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#504 天与の越人 I


 暁時(あかつきどき)に現れた剣士は、深々と下げた頭を上げる。


「どうもです。ご挨拶するのは……はじめまして、ですね」


 多少の礼儀は心得てはいるようだが、状況から察するに少女は敵なのは確定的。


「……たしかにどこか見たことのある顔だ」

「サイジック領都、ゲアッセブルクの"龍水の庵"のところで──」


 アレクシスは思い出そうとするも、どこか曖昧なまま眉をひそめる。


「──あっ、別に無理に思い出していただくなくても大丈夫です。本日は、果し合いをすべく参上させていただきました"ケイ・ボルド"と申します」

「きさまが? この私とたった一人で……だと?」

「勝負にならないと、本当に思います?」


 他意はなくただただ純粋な笑みを浮かべたケイに対し、アレクシスは本能的にその異様さを理解する。

 先刻まで戦っていたバリスとプラシオスも、世界有数の強者──"伝家の宝刀"級であることは疑いない。


 しかし彼女はさらに一線を画すということを。



同類(・・)、か。難儀だろう」

「いえ──わたしなんかの(ちから)で何かを成せるなら、とても嬉しいですけど……」

「それでやることが闘争か、さっきのケダモノどもといい……実にくだらない」

「できることはそれくらいですから。"未知なる未来"へ進む一歩です」


 スラリと魔鋼剣を二振り──鞘から白刃を抜いたケイは、ゆったりと左右に自然体で構える。


「平民風情が、身の程を知れ」

「一応は東部連邦の都市国家の一つを継げるくらいの家系なんですけど……」



 互いに扱うは、無属魔術による純然たる魔力力場。

 一方は周囲どころか己の使った魔力をも即座に吸収し、循環使用できる無尽蔵に近い体質。

 一方はただひたすらに研ぎ澄ました魔力を、全て攻撃に振り切った我流戦型。


 その強度は伝家の宝刀の水準すらも超える"天与の越人"。

 "規格外たる頂人"たる五英傑に次ぐ──あるいは英傑となれる潜在性(ポテンシャル)を秘めた、理に囚われぬ怪物。


()が高い」


 アレクシスが打ち放った力場を、ケイは軽い調子で斬り断つ。


「──っと。たしかに帝国王族に比べれば小さいものかも知れませんが」


 単純な総出力そのものはアレクシスのほうが高いものの、ケイの双剣は極度集中させたそれである。



「どうやら……口だけではないらしい」

「それじゃ今度はこちらから、いきますね」


 律儀に宣言すると同時に、ケイは一歩の踏み込みで間合いを詰めていた。

 そして無念無想の境地から命へ届かせる斬撃を、アレクシスは天性の戦闘勘(バトルセンス)により皮一枚で(かわ)す。


 さらにほぼ同時とも思えるほど間断なく迫る二本目の刃は避けきれないと見るや、それを右手で()らしきったのだった。


こんな感じ(・・・・・)か、力場を一箇所に集める──こんなやり方もあるのだな」

「おぉ!? 見ただけで真似たんですか? すごいです!!」


 アレクシスは咄嗟に魔力出力を左手に集中させることで、ケイの斬撃を無傷のままいなしたのだった。

 非常に(しゃく)に触ることだったが──バリスとプラシオスに翻弄された憤怒を思えば──これもまた"適応"というものだろう。



「随分と悠長なやつだ。きさまの戦型(やりかた)はもう通じないということだぞ」

「そうとは限りませんけど──」

「……なに?」


 あっけらかんと言うケイに対し、アレクシスはやや苛立(いらだ)った声音で聞く。


「今あなたが学んだように、わたしも自分の限界を突破すればいいだけですから。もっと、もっっっと頑張ればいい」


 左順手の突き込みにアレクシスは体軸をズラしつつ、右逆手に持ち替えられた魔鋼剣を左手でパリィした──


「なるほど」


