#511 冥王と呼ばれた男 -The man called Pluto-
未来、"冥王"と呼ばれた男がいた。
男は意志なき傀儡と成り果て、世の中に混乱をもたらし、かつて同志であった仲間達によって討ち倒され──そして救われた。
そうして世界を見届けた男は、新たに時空を越えて……今度は自らその忌まわしき名を名乗る──
◇
「"予報士"……俺の名は"冥王"──と言っても聞こえないか」
ベイリルは洞穴の奥深くに突き止めた、もはや男か女かすらもわからない人物に向かって話しかける途中でやめた。
顔が潰された四肢のない即身仏とも言うべきか、窮まったその姿は──予想していたものの──正視したくはない無惨さであった。
視覚も嗅覚も聴覚も触覚も、味覚も機能していないだろう。
およそ人間が持つ機能のほとんどを捧げ、それでもなお死ぬことなく生きているのは……あるいは"命脈の指環"の効果を本人が望んだがゆえか。
「未来予知──もしかしたらと思ったが、大当たりだな」
結社を潰していくにあたって、真っ先に処理しなければならない最優先事項。
厄介な預言者の居場所を知る為に、ベイリルは持ちえた知識と自らの経験から1つの仮説を立てて、"ヴロム派"の組織を利用して探させた。
一時魔空へと流出してしまった第三視点が、元の時代に戻る為の基点としたヴロム派の長である"完業者"グャーマ・バルペシテ。
"大監獄"にて第三視点だったベイリルを"到達者"だと誤認した事実を利用して協力を仰ぎ、歴代の長──ヴロム派の大元を辿っていった。
「コイツがヴロム派の初代。肉体という最小限の繋がりを"命脈の魔法"によって最低限度に維持しつつ、精神を昇華させて魔空の一端へと"到達"した人間」
予報士とはすなわち、己という存在そのものを贄として魔空へとアクセスできる者。だからこその未来予知。
あらゆる世界の過去から未来までの情報が積算されている情報の大海にアクセスできれば、断片的な未来視も可能となる。
("第三視点"の魔法を開眼した俺自身と──)
"異空渡航"の魔法を利用して至ったアスタート。強靭な肉体と長い刻をかけて"魔空接続"の魔導を会得したアイトエル。
そういった例外を除けば、本来は"魔空"へと到達するのにこれほどの代償を支払う必要があり、それでもなお未知数とも言えるもの。
まったく異なる方法で、かつ常軌を逸しているが……それでも実際にやってのけたのだから、ある種の畏敬の念は拭えない。
「執念は買う。もはや結社に利用されているだけの道具なのかも知れないが……安らかに眠れ」
パチンッと鳴らされた指によって風刃が命脈を絶つと同時に、予報士は真に魔空へと消えたのだった。
◇
「"冥王"だぁ? ……ちィ、そういうことか! "模倣犯"だけじゃなく、"幇助家"の野郎まで裏切ってやがったってことだな!?」
「あぁそうだ、最初からこの結末は決まっていたんだよ。終焉だ、"薬師"」
ベイリルは風の結界の中で、コートを着た男を前に死を宣告する。
「ッ……待てよ、待ってくれ! 模倣犯を仲間に引き入れたんなら、俺だっていいだろうが!!」
「残念だがお前は旧インメル領に伝染病を蔓延させ、治療薬と称して魔薬をばら撒いた──その報いは受けて然るべきだろう」
「アレは実験だったんだから仕方ないだろが! 俺ぁなあ……誰もが幸せに浸れる、"究極の魔薬"の為にがんばってんだよ! わかれよッ!! みんなが救われる為なんだ!!」
「なるほど、それは面白い試みだな」
突き詰めれば人体は化学反応。
思考も感情も、シナプスを通じて電気信号をやりとりするニューロンに過ぎないとも言える。
もしも全員が副作用なく──あるいは無視して半恒久的に夢を見続けられるなら、傍からはディストピアにも見えるがある種の理想郷と言えるかも知れない。
「ただ生憎とそういうのも、財団の領分なんでな」
スラリと抜いた"太刀風"に、薬師はゴクリと唾を飲んで蒼白になる。
「話を聞けって! そもそも病気をばら撒いたのは"医師"のヤツなんだって!! 俺は少しでも楽になるように手配しただけだ!!」
「あぁ。人を救うことに無常の喜びを見出し、その為に自分で患者を作ることも厭わなくなった哀しき狂人か──既に冥府へと送ったよ」
「は……?」
「"将軍"も、"脚本家"も、"玉座"も、"予報士"も、交換人も、"掃除屋"も、"判事"も──」
「し……知らねえ名前ばっか出すな!! なぁアンタ、"冥王"っつったな? 呼び名持ちってことはそもそも同じ結社員なんだろ、どうしてこんな……」
「元結社員だ。ただし"仲介人"すら知り得ないがな」
「わっけわかんねえって! アンタの目的が結社を潰すことなら協力する!! 俺は役に立つ、立って見せるからさあ!」
「もう足りている」
風の刃がズググッと心臓へと刺し込まれていく。
「とはいえ、お前の成果に関しては財団で有効利用させてもらうから安心してくれ」
「ッ……が──」
力なくその場に倒れ伏したのを見届け、アンブラティ結社員を次々にこの世から追放する冥府の王は家屋を後にする。
財団に回収と後始末を頼む為の"使いツバメ"を飛ばし、ゆったりと深呼吸を1つしてから青空を見つめた。
結社を潰す作業が終わるまで、血に染まった手が乾くことはない。
「さぁ外堀は埋まった、天守と本丸を前に……内堀りを埋めるとしようかね」




