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#493 戦帝 II


「随分と精巧で透明感のあるガラス瓶だ──」


 戦帝はイーリスから奪った解毒瓶の中身を肌に塗りつけ、さらには残りを飲み干してから、握力でグシャリと潰してパラパラと破片を地面へ落とす。


「さて……放浪の古傭兵、実に美事だ。こと守護者となった時の底力、最初の時とは大違い。存分に楽しませてもらった」


 双盾もボロボロになったガライアムの背後にはイーリスとオズマが倒れ伏し、かろうじて意識が残るファンランも満身創痍で水壁を保てなくなる。

 他方、無数の傷が残る戦帝は消耗こそすれ、彼我の戦力比は開くばかりであった。



「武人として殺すことこそ礼儀であろうが、生かしておくのも悪くない」

「……戦の王、若き芽を摘むことまかりならん」

「フッハッハッハ!! ならばその老体だけは、差し出してもらおうか」


 大剣を右肩に担いだ戦帝。

 さながら首斬り役人が刑死者へと向けるような眼差しを、ガライアムは黙して受け止める。



「──お取り込み中、失礼します」


 戦帝とガライアムの間に、ベイリル(おれ)は天空から割って入る。


「モーガニト? 貴様、どうし──いや、そういうことか。傭兵と冒険者を雇用したと言っていたな、夢中になりすぎて気付かなんだわ」


 ギラリと猛禽類がごとき鋭い眼光でこちらを刺しながら、戦帝はクツクツと笑い出す。


「この状況でオレを狙うということは……計画されたことだな。つまりこたびの遠征戦を決定付けた要因──ヴァルターが決起したといったところか」


 俺は奮戦してくれた4人の状態を把握しながら、戦帝の話を聞く。


「あれが大人しくなったのは魔導具を得た頃からか……事ここに至るまで爪を隠し、牙を研ぎ続けていたわけか。だがそうなれば、他の子らも黙ってはいまい。帝国は大規模な内戦へと突入するな」

「まったく、ほとんど情報を得てないはずなのに大部分が的中しているとは恐れ入りますよ」


 単純な強度だけではなく、頭の回転と戦況読みも超が付く一級品。

 それもまたレーヴェンタール。定向進化の血族史、戦争の申し子と呼ばれる所以(ゆえん)にして脅威。



「ガライアム殿(どの)、ファンランさん、大丈夫ですか?」


 ガライアムはコクリと静かにうなずき、ファンランは声を絞り出す。


「なんとか、ね……別に倒してやろうだとか色気を出したつもりはないんだけど。足止めの手伝いどころか、ガライアム老の足手まといになって情けないことさ」

「……気にするな」


 俺は手の中に持った青スライムカプセルを潰し、風に乗せて4人を癒す。


「間に合ったので御の字ということで」



「──ん~む、やはり皇国侵攻は一度切り上げなければならんようだな、残念だ。して、モーガニト──キサマ、今からでもオレに付く気はあるか?」

「光栄なことですが、お断りさせていただきます。しかしながら、兼ねてからのご希望は叶えて差し上げますよ?」

「なに? ほう……そうか。キサマも楽しませてくれるか、それは素晴らしい提案だ」


 どこまでも度し難い戦帝に対し、俺は少しばかり(トゲ)のある言葉を選ぶことにする。


「初代帝王ローレンツより連綿と続きしレーヴェンタールの血族において、最も苛烈な戦帝──戦争を最上に置く貴方は、世界にとっての害悪だ」

「言ってくれる」

「目的と手段が入れ替わってしまった帝王陛下、貴方を生かしておくことはできません」


 向こう100年間昏睡していた俺は、過去(みらい)の歴史として知っているだけ。

 しかしそれでも残された爪痕、その戦災は多大な被害と影響を残した。それを繰り返させたりはしない。



「自国の利益という点において、結果的に寄与していることは評価できることですが……俺が望むのは人類すべての底上げ。相容れない以上は、どちらかが歴史の舞台より降りる他ない」

「大義など不純物に過ぎん。余計な感情を持ち込めば、負けるぞモーガニト」

「それは最後まで立っていてから、俺の死体におっしゃってください」


「ハハハハッ!! 舌戦もやるではないか。期待できそうだぞ、"円卓殺し"」

「期待以上のモノを見せて差し上げましょう。ただその前に──」


 戦帝を前にして俺は黒スライムカプセルを散布し、一息に吸い込む。

 周囲の魔力を魔王具"虹色の染色(わたしいろそめあげて)"で俺の色へと変換しながら、最効率の充填を完了させた。



「なんだ? モーガニト、キサマも一戦交えてきたと見える」


 眼前で補給を見逃す戦帝に、俺は追加で"活性の赤"と"栄養の黄"を摂取しながら答える。


「二戦、ですかね。シュルツ殿(どの)をこの手で──」

「そうか……シュルツも逝ったか」


「あと"折れぬ鋼の"を」


 その言葉にはさすがに戦帝も呆気に取られた様子だった。


「オレの聞き間違いか?」

「いいえ、ヴァルターが戦帝(あなた)への対抗策として用意していた一手です。さすがに殺せませんし、俺一人でやったわけではないですが……また会うとしても何十年後になるでしょう」

「……いまいち()せんな、アレを相手に己の命を天秤にかけてまでキサマに何の得があるのか?」

あんなの(・・・・)がいてはイロイロと都合が悪いでしょう、世界を制覇するにあたってね」


 ここまではあくまで臣下であり、格下を相手にしているような調子だった戦帝の瞳が変わる。

 どのような形であれ"折れぬ鋼の"を無力化したことは、同等以上の存在として認めるに足る事実ということだった。



「道理だ。キサマを屈服させ、最高の貢ぎ物とさせてもらうぞモーガニト」

「やれるものなら。手傷を負っているようですが、まさか卑怯とは言いませんよね?」

「戦争においてそのような戯言(たわごと)を吐く惰弱(だじゃく)な者がいれば、オレは斬って捨てるやも知れんな」


「筋金入りだ。戦場が何でもアリとはいえ、個人的な礼儀には(のっと)らせてもらいます。一対一(・・・)でお相手しますよ」


 実際には連係も取れない4人と戦っても逆に戦力低下を招くだけなのだが、まるで恩を売りつけるように俺は口にした。


「良い度胸だ……男はそうでなくてはな」


 すると戦帝はなにやら"骨で作られた器"を取り出し、ドロリとした液体を飲み込む。


「この一本で、地方領が軽く一年は安泰なくらい()が張る上に、たった一本作るのに十数年と掛かるほどの代物。だがモーガニト、貴様の価値はそれ以上だろう?」

「くっはは、当然です」


 戦争を誰よりも深く楽しむ為に、その財力と権力は惜しまない。

 即効性と血族としての肉体も相まってか、戦帝の傷は完全に塞がってしまっていた。

 落とし子であるロスタンを彷彿とさせる自己再生能力、殺し切るには相応の術技が必要ということ。



「其は空にして冥、天にして烈。我その一端を享映(きょうえい)己道(きどう)を果たさん。魔道(まどう)(ことわり)、ここに()り」


 戦帝がドーピングを肉体に馴染ませている間に、俺は"決戦流法(モード)・烈"を完了させる。


「実に(たぎ)るッ! 簡単に倒れてくれるなよ、モーガニトォオオ!!」

「戦帝、貴方が作る"陳腐"な時代はこれからの未来に必要ない──ッ!」



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