 はずだったが、今度は一筋(ひとすじ)の赤からポタポタと出血していた。

 最初に受け流した時よりも上手くやれたと感じたのだが、彼女は言葉通りそれをさらに超えてきたのだった。



「まずは一手、もらいました」

「認めよう、己の増長と未熟さを。そしてケイ・ボルド、だったか──きさまが全力で戦うに足るだけの存在だと」


 グッと流血する左手を握ると、血が止まると同時に傷が塞がる。

 帝王の血族としての自己治癒能力と、アレクシス自身の闘争心によって。


「はい、あらためまして対よろです」





 単純な(ちから)など通用せず。どのような速度も(とら)えられ。積み上げた技術を嘲笑(あざわら)うかのように。

 攻防における戦術など知ったことかと。魔術においてすら意味を成さない──そんな人を越えし2人だけの闘争にして競演。


 互いに決定打はなく──ただ己自身の感覚に導かれながら──高みへと昇り続ける途中で、双方の手が止まる。


「どうやら底が見えてきたな」


「っはぁ……ふぅ──そう、みたい……ですね。魔力切れを起こさないなんて、ずるいです」

「生まれもったモノの差を知れ。持ち得ている者同士でも、決して越えられない壁というものを」


「でもわたしにはこれしかない。愚直でもずっとこれでやってきたんです、だから──ちょっとだけいいですか?」

「命乞いか?」

「いえ──少々お待ちいただければなと」


 するとケイは双剣の片一方を鞘へと戻すと、着ていた財団員ローブを脱いで地面へと置き、さらに体から剣帯を外してその上へと落とした。



「一刀か」

「まぁそうなります、二刀のほうが得意なんですけど……このままだと勝てそうにないので」


 言いながら乳白色のアタッチメントを、魔鋼剣の鍔へと取り付けた。


「なんだそれは」

「お待たせしましたので、お答えします──これは、試作の"安定器"です」

「……?」

「"永劫魔剣"という魔法具をご存じですか? あれは魔力を柄によって増幅し、それを鍔によって安定させ、刃に循環させるらしいです」

「その剣が魔法具だと?」


 アレクシスの言葉に、ケイはふるふると首を横に振る。


「いいえ。これはただの魔鋼剣ですので……魔導科学(マギエンス)による真似事(マネゴト)です。そして増幅器はわたし自身──プラタ(・・・)アレクシス(あなた)を参考に、二刀分を一刀に込めます」



 諸手(もろて)に魔鋼剣を握ったケイは腰を深く落とし、半身に刀身を隠すように構える。


「それとベイリルさんが見せてくれた技も使わせてもらいます」

「ベイリル……モーガニト。そうか──ここまでのことは、奴の差し金か」


(いわ)く、とっても長い(・・・・・・)研鑽の果て(・・・・・)に得た"魔剣"だそうで、わたしも防御するので手一杯でした」


 ケイは己の魔力を限界まで練り上げ、一気に魔鋼剣へと注いだ。

 白刃に浮かんだ紋様が一層輝くのと同時に、その肉体は躍動してアレクシスを死域へと強引に(いざな)う。


 一歩。

 地を蹴った左足から流れるように、右足が大地に踏み込まれるよりも速く、体の左側から真横に弧を(えが)(きらめ)き。

 そのまま斬断するよりもさらに速く、アレクシスは右腕で魔力の力場を放出しながら払いのける──


 刹那。

 ケイの両手首が捻転するように瞬時に返され、倒れ込むように地面を踏みしめる右足と重なった。

 それでもアレクシスは咄嗟に反応し、力場を(まと)った左手で振り下ろされる白刃を受け止める──



「曲、芸……が──」 


 全身全霊が込められた、究極とも言える一振りの剣。

 それは果たして斬断にまでは至らなかった。


 しかしてアレクシスの左手を半ば切断し、頭蓋まで三寸ほど斬り込んでいたのだった。


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