#501 鉄人
「海中だ! ソッチ、巨大いぞ!!」
キャシーが総毛立ったということは、彼女の電磁波網に引っ掛かったということに他ならない。
その確度に関しても、迷宮攻略において外したことは一度としてなかった。
「左舷いっぱい! 砲雷撃戦用意──!」
『左舷へ全力回頭ォオ!! 砲雷撃戦の準備急げッッ!!』
キャシーが指を差した方向を避けるように、装甲艦が大きく傾き始める。
「雷撃戦? アタシのことか」
「違うし、水の中を進む兵器のこと」
その数瞬後に──海震を伴って出現した"怪獣"は、フラウの重力魔術によってその勢いを大幅に削られて艦は直撃を免れる。
「うっわぁ、きもちわっる~~~」
肥大化した硬質な盾殻に、マダラ模様の前腕が見え、薄い青緑の甲殻をかぶったヤドカリのような化物。
「ってかこれアレじゃない? 前にベイリルが討伐したってぇ──」
牙がビッシリと生えた縦に割られた二叉の口腔、さらに表面は光沢をもった体液が水を弾いているようだった。
その大きさは水中に隠れている部分を含め、ざっと30メートルほどにはなろうかというもので……装甲艦であろうとも簡単に沈められてしまうだろう。
「……ワーム海の水底に潜む悪夢──"魔獣メキリヴナ"」
基本的に海上ではなく、数十年に1度くらいの周期で沿岸に現れる魔獣であり、ワーム海賊であってもソディアはそれを死体でしか見たことがなかった。
確かにベイリルとゲイル・オーラムの手によって打ち倒されたはずで、その素材は今乗っている装甲艦の一部外装にも使われている。
討伐された個体はさらに3倍以上は大きかったと記憶していたので、あるいは成体となる途中なのかも知れない。
「しゃあっ! アタシの獲物だ!!」
「キャシー、ダメだよ~」
「っんでだよ!」
フラウの制止に、キャシーは露骨に顔をゆがめる。
「他にもいるかも知れないから、キャシーは警戒してないと」
「……キャシー、うちからも頼むし。こんなの偶然じゃありえない、明らかに作為的なモノを感じるから」
「ちぇっ、しゃーねえな」
渋々といった様子でキャシーは首をコキコキと回して、アンテナを周囲に張る。
「おじいちゃん、必ず運ぶから心配しないで」
「はははっ頼もしい、了解しました。さすがに海の上で魔獣を相手取るとなると、ワシらもほとんど戦力にはなれませんでな」
ベルクマンはドッシリと肝が据わった様子で、激しい揺れにも根を張ったように不動だった。
「各艦、順次砲雷撃開始──!」
『各艦、退避行動と並行! 射程に捉え次第、砲雷撃開始ィッッ!!』
フラウの重力魔術で動きの鈍くなっている魔獣メキリヴナに対し、砲弾と魚雷が飛んでいく。
しかしいかに最先端の大砲と魚雷であっても、その堅牢さを容易く打ち破ることはできない。
「フラウ、魔獣をまかせられる?」
「ん~~~そうすると、以降はあーしの戦力には期待できないかもよー?」
「しょうがないし。これが今の最適解」
「おっけぃ~ソデイアが言うなら。それにデカブツ相手には、キャシーよりもあーしのほうが向いてるしねぇ~。ちょうどTEK装備も試したかったしーーー」
フラウは魔獣メキリヴナへと向けていた両手の内、右手はそのままに左手の平を天高く掲げた。
そしてグッと虚空を握り締めると、続いて振り下ろす。
「そいじゃ、アッチはまかされよう!」
灰色装甲旗艦から反重力で浮き上がったフラウと交差するように、いくつにも輪切りにされたような線の入った"金属製の卵"が上空から落ちてきて、そのまま海中へと沈んでいってしまった。
「さぁさぁ、お立ち会い。とびっきりのお披露目っだーーー!!」
しばらくして振り下ろした左手を振り上げると、海底にある岩石類が合体し、丸みを帯びた"巨大な人型シルエット"が海中から出現する。
その巨人の肩に乗ったフラウは──魔獣メキリヴナと同じ目線に立って──かつて円卓第十席たる"双術士"と戦った時のことを思い出していた。
されど重力を強引に作用させて作った、あの時の大型ゴーレムとは違う。
新たなそれは各関節部に浮遊極鉄と黄伝導竜素材を使用し、磁性・軽量化させて巨大人型に形成したもの。
関節部を集中して操作することで負担を減らしつつ、細かくダイナミックな動きを可能とするフラウ専用のTEK装備。
「"重鉄人28号"──発進!!」
フラウの声に呼応するように両腕を振り上げた重鉄人は──その鈍重そうな見た目とは裏腹に──海中から飛び上がり、魔獣メキリヴナ目掛けてキックをお見舞いするのだった。
◇
(──なるほど、実働部隊は帆のない八隻の船。おそらくはあたしゃらの知らない魔術か……あるいは技術によって動いているわけかい)
東部総督フリーダ・ユーバシャールは、総督府直下のすぐに動ける海軍を率いて出撃していた。
(あの機動性に加えてとんでもない大砲の射程と精度じゃが、魔獣メキリヴナにさほど痛痒を与えられないと見るや──)
望遠の魔術具を用いて、離れた位置から観察する──
可能な限りすぐに動かしたはずだったが、既に沿岸部に肉薄するまでに侵攻されているとは……相手方の初動が異常なほどに迅速極まりない。
(あんような大駒まで出してこようとは……アレクシスを地上に充てたんは失敗だったかい)
魔獣メキリヴナの幼体──帝国が保有している海戦用の生体決戦兵器──眠らせていた"諸刃の宝刀"までも、緊急時の強権を発動させて投入した。
かつて帝国"工房"を立ち上げた、大魔技師の高弟の1人によって《のこ》遺された魔導具。
詳しい原理は不明。それは魔獣を操る……というよりは、ただ追い払う為のシロモノ。
注ぎ込まれた魔力が特定の波動のようなモノを生み出すとかで、魔獣が嫌がるのを利用し、敵方に誘導することで好き勝手に暴れさせるというだけ。
過去に1度だけ使われた際には、幼体ながらも魔獣が再び眠るまでに多大なる犠牲を強いたという"曰く付き"。
保有していると言っても──あくまで性質を利用しているだけであって──決して制御しているわけではない。
後々のことはひとまず目を瞑り、魔獣メキリヴナを回遊させることで、総督府直下の海上の輸送船団だけが襲われない状況を作るはずだった。
(しっかし……魔獣と拮抗するどころか、倒しそうな勢いよ。まったくあたしゃの読みも甘くなったもんさねぇ)
そんなことまで読み切れるとすれば、それはもはや人間ではないだろう。
しかし百も承知であっても、限られた戦力の中しか使えなくても、フリーダ・ユーバシャールは自身の至らなさを恥じ入る。
(仕方なあ、魔獣ナシであんような未知の艦船──咄嗟の機動性と速力に火力……普通に戦ってもこっちが減らさっるだけかい)
──ゆえに彼女は総督府の長でありながら自らの"魔導"を発動させ、己が出撃することすら厭わないのであった。




