#513 魂の追跡者 -Soul chaser-
──人々の記憶から喪失した旧き霊廟。
遠い未来にそこを訪れた俺は、再びその地の奥へと赴いた。
右手の中指にはリングが嵌めた1人の若い男が、沈黙し、粛々と、祈りを捧げるかのように、瞑想をしている。
「よぉ"亡霊"──アンブラティ結社の創始者」
「……!?」
音もなく近付いた俺に声をかけられたアンブラティ結社の首魁である亡霊は、人間らしくビクリと体を震わせてこちらを見つめる。
「キミは──どうしてここに、なぜ私のことを……」
「俺は"空前"のベイリル・モーガニト。結社員としての名は"冥王"」
「はじめて聞く名だ……あいにくと私は結社の動向というものを把握していないものでね。わざわざ新入りが挨拶にくるとは、とてもめずらしい」
既にお飾りなのは承知の上で、首を横に振って否定する。
「いいや違う。さて──どこから語ったものかな。数百年後の過去からお前を追ってきたと言ったら信じるか?」
首をわずかに傾げて疑問符を浮かべている亡霊に対し、俺はふと思い立って後ろ腰の短剣を鞘ごとへと手渡した。
「お前なら理解るんじゃないか、それがどういうものか」
「これはまさか……いや、そんなはずは──」
「察しの通りだよ亡霊、いや魔法具"命脈の指環"。それは他ならぬ"大魔技師"の遺作だ」
「どういうことだ……キミは何者なんだ、どうしてそんなことまで知っている」
困惑の色しか浮かばない亡霊に、俺は愉悦の笑みを貼り付けながら大いに語って聞かせることにする。
「俺は魔王具であったお前が生まれた日にも立ち会った。そして結社の終焉──お前が消滅したその刻も、俺自身が手を下した」
「……私が、消えた日?」
「未来が予知できるだけの"予報士"とは違う。未来そのものを歩み、創世の時代から数えて今も改変している者だと認識してくれればいい」
「それはずいぶんと──規模の大きい話だ」
亡霊もそれなりに生きているからか、ゆっくりとだが確実に状況を飲み込んでいく。
「事実だよ。だから"仲介人"を殺してやる」
「彼女を……?」
「あぁ、そうだ。"神域の聖女"の姿を借りた、お前の"遍在"とも言える片割れ──二人の本体を同時に殺す」
「あまりにも核心を知りすぎている……つまり冥王──いやベイリル、こういうことか。未来において私は、殺される前にキミにすべてを打ち明けたのだね」
「理解が早くて結構」
もはや信じざるをえないといった表情で、亡霊は覚悟を決めたように目をつぶる。
「仲介人を殺す、か。歪んでしまった結社を……キミが浄化してくれるというわけか」
「あぁ、そのまま消えてもらう。残るは亡霊と仲介人と、あとは"運び屋"と"魔獣使い"くらいか」
「そうか……終焉は既にすぐそこというわけか、それも仕方あるまい。我々はあまりにも──」
そこからの言葉は紡がず、亡霊は鞘を両手で大事に持って、短剣の柄をこちらへと向ける。
「せっかくなら、私の無様な生を終わらせるのは……この刃で頼みたい」
「殊勝だな」
俺は短剣を掴んで、鞘から引き抜いた。
魔力が込められた複雑な紋様が、暗い霊廟内でほのかに輝きはじめる。
「だがこの刃をお前の血で汚すつもりはない」
「……残念だ。それでも別の私が多くを話したのであろう、キミに殺されるのであれば是非もない」
「消滅してもらう前に──二つほど聞いておきたいことがある」
「答えられることであれば」
俺は受け取った鞘に刀身を納め、再び後ろ腰に取り付けながら問う。
「お前は十数年前に、一人のエルフの女性を操った。間違いないか?」
「あぁ、珍しく仲介人が私に頼ってきたからよく覚えている。あれは操ったわけではなく、小さな生命を生み出して植え付けることで神経を薄弱させ、精神を前後不覚に陥らせるものだ」
「治せるのか?」
「やったこと自体は一時的なものだ。しかしそれによって生じたさらなる症状については……関知できない」
「なるほど、お前を生かしておく意義はないということだな」
亡霊にも、母ヴェリリアは直接治せない。
「それじゃあもう一つ、最後の質問だ」
「なんなりと」
諦念の境地にいる亡霊に向かって、俺はかつてのもしもをぶつける。
「これから俺の描いていく未来と、同道する気はあるか?」
「どう……いう意味、かね」
「今ならまだ取り返しがつく、少なくとも俺の感情の範囲内でだがな」
アンブラティ結社としての所業。それを踏まえた上で勧誘されていることを、亡霊は理解する。
「たしかに……私にもまだ"魔法具"としての使い道くらいは残されているのか」
「そういうつもりで言ったわけではないんだが、まぁ──それでも構わない。破格の性能だし、人類の行く末を見届けるということに変わりはない」
亡霊本人はできないと思っていても、あるいは研究すれば母さんを治療することが可能になるかも知れない。
歴史上で"神域の聖女"がそうしたように、使用者次第では多くの人間を救うこともできる。
「亡霊、アンブラティ結社の首魁は今をもって消滅だ。お前はもう自我を獲得しただけの一介の魔王具。"シップスクラーク財団"の一職員に過ぎない」
「あのシップスクラーク財団……?」
「"文明開華"と"人類皆進化"を掲げ、自由な魔導科学を推進する──その財団だ」
「よく、知っている。あるいは……その往く道が、私の理想だったということも」
本来であればアンブラティ結社が目指し、そうなりたかった姿の一つかも知れないと。
「ちなみに俺が創設者な」
恭しくその場に跪いた亡霊は、ゆっくりと顔を上げる。
「従おう。大魔技師が託したキミに、人々の新たな未来を体現しようとするアナタに……私のすべてを委ねる」
「あいにくと大魔技師とは、少しばかり同郷話を咲かせただけだ。短剣もあくまで手土産であって、託されたというほどのものではない」
「それでも私にとって、アナタは継承者だ。大魔技師が築いた世界の……そして私が願った──」
亡霊は指環を外して、俺へと預けると同時に抜け殻となった男の遺体がその場に倒れる。
俺は指環を右手の中指へと嵌めつつ、声を発せない魔王具へと一言告げる。
「仲介人の最期も見届けるといい」
こうして先んじて亡霊を抱き込んだのも、カプランと共に着々と入念に進めてきた詰めの一手。
アンブラティ結社の終焉は、王手が掛かった状態にあるのだった。




