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#510 大魔技師の土産


 東連邦の大自然の中に建てられた──かつて来たことのある──晩年の"大魔技師"余生を過ごした山小屋にて。

 俺は誰よりも共に過ごしたとも言える人物と再会する。


「"アイトエル"──久しぶり、でいいのかな」

「うむ、ベイリル。おんしのその様子じゃと……」


 伸ばした黒い長髪に、充血によって紅く染まる灰色の瞳。

 体躯は少女のそれだが、実際には七色竜を除いて、地上の誰よりも生きてきた最古の英傑。



「──あぁ、今の俺は取り巻く全てを理解(・・・・・・・・・)している。だからまた会いにきた」


 魔王具"神出跳靴(あるかずはしらず)"で飛び回るアイトエルを捕捉することは不可能。

 第三視点を継承した俺だけが思い出せる場所の候補はいくつかあったが、1ツ目で当たりを引くことができた。


「それはなによりよ。(わし)にあれこれと教えてった"いつか来るかも知れぬ保険"はもう忘れてもよさそうか」

「あぁ、既に"未知なる未来"を歩みだしたからな」


 俺はゆっくりとアイトエルと抱擁を交わし、近似の魔力色が同調するかのような心地良さを感じ入る。


「良き。戦争(いくさ)のゴタゴタはもう終わったんかの?」

「ひとまずは──こうして暇を見つけて来れる程度には段落ついた」


 帝国は東西に分かたれ、ヴァルターとモーリッツがそれぞれ統治の為に奔走。

 北部はいくつもの都市国家や帝国庇護の属領下となり、一部は皇国や王国によって削り取られたり庇護下となった。

 サイジック領は新たにサイジック法国として独立し、多くの難民を受け入れて本格始動と相成った。



「──それにしても、なんとも不思議な気分よの」

「まったくだ、何度も借り受けた肉体(からだ)だったが……こんなにも華奢だったんだな、アイトエル」

「見た目だけはな。本気ならばベイリル、おんしのほうが華奢なのはよく知っておろう」


 7000年の時を連ねた再会──名残惜しそうに互いに離れ、見つめ合って笑う。


「くっははは、しかしアイトエル……もしかしてここでずっと待っていたのか?」

「絵を描いたり彫刻を造るのも、なかなか悪くなかったぞ」


 そう言ってアイトエルは部屋の隅に乱雑に置かれた山を指差した。お世辞にもそれらは上等とは言えないものだった。


「大魔技師はやはり、自ら拙作と称していた自らの作品群は引き上げちゃったのか……」

「んむ。(わし)が来た時には"そこに掛けられているやつ"と、余った画材・石材や道具しかなかった。強引に入らせてもらったが、なにやら室内に空気がまったく無いようじゃったな。一気に外から流れ込んだ」

「つまり魔術具かなんかで、しっかりと保存状態を維持しておいてくれたわけだな。アイトエルの所為(せい)で台無しになっていないといいが……」


「いちおう布は掛け直しておいたが、劣化していた時はまたやり直せば(・・・・・)良かろう?」

「気軽に言ってくれるなぁ」



 一笑に付しながら俺は奥の壁に掛けられている布を剥ぎ取り、露出した3つの絵画を鑑賞する。

 1枚目は人物画であり、2枚目は風景画、そして3枚目が……遠く"青き星"の絵。


「ベイリル、おんしなら意図するところがわかるかの?」

「あぁ──この絵の意味が本当に理解できるのは、既に死んだ血文字(ブラッドサイン)を除くと……俺とスミレとヴァルターくらいのものかな」


 特に最後の1枚は"転生者"だからこそ、真に揺さぶられるもの。


「最初の女性はきっと転生前の大魔技師の似姿。次が生まれた故郷であるフランスの情景。そして、母なる"地球"」

「ほっほ~う、やはりこれが地球かい」


 転生前の母星、俺にとっては"時空を(へだ)てた片割れ星"とも言える存在。



「あとで財団に回収しに来てもらおう。アイトエルの描いた絵は……──謎のオブジェ共々、今後の成長に期待ということで」

「うっさいわ! なに、時間はたっぷりとある。そうじゃ、せっかくなら青竜(ブリース)と共同制作というのも悪くない」

「ついでに財団に口説き落としてくれるなら願ってもないな。未来(かこ)では、なんのかんの折れてくれるまで結構掛かったからなぁ」


 薄らいだ記憶を思い出していると、アイトエルはちょいちょいっと最後の絵画を指差した。


「……?」

「裏を見てみい」


 言われるがままに俺は"地球"の額縁を浮かせて裏側を覗く──と、そこに貼り付けられていた2つのモノを剥がした。



 まずは手の平大の長さで、先が尖った太い棒状のソレを顔の前に掲げて観察する。


「魔術具を作る為の刻印具(ツール)か何かかな、どことなく年季も感じる。絵画とは別にお土産を残してくれていたとは……ありがたく使わせてもらいます」


 くるくるとペン回しの要領で回転させながら、俺は腰元のバッグの中にしまう。

 リーティアならきっと有効に活用してくれるに違いなく、大魔技師も後輩の為を思えばこそ(のこ)してくれていたのだろうと思う。



 それから空いた左手で、右手に持った鞘から残ったもう1つのモノを引き抜いた。

 

「そしてこっちは短剣(ナイフ)……」


 片刃仕様だが先端のほうだけ両刃となった、やや独特な意匠の短剣。

 俺は魔力を込めて、元々持っていた量産品の短剣を後ろ腰から抜いて交差させると──まるで空気を裂くように──何の抵抗もなく切断される。


「素人目でも凄いな。少なくとも今の(・・・・・・・)リーティアが作る魔鋼よりも質が高い……」


 あるいは"永劫魔剣"こと初代魔王ウィスマーヤが製作した、"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の循環器(やいば)すらも超えているのではないかと。



「どれ、ちと試してみようかい」


 そう言ってアイトエルが瞬時に作り出した"血刃"。

 何物よりも彼女の魔力を通す刃すらも、わずかな重みを感じる程度で斬断してしまった。


「これっぽっちの薄さじゃダメなようじゃな、もっと……なんなら魔空の情報量(アカシッククラウド)を上乗せして──」

「いやいや、対抗せんでいい。しかしこれが大魔技師の本気か、ありがたく使わせてもらおう」


 どうやら魔力を通さなければただの刃、斬りたい時にだけ斬るまさしく名刀のそれ。



「──さて、アイトエルはこれからどうする?」

「うん?」


「俺と……財団と一緒に行くか? じきに独立する"サイジック法国"にはいつでも迎え入れる準備はある」

「あいにくと(わし)は誰にも縛られるつもりはない、これまでもこれからも自由にやらせてもらうわい」


「了解、アイトエルに相応(ふさわ)しい地位(ポスト)なんてのも……世界征服でもしない限り用意できそうにもないしな」

「宇宙を……いや、他の次元を支配してからくるがええ」

「よく言うぜ、まったく」


 アイトエルは涼しげに言い放ち、俺は肩をすくめて苦笑する。


「そうだなぁ──ならいつの日か、魔空(アカシッククラウド)を掌握したら勧誘させてもらうとするか」

「アレはそういう(たぐい)のモノではないがの」


「わかっているよ。俺も一端ではあるが、()れているからな。だからまぁ……またいずれ」

「うむ、気が向いたらいつでも会いに行く」

「待っている、俺の子供が産まれたら是非その腕に抱いてくれ」

「楽しみにしていよう、ではな」


 あっさりとアイトエルは転移してその場から掻き消え、俺は新たな未来へ向かって歩みを再開するのだった。


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