#512 奇縁なる接触 -Strange Engagements-
「うぅ……やっぱり慣れないね」
ジェーンは俺の後ろでゆらゆらと揺れ歩きながら、平衡感覚を正しているようだった。
共にサイジック法国の央都ゲアッセブルクから、"飛行ユニット"を使用しての"大陸弾道飛行"を敢行したからである。
「──ここがそうなの?」
到着した目的地は、魔領東部にある深い森をやや奥に入った洞穴だった。
「せっかくならヘリオとリーティアも連れてきたかったがな。ヘリオは相変わらず精力的にライブツアーをしていて、リーティアは"TEK装備"の最終調整で忙しいから仕方ない」
「……空いてたのは私だけ、と」
「相手が相手なのもあるが、戦力的に自由な意味でもジェーンが適任だった」
「私だって"結唱会"があるんだからね?」
「そこはそれ、俺の"烈風連"との交流ついでにハルミアさんとクロアーネが見てくれてるからさ。まぁフラウとキャシーを連れ回せれば早かったんだが──」
「フラウの重力魔術もそうだけど、キャシーなんか雷を直で纏うもんね。せっかく宿った赤ちゃんに影響出たら困るから、私としても二人に戦闘なんてさせられないよ」
そう、フラウとキャシーはめでたく俺の子を身籠った。
かつて辿った未来において、叶わなかったフラウの夢を──同時ということはつまりはそういうことで、"黄龍の息吹亭"での俺自身の一念をもって孕ませた。
「クロアーネにもいずれ俺の子を産んでもらおう」
「……ベイリルもさ、大概お盛んだよねぇ?」
「言っただろ、転生者の俺は既に違う未来を生きた。そして時間を遡ってまでやり直したわけで」
「うん、まだ正直なところ完全には信じられてないんだけど──私が"神族大隔世"するとかってのも」
「そこに関しては俺も直接見たわけではないけどな、今から会う奴のせいで空白だったから。でもジェーンの遠いご先祖が、初代神王ケイルヴ・ハイロードなんだと」
「ほんっとにわかには信じられない。でもベイリルの強い想いだけはよーくわかってる、今からすることもその一環だって」
「──あぁ、人類と文明への厄災は排除しなきゃならんからな」
俺とジェーンは天然の迷路のようになっている洞穴の中を"反響定位"で把握して進み、広い部屋へと出る──と、そこには1人の女性がいた。
「あれ? あーーーーーれえ~~~~? 今日ってなにか約束してたっけえ……でも知らない顔、一体どこのどなたあ?」
「"生命研究所"、また会ったな」
かつて学苑での遠征戦において接敵した本体の"女王屍"、その複製体である生命研究所がそこにいた。
「んんええ~? ワタシのことを知ってるのお、ゴメン覚えてないやあ。それとも"仲介人"から聞いてきたとかあ?」
「貸しを返してもらいにきた、いや借りを返しにきたとも言えるか」
「……???」
「こっちの話だ」
今の時間軸には存在しない──皇国の神器を確保した貸しと、好き勝手に体を弄り回された借り。
しかしその魔改造があったおかげで、"第三視点"の魔法に至ることができたというのも奇縁としか言いようがない。
「ワタシにどうしてほしいわけえ? できることなら手伝うよお。あっ今の実験と、その次の実験まで終わったら……いや、う~ん──ワタシが暇になったらで!」
「一思いに殺してもいいんだが……」
「えっ、殺すう? なにそれえ? 誰かに頼まれたのお? それとも復讐かなにかあ?」
敵意を見せても、生命研究所は至って平静なまま返してくる。
「──正直なところお前が他にどんな爆弾を仕込んでいるのか、わかったもんじゃないからな。狂人を自白させられるとも思わんし」
ここで殺してしまうことは、それ以上の情報を得られなくなってしまうことを意味する。
まだ今の時代では"苗床"が無いにしても、複製体やゾンビや寄生蟲その他を伏せたまま、本人が忘れていることさえ考えられる。
生命研究所の研究は、誇張抜きに世界を滅ぼし、終末──アポカリプスをもたらすに足るだけの危険性がある。
「ふっふう~ん、言ってくれるなあ。ワタシにだってまだ、傷つく程度の繊細な心は残ってるんだけどお?」
「ならその心と頭脳ごと、根こそぎ奪い取らせてもらおうか」
俺は首元に着けた"チョーカー"に触れながら、体内の魔力を律動させる。
「はああ?? よくわかんないけどお、せっかくだし被検体になってもらおうかあ──!!」
生命研究所が机へと手を伸ばしたその瞬間、足元から指先まで瞬時に凍結していく。
「ベイリルへの一切の危害を許さないよ。学苑時代に代わって、今度は私が守護るから」
「あのときい? どの時かなあ? それってほんとうにワタシ──」
『黙れ』
一言。
それだけで生命研究所は途中で喉が詰まったように、それ以上の声が出なくなってしまった。
「ありがとう、ジェーン。もう整った」
「あのーベイリル? ちょっと早くない? けっこう気合入れてたんだけど……」
「あぁ意外と俺との相性は悪くないみたいだ、この"魔法具"。あるいは俺が使うのに慣れてしまったとも言えるかね」
"主なる呼声"──魔力を下回る相手に対し、強制契約を施す魔王具。
ここへ来る前に、カエジウス本人から借り受けていた。
創世神話の時代、その魔法を使った神族は竜族を使役した。
カエジウスは自身の"簒奪"の魔導によってどんな相手すらも魔力量を逆転させて支配下に置き、ワームの生体を利用したり、制覇特典として多様な生物と契約を結ばせた。
そしてベイリルは"虹の染色"で魔力色を転換・吸収した潤沢な魔力でもって、生命研究所を掌握する。
『ベイリル・モーガニトが命じる。生命研究所お前は未来永劫、死して完全消滅するその時までシップスクラーク財団に仕えよ。全身全霊をもってな』
「──ッ」
『あぁ、もう口を開いてもいいぞ』
「わかりましたあ、全身全霊でお仕えしますう」
あっさりと、あっけなく、あまりにも簡単に、その心は打ち砕いて成形し直される。
「……終わったの?」
「一応。でも不安だから追い命令しておくか」
"絶対遵守の強制契約"とは言っても、本人の価値観が根本からズレていれば捉え方も変わってしまう。
AIがシンギュラリティを経て高次の思考を得た結果、人間という存在を不要と見なし、機械が人類に敵対的な行動を取るのに似た事態になったら困る。
『どんな状況にあっても人類と文明に仇なすことなかれ。それは手前勝手な主観によるものでは決してなく、他の人々の知恵や考えを頼るようにせよ』
「うけたまわりましたあ」
今まで見てきた狂人っぷりが嘘のように、首から下が凍結された生命研究所は従順に動く頭だけを下げた。
「さてと──俺はシップスクラーク財団の創設者にして大幹部のベイリルだ。こっちのジェーンも同じ立場だ、さしあたって俺たちの命令をよく聞くように」
「はあい、ワタシはこれからいかがしますう?」
「ここを含めた全ての研究所から成果を持ち出し、完全に引き払って財団に捧げよ。なお今後アンブラティ結社とは関わることを禁ずる」
「かしこまりましたあ」
命令を下しながら魔力を限界まで注ぎ込んで、強固な契約を結び終えた俺はゆっくりと息を吐く。
ある意味で最も厄介な人物にして、同時に有能な遺伝子工学の権威を引き入れることができたと言える。
(結社の終焉もいよいよ秒読みだ、また語らい合うとしようか……"亡霊")
俺はニヤリと口角を上げて、懐かしきその名を心中で呼ぶのだった。




