化によって、急速に大気が汚染された結果として緑竜がブチギレたからに他ならない。
過去に学んで、そうならないよう努めて布石を打ち、未来をより良くしていくのもまた責務である。
「――それとついでで魔獣の対処です」
「ボクらをいいように使う気か?」
「いえいえ俺一人でもやれないことはないです。どう考えても過剰火力ですし、同窓会も悪くないでしょう」
「なんだ? どーそーかいって」
「あーーー懐かしい顔ぶれで集まることです、今を生きる七色竜が勢揃い」
「三柱も足りてないじゃないか」
「そこは"白竜"の加護をもらった自分がイシュトさんの代わりで。"紫竜"は同じくサルヴァ殿。灰竜が"黒竜"さんということで」
どうにも人間に対する敵愾心が抜けない緑竜に対し、黄竜が助け船を出すように口を開く。
「……緑。このような機会、次にいつ訪れるかわからんだろう。実際にあの頃より欠けている以上はな」
「ちぇっ、どんだけ昔の話をしてんだか。赤や青はどうなのさ」
「我は構わぬ、既に人と共に歩んでいるゆえ」
「わたしも──悪くないかなとは思っている。知らない内に白が死んでたのは正直、悲しかったから。人類とは……今のところは様子見と半々といったところ」
黄竜はワーム迷宮の主として、カエジウスを含めた人とも少なくなく関わってきた。
赤竜も帝国建国から人類と共に在り、先の継承戦を契機に共同歩調を取ってきている。
青竜は未来においてそうだったように、文明と文化に触れて考え方も徐々に軟化してきていた。
「どいつもこいつも懐柔されてやがる……まっいいさ」
迫ってくる魔獣に対し、緑竜は腕を軽く振り上げてその巨体を宙へと軽々と浮き上がらせた。
さらに持ち上げた際の暴風に、青竜が発生させた氷雪が入り交じって魔獣は急速に凍結していく。
続いて黄竜が放った極太の雷撃砲弾がその胴体に大穴を穿ち、いつの間にか上空へと移動していた赤竜に踏み抜かれる。
「ヒューッ! 俺も負けてられないな――みなさん、直視しないようご注意を」
"燃ゆる足跡"がくっきりと残され、落下する巨体へと――俺は握った右拳の上に"光輝"を収束・圧縮させた。
それは白竜を象徴する秘法にして模倣。
「"白光星"」
凝縮され尽くした光球は魔獣へと吸い込まれ、その肉体は四散した。
(生物資源、もったいなかったが……まぁいい。今この瞬間、全員が一丸となって事を成したという事実が大切だ)
最後に灰竜が、残骸を吐息によって滅却して締め。
「いやはや、凄絶としか言いようがないですな」
気絶した魔獣使い本体の首を掴んだまま合流したサルヴァに、緑竜は少しだけ感心したように口を開く。
「ふうん、ボクらが魔獣を相手にしている間に仕留めるとは……紫の眷属もなかなかやるじゃん」
「いえ……そのつもりでしたが、実は既に先客が――」
「よッ! とんだ同窓会のようじゃな」
サルヴァの背後から現れたのは、黒い長髪にやや充血させた薄紅の瞳を浮かべる少女。
『アイトエル――ッッ』
緑と黄と赤と青の声が一斉に重なり、その名前が五英傑の1人だと気付いたサルヴァは驚愕の表情を浮かべる。
「おまえ……アイトエル、"白の眷属"とおんなじこと言いやがって」
「んん? はっはっは、ベイリルとは半身のようなもの、思考や言葉も似通って当然よ」
カッカッカと笑うアイトエルに、緑竜は半眼で溜息を吐く。
「はぁ――ボクはもう消えるよ、やることはやったからもういいだろ」
「オイオイ、もう帰ってしまうんか。旧交を温めても良かろうて」
「イ・ヤ・だ・ね!! おい白の眷属」
「なんでしょう」
「イロイロとやってるようだけど、覚えておけよ。いつだって竜族の眼が光っているということを」
「肝に銘じておきます」
俺の真剣な言葉を飲み込んだ緑竜は、すぐに風と共に去ってしまった。
「随分と嫌われたのう」
「俺よりもアイトエルのほうだろう。実際は一緒にいなかった時のほうが、ずっと長いくらいだが……同居していなかった期間にいったい何をしたんだよ、アイトエル」
「ふむ、ではそれを酒の肴にしようか。のう? 赤、青、黄よ」
クイッと顎を動かすジェスチャーをとるアイトエルに、赤竜は目を瞑ったまま答える。
「あいにくと我も帰らせてもらう、まだまだ新たな所領が落ち着いていないのでな」
「そうかいフラッド、ではいずれ儂から出向くとしよう」
「好きにするがいい」
赤竜は地面に燃ゆる足跡を残し、そのまま竜の姿へと変化して飛んで行ってしまった。
帝国が東西と北方の都市国家群に分かれてまだ間もなく、やることは尽きない。
「イェーリッツはどうじゃ、ブリースはもちろん付き合うじゃろ?」
「無論」
「……えぇ、付き合わせてもらう」
「そうこなくてはの」
「ご相伴あずかりましょうか、サルヴァ殿」
「ん……うむ、恐縮極まりないが興味もこれ以上ないほど深い。しかし改めてベイリル──とんでもない人脈、いや竜脈とでも言えばいいのか──を得ているものだ」
「それほどでもあります。巡り廻った縁の結果ですから」
俺はそう噛み締めつつ、出会いの大切さへと感謝するのだった。




