#509 果ての結末
「やっぱ、"邪道"に限るな……うん」
ベイリルは【帝国】領土北東──【王国】との国境線に近い戦場にて、観戦を終える。
「圧倒的な武力によって覇を唱え道とす、鬼札も惜しみなく切るべきだ」
そこに展開されているのは、静止した帝国軍。
たった1人を除いて、漏れなく"金糸"によって縫い付けられて、身動きが完全に制限されていたのだった。
無理に動こうとするほど糸から糸へと衝撃が伝播し、苦痛が全身を駆け巡るも声もまともに出せないという……なんとも悲惨な光景である。
「ベイリルぅ……いちおう生きてるけど、"コイツ"はどうするんだネ?」
返り血に染まったゲイル・オーラムが、"帝国の剣"オイゲン・バウアーの首根っこを片手に俺の前へと着地する。
「おつかれさまです、オーラム殿。いささか心苦しいですが、生かしておいても火種となるので──」
「あっそ」
ゲイル・オーラムは空いた小指を動かすと、キュッと金糸が締まって"帝国の剣"はそのまま絶命する。
継承戦が始まらんとする機に、財団が仕掛けさせた王国軍の帝国領侵攻。
その対応の為に一軍を率いてきたオイゲンは、伏せておいたこちらの切り札であるゲイル・オーラムという罠にまんまと絡め取られてしまった。
「遺体はエルネスタとアルプレヒト両殿下と同様、丁重に整えて移送します」
俺は既に王位継承者を2人、その手に掛けていた。
ケイ・ボルドがアレクシスを単独で討ってくれたおかげで余力を使えたことと、優秀な情報部が動向を突き止めてくれたおかげであった。
「北部総督府も攻めるのかナ?」
「いいえ、そこまで手は届きません。帝国北部はこのまま地方領がそれぞれに独立自治を獲得し、多くの都市国家になればいいかなと」
「王国や皇国がここぞとばかりに出張ってくるんじゃないか~い?」
「でしょうね。群雄割拠で大いに結構です、発生した難民はサイジック法国で新たに受け入れて万々歳なんで」
戦争を手段として利用し、コントロールする。そうしてこそ進化と発展は加速する。
戦乱に乗じてモーリッツやヴァルターが北部を平定したとしても、それはそれで構わない。
「残存兵はどうするぅ?」
「なんか見てて可哀想なんで、離脱と同時に解放してあげましょう」
「あいよん」
軍団指揮官であり、帝国元帥であり、北部総督である"帝国の剣"オイゲン・バウアーが討たれたサマは多くの動けない兵士に目撃された。
本来の王国との戦端で駐在する防衛軍に合流するか、あるいは撤退するといった戦略的判断は、次点の将官が判断するだろう。
地上から天空へと2人同時に飛び上がり、同時に縛り付けていた金糸は回収されて新たにオイゲンの遺体に巻きついて保護する金布となっていく。
「俺は元帥の遺体を届けて、東部総督府へ行きますが……──」
「はいはい、ボクちんは次の予定をこなすってば。まったく人遣いが荒いことだヨ」
「"ここぞ"って時ですからね、極大の戦力を死蔵していちゃもったいない」
「実感がこもってるねェ、ベイリル。キミが100年も眠りこけた未来とやらの」
「7000年と400年前からの総決算です」
俺は古き過去を噛み締めながら新たな未来の在り様に想いを馳せ、穏やかに笑う。
「であればワタシも面倒臭がってもいられんか、今度こそ"未知なる未来"の終着点を見る為にもネ」
「我々が創り上げる未来に果てなんてありませんよ」
ニッと笑う俺に、ゲイルも吊られるように笑みを返す。
「そうありたいものだねェ」
◇
「わぉ、複雑すぎる盤面だ。これを全部、領都にいながらやってのけたんだ?」
シールフは空中に浮かぶ浮遊極鉄を含んだ駒を、チョンッと指で弾いて別の駒へと当てた。
それはビリヤードの球のように次の駒へとぶつかって、飛んできたそれをカプランはキャッチする。
「集めてくれていた情報とテクノロジーの進歩、何よりも指示や命令をしっかりと伝達し実行する中間の人材が優秀だからこそですよ」
「そうは言っても限界があるでしょ。霧に覆われたように不透明な部分も多かったのに、よくこれほど広域戦略をやってのけたものだよ、褒めたげる」
「ははっ、それではありがたく受け取っておきましょう」
カプランはそう口にしてから、じんわりと目を細める。
「なるほどなるほど、その無類の集中力は──復讐の為の小手調べだったと。あっ別に心は読んでないからね?」
「……小手調べのつもりはありませんが、より迅速かつ完璧に終わらせられればそれだけ早く着手できる、という気持ちがあったのは否めません」
かつてシールフは読心カウンセリングで、カプランの妻と娘を殺した真犯人の可能性について提示してくれた。
あくまで可能性に過ぎず、調べても皆目不明だったことが──ベイリルの情報によって新たに明確な輪郭を得ることができた。
「私もベイリルから半ば無理やりぶっこまれた情報の整理が追っついてないけど……"仲介人"、ようやく果たせそうね」
「えぇ……討ち損じはありえません。ベイリルさんも共にやってくれるそうですから」
「だねぇ、ベイリルにとってもアレはとんでもない仇敵のようだから」
「手伝えそうなことがあったら、私に回してくれてもいいよ。記憶を叩き込んで、拷問することも廃人にすることもできる」
「それも、悪くないですね」
あるいは仲介人が当時どういう心境で、具体的にどういう意図でもって妻子を殺したのかも知ることが可能であろう。
「私もちょっち暇になっちゃったからさ」
「"異空渡航"実験の中止ですか」
「そそ。焦り逸って失敗して、行方不明になっちゃうらしくてさ。ちゃんと練りに練って、検証を重ねてからにすることにした」
「……いまだに信じられない思いです。ベイリルさんが遥か未来を見てきて、現在という過去に戻ってきたなんて」
「ふっふっふ、言っておくけど魔導師たる私のほうが驚いてるからね? いくら魔法と言っても限度がある。複合的な要素を緻密に、欠けることなく、奇跡的に組み合わされたからこその芸当だよ」
ベイリルの出自、過ごした時間、才能と努力と技法、切なる想いと狂おしき渇望。
アイトエルという導き手、白竜の加護と黒竜の魔力、適切な魔王具の複数使用。
時間と空間を超越する四次元からの俯瞰、"第三視点"の開眼という魔法に至るのは彼以外には不可能だった。
「まぁまぁ、我々の発起人なればこそ。奇跡くらいは起こしてもらったほうが箔がつくというものでしょう」
「──そうかも、ね……私もたまたま学苑で出会ったわけじゃなかった。ベイリル自身が決定付けた運命によって導かれていた、それくらいやってのける男だったってことだ」
予定調和とも違う、まさしくベイリルが選び取った未来を共に歩んでいくこと。
そこから繋がり続けた、多くの縁。他の何物にも代えがたい大事なものなのだと、改めて2人は認識するのだった。




