#514 炎と弾丸 -The flame and The Bullet-
「テクノロジーの進歩というのは本当に便利なものですよね、僕のような非力な者でもこうしてあなたを一方的に拘束することができる」
一人の男が家屋にある椅子に座り、一人の女は床に伏して身動き一つ取れなくなっている。
「ぅあ……ぎ――」
「魔導科学の発展を甘く見ていたのでしょうか。いや、あるいは財団が先を行き過ぎてしまったのか」
「おまっ、え……思い出した。"試し"で心を壊した、不適格者――」
"素銅"のカプランは、"仲介人"を冷やかな瞳で見下ろす。
かつて果たしたはずの復讐に連なる者達の中で、確かにこの手で殺したと思っていた人間が実は生きていたどころか分身体であったこと。
「こちらは別に結社に入りたいなどと露ほどにも思っていない、存在すら知らなかったというのに……妻と娘を殺すよう導いて、試しと勝手にのたまうとは随分なことです」
シップスクラーク財団情報部と連携した指名手配、迅速な駒減らし、風聞を流布し意図的に誘導、徹底的な情報統制。
最初はいくら調べようと影も形も捕捉できなかった存在であったが、ベイリルの情報を基に詰めていくことでようやく辿り着くことができた。
「今まで一体何人もの人生を壊してきたのかまでは存じませんが、これで少しは報われることでしょう」
「ふっ、ふふ……素晴らしい、執念だ。もし良ければ改めて結社に迎え入れたい」
「丁重にお断りさせていただきます」
そうカプランが告げると同時に、家屋内が炎によって赤々と染まっていく。
「あぁご心配なく、魔導科学具によって僕は大丈夫なので。あなたなんかと心中する気はさらさらありません」
次いで怪訝な表情を浮かべていた仲介人の疑問を、あっさりと解消してやった。
「それと余裕ぶっているようですが──」
立ち上がったカプランは、伏した仲介人の耳元へと手を伸ばす。
「もう一人のあなたも今頃は死んでいますよ。そもそも勧誘すべき結社は既に無いのです」
耳打ちしながら左耳にのみ着けられた"耳飾り《イヤリング》"を強引に引きちぎる。
「──痛っ!? まさ、か……」
「おっと、どうやら単純に察しが悪かったようですね。調べ上げられていないと思っていましたか?」
少なくなく産み出されている遍在体は、およそ100日くらいから劣化が始まって、さらに100日もすると思考能力を喪失していき木偶人形となって掻き消える。
"遍在の耳飾り"を片方ずつ着用しているオリジナルの二体さえどうにかすれば、あとは時間と共に残りの仲介人は消滅する。
「う……嘘だ──」
「正直なところ趣味ではないのですが、これもせっかくの──最後であろう機会です。焼かれ、悶え、苦しむ、貴方という存在の終着点を……このまま見物させてもらいますよ」
カプランの復讐の火の手が、絶望がゆっくりと仲介人を包み込むのだった。
◇
暗き霊廟の奥。
指環を付けたまま瞑想していたベイリルに、仲介人が声を掛けてくる。
「やあ、亡霊」
「何用だ」
「ん……? 声が違うね──新たな肉体に入れ替えたのか、今回はずいぶんと早かったようだね」
過去に将軍の代わりの武力としてアンブラティ結社へ勧誘してきた以上、ベイリルとしての素性と顔は知られている。
しかしわずかな灯りしかない為か、こちらを認識できてはいないようだった。
「まあいい。少し厄介なことに見舞われていて──結社員の何人かと連絡がつかなくなっている。別に珍しいことでもないけど、気になるのが……少々重なりすぎているってことでね」
「……それで何をして欲しい」
「別に何かをしてほしいわけじゃない、一応の所在確認さ。なにせ"幇助家"が言うには、もしかしたら結社員が狙われているのかもという情報があったものでね。ほら巷で噂の、殺した人間の血で詩を残すっていう──」
「……」
「あーーー、こんなトコに引きこもってる"亡霊"じゃ知るはずもないか」
「いや知っている」
「ほんと?」
「俺が殺したからな」
霊廟に一発の銃声が残響し、仲介人はわけもわからないまま、たたらを踏みながら倒れるのを堪える。
一方で俺はくるくるとガンスピンしながら白煙を払いつつ、光球を生み出して周囲を照らした。
「"血文字"も、他の結社員もな」
「っう……あ? おまえ、ベイリル・モーガニト──!? どう、いうこと」
「あいにくと詳しく説明してやるほどお人好しじゃあない」
ドクドクと流れ始める血に、仲介人は戸惑いながら赤く染まった手を見つめる。
「なっん、これ……矢? 違う、それは……形こそ違うようだけど、新型の銃か」
「矢でも間違いじゃあない。人類は狩猟の為に槍を作り、より安全に遠くから狩る為に弓矢を作り、火薬を生み出し、戦争の道具を発展させていった。テクノロジーの結晶の一つだ」
俺は連装銃をホルスターへと納め、ゆったりと最期の会話に興じる。
「その指環、亡霊……くっ、結託してわたしを殺すのが目的──か、であればもう一人のわたしも……」
「無論。とりあえずはお前は色々と敵に回しすぎた、とだけ言っておこう。"遍在の耳飾り"も、回収させてもらう」
左手を仲介人の右耳に伸ばした瞬間、振り抜かれた凶刃を俺は狙い澄ましたかのように右手で持った白刃で受け止める。
「……っっ!?」
「初期の大魔技師が切削の為に使った短剣、毒も塗ってあるのも知っている。解毒薬も確保済みだけどな。まぁなんにしても、こっちは最終形の遺作だ」
そのままバターのように切り裂き、"耳飾り"を引きちぎって回収し、仲介人の体を壁まで蹴り飛ばした。
出血は一層激しくなり、仲介人の顔が青ざめていく。
「お前という歯車を失えば、アンブラティ結社も終焉。もっとも結社員は既にほとんど残っていないがな」
「わたしの……築き上げ、た──結社を」
「仮にも姿だけは"神域の聖女"、これ以上汚すような真似はすまい。だから後はまかせる」
「あっ……いやだ。それは、それだけはやめ──」
俺は外した"命脈の指環"を、仲介人の指へと嵌めてやった。
死にゆく遍在の肉体に宿りし仲介人と、命を与える力を持つ意思ありき魔王具"亡霊"。
はたして2人はせめぎ合っているのか、それとも最後の対話が為されているのかは知る由もない。
ただその最期は──とても安らかなものであったのだった。




