#505 天与の越人 II
アレクシスの脳にまで達した斬撃は、いかに帝王の血族とて致命傷は免れえなかった。
その体が大地へと吸い込まれるのと同時に、ケイもまたその場に倒れ込んでしまう。
「うっ、く……うぅ」
「ぐ──クソ、ここにきて……か」
ケイは苦しそうに悶えるも、剣から手を離してはいなかった。
一方でアレクシスは薄れゆく意識を保ちながら、新たに降り立って近付いてくる影を睨みつけた。
「アレクシス殿下」
「モーガニト、貴様──」
姿を現したベイリルは、ゆっくりとしゃがみこむ。
「別に謝る筋合いもないのですが……申し訳ありません、これも継承戦なればこそ──討たせていただきました」
「野心に、目覚めたか」
「むしろ──野望、ですかね。ずっと以前から抱いていた……そう数百年か、あるいは数千年とまたいだ大いなる未来です」
俺の言っていることを理解できるはずもなく、アレクシスはただ怒りを見せながらもただ静かに現状を受け入れているようだった。
「……戦争、狂いが。その果てに手に入れたものなど──」
「俺は戦争を手段として用いますし、時と場合によって目的とすることも否定はしない。しかしただイタズラに戦災を拡げるような、この手で殺した戦帝と同じ轍は踏みません」
「戦帝を……貴様が?」
「えぇ、陛下は先に冥府にてお待ちです。そして帝国は、世界は……新たな時代を迎えることでしょう」
「好き勝手に思い描く未来か、知れたものではないな」
「未知、だから──おもしろいんですよ」
しぶとく喋りながらもアレクシスは出血し続け、もう残る時間が少ないのは明白であった。
「帝国最強の雄、アレクシス・レーヴェンタール。力を持ちながら、傲慢なれど好き勝手に振るわなかったその気性、改めて敬意を表します」
「貴様、なぞ……に、払われる敬意など、あるものか」
「ほんのわずかばかりですが、数奇な縁でした。もしも帝国王族としての立場を捨て、我々と共に歩むのならば今からでも助けることもできますが」
「ふざ……け、るな」
「でしょうね、貴方は誰かに阿るような人間じゃあない。では戦帝と共に冥府にて、おやすみください」
「冥府などというものが……あるの、なら……私は──」
最後まで言葉は紡がれることはなく、アレクシス・レーヴェンタールの目は閉じられ──永劫、開くことはなくなった。
俺はその遺体はひとまず置き、会話と並行しつつ状態の無事を確認していた後輩を抱き起こす。
「後詰めはいらなかったな。美事だ、ケイちゃん」
「あっ、ベイリルさん……お手数おかけします。技を盗んじゃってごめんなさい」
「くっはは……うん、迷宮最下層での手合わせで披露して見せただけなのに、こうも再現されるとは思わなかった」
俺は乾いた笑いをしつつ、その天稟の差を見せつけられた思いだった。
"雲耀・天断ち"──それは技術としての魔剣であり、未来において数百年掛けて編み出した純然たる剣技である。
初速から全開の雷光が如き神速の太刀。
その術理は、突進しながら大きく踏み込み幅を取り、間合いに入った瞬間、地面を足が着くより迅く横薙ぐ居合のような両手持ちの一刀剣技。
そして"魔剣"たる所以。真価にして精髄は、そこからの一挙手一投足に在り。
相手がその速度に反応できなければ、勢いのままに斬り抜けて殺す。
もしも回避行動あるいは防御といった備えを見せれば、柔軟かつ強靭な手首の返しだけで──枝分かれするように──振り下ろしへと変化・連絡・結合させる。
さらに刹那のタイミングを逃さず体を預けるように踏み込むことで、重さと運動エネルギーを確保すると同時に集約させ、虚を突いた脳天割りが炸裂する。
確固たる肉体制御と、雷光が如き反射と思考、精緻精妙な操作あってこそ成し得る魔剣。
「もしかして……ご気分を害されたり、しました?」
「いや俺が編み出した技を、一部でも受け継いでくれるのは素直に嬉しいよ」
偽らざる本心である。
継承こそが"文明回華"の本質、"人類皆進化"への道。
本来は"天眼"をフル活用してはじめて成り立つ技術なのだが、似て非なる"無念無想"の極致を体現するケイ・ボルドだからこそ完コピし得た魔剣。
「はい! それじゃありがたく使わせていただきます。でも、プラタとアレクシスさんのマネはもう二度イヤです、これ自分を削るやつです」
さらに"永劫魔剣"の増幅器としての役割を、自分自身の肉体を用いて行使する──それは特定極少数の体質にのみ許された、ある種の特権まで模倣した。
常人が同じことをやろうとすれば、その代償は自家中毒を引き起こしかねない危険なものとなる。
(剣技はともかく……増幅器の代替なんて普通は真似しようったって不可能なんだがな。それをぶっつけ本番で不完全ながらもやってしまうのが、"天与の越人"と言える領域だ)
ゲイル・オーラム然り、アレクシス・レーヴェンタール然り、ケイ・ボルド然り、である。
「とにもかくにも、これで趨勢は決した。ありがとう、ケイちゃん」
「はい、わたしの唯一の取り得が役立ててもらえてよかったです」
恐るべき後輩にして、頼れる仮弟子を抱えたまま、俺は空へと飛びあがり歪光迷彩で身を隠した。
(戦力は温存できたが、出番は無いに越したことない──さすがにきついからな)
初日──"折れぬ鋼の"、上級大将シュルツ、戦帝バルドゥル・レーヴェンタールの3人と一気に戦い、勝利した。
その為にスライムカプセルを許容量以上に複合摂取し、魔王具"虹色の染色"を惜しみなく使い倒した。
無理やり誤魔化してはいるものの、その反動──何日寝ても、未だ揺り返しは回復しきっていない。
(アンブラティ結社を相手にするまでには……万全に戻しておかないとな)
俺はさらに未来までを見据えつつ、現在について考える。
収集した情報を統合すると、東部総督フリーダは海戦にて没した。
その上で転戦していた総督補佐アレクシスも討ち倒した今、戦線と総督府中枢はほどなく維持できなくなるだろう。
内応しているヴァルターが西部と中央を制圧して西帝国を宣言するタイミングを計りつつ、モーリッツが東帝国を樹立させる。
(北方帝国も分裂しそうな感じだが──まぁいい、終着としては充分すぎる)
あとは残る混乱を治めながら、"サイジック法国"として独立し国力を高めるだけである。




