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#492 戦帝 I


「まったく──時間稼ぎ目的なぞ、一息に()り潰すつもりだったのだがな」

「……」


 "戦帝"バルドゥル・レーヴェンタールは、やや肩を落としながら"放浪の古傭兵"ガライアムを見る。


「守勢によってその勇名を()せただけのことはあるということか。だがこうも徹底されると、飽きも早いというものよ」


 戦帝は無傷のまま、一方でガライアムは細かい傷が見られるが戦力が低下するほどの怪我を負ってはいない。

 むしろ彼らが戦っていた土地のほうが、見る影もなく変わってしまっていた。


「オレを釘付けにすることで誰が得する、か……数え切れんな。寡黙なキサマは答えてもくれんのだろう」


 ガライアムは握り込んだ双大盾を、ジャリジャリと地面に擦る。



「ほう……どうやら待ち人は来たる、か?」


 睨み合った状態から戦帝の顔を右側の空へと向けると、その視線の先から一人の女がやって来て着地する。


「お・ま・た・せ」

「──"刃鳴り"が、負けたか」

「あの一瞬で誰が誰を連れてったのか見えてたの? オジサン、なかなか眼がいいじゃん」


 相対したイーリスは、へらへらと笑いながら余裕を見せる。


「ってかさ、淡白すぎない? あの人ってアレでしょ。たしかずっと付き従ってきた近衛騎士で、兄弟子だったけ? なんでしょ」

「よくよく調べているな」

「お狐さんがぺらぺら話してくれたけど?」

「それは嘘だな、あいつはお喋りではない」

「はっはっはぁ~、その様子だと察してはいるみたいだね。でも少しは哀しまないのかな~? 死んだ(・・・)のに」


「戦場の(なら)い。強者は弱者を淘汰し、感情を出すのは適切な時と場所を選び、人事を尽くしてなお勝った敗けたは戦術家の常」


 動揺を誘うつもりだったイーリスだが、帝国の頂点は小揺るぎもしない。



「ご立派ぁ……ほんっと根っからの戦争狂なん──っだ!」


 イーリスは双剣を抜きざまにワイヤーを伸ばす。

 連節した刃の切っ先は戦帝の左籠手によって掴まれ、同時に右手で振るった大剣で矢を切り払っていた(・・・・・・・・・)


「面白い武器だ」


 戦帝はイーリスの蛇剣をあっさりと離し、矢が飛んできた方向を一瞥(いちべつ)する。


「ちぇっ不意討ちは効かずかぁ……まったくぅ、兄貴のヘタクソ」

「機は完璧だった。が、まだ足りん」


 さらにオズマとファンランがそれぞれ集結し、多勢に無勢の構図となる。



「"熔鉄"、"風水剣"……結局オレに最後まで付いてこれる者などいないか」

「へっ、帝王さんよ。あんたもココが最期になるんだぜ?」

「そーそー、誤差だよ誤差ぁ」


 オズマとイーリスの煽りを無視して、戦帝は空を仰ぐ。


「冥府の道行はあやつらに任せるとして──手負い混じりが気になるが……()るつもりなら我が三騎士を打ち倒したその力量、楽しませてもらおうか」





 "折れぬ鋼の"を片割れ星に追放してほどなく。

 ベイリル(おれ)は天空から目的の人物を見つけて、その眼前へと降り立った。


「──お急ぎですか? "シュルツ"上級大将」

「一体、どういうつもりだ……? モーガニト伯ッ!!」


 ただし明確な敵意と、攻撃魔術の洗礼でもって足を止めさせてから。


「シュルツ殿(どの)、貴方に恨みはありませんが戦帝のもとへは行かせません」

「まさか、伯……貴公も謀反に加担しているというのか!?」


「えぇまぁ。モーリッツ殿下の協力者で、ヴァルター殿下と共闘を結んでいます」



 シュルツはギリッと歯噛みしながら顔を歪める。


「陛下から取り立ててもらった恩を忘れたか」

「いえいえ、もちろん返すつもりですよ。"戦帝にとって素晴らしい形"でね」

「何を言っている……? よもや──」


「まぁ少しだけ早まりましたか。とはいえ戦帝から望んだ果し合い(・・・・)ですから、遠慮なく討たせていただきます」

「それで恩を返すのだとのたまうつもりか」

「戦帝なら笑って受け入れてくれると思いますが?」

「……ぐっ、それはそうだが」


 戦帝の気性をよくよく知る人物なだけに、俺の言葉を否定できないのはわかりきっていた。



「それにこれは歴とした継承戦の範囲内、つまりは戦争(・・)です。帝国史上無いというだけで、王位の簒奪(さんだつ)自体は誰にも許されていますしね」

「帝王の座が望みか!!」

「俺自身は帝国の玉座に興味はありません、俺の野望(ゆめ)はそんなちっぽけなものに収まらない」


 その言葉に、まるで自分自身が侮辱されたようにシュルツは怒りの感情を(あらわ)にする。


「どうやら貴公を買い被っていたようだ、モーガニト伯」

「より魅力的に、より高く見せるのも商売の基本なれば。褒め言葉として受け取っておきましょうか」


 笑いながら肩をすくめつつ、俺は真剣な面持ちへとシュルツへと向けた。


「シュルツ上級大将、貴方は戦帝に寄り過ぎている……裏切るわけもないし、放置すれば後々の禍根(ひだね)となる。ここで命脈を絶たせてもらいます」

「戦帝の御手を(わずら)わせるまでもない! 貴公はここで死ね!!」


 右逆手(さかて)に短剣、左掌に炎球を生成したシュルツは、完全な臨戦態勢へと移る。



「"六重六枚風(むつえろくまいかぜ)"──(さい)


 シュルツの動きよりも一手早く──俺は人差し指と中指を揃えて立て、大気を固めた盾壁(けんぺき)で六方を六重に囲んで閉じ込めた。

 重ねた空壁(くうへき)は単に閉じ込めるだけでなく、それぞれ役割が存在し、一枚ずつ消費していく形でフルコースをお見舞いする。


(とう)(おん)(ねん)(らん)(らい)(ばく)


 液体窒素によって急速凍結させ、密閉空間で轟音が反響して全身を揺さぶり、水素爆燃と同時に、盾壁が分解され空気を送り込んでバックドラフトを引き起こしながら暴力的な炎嵐で撹拌する。

 荒れ狂った風圧は収束・圧縮して電離気体(プラズマ)となって疾駆(はし)り、封入していた重合窒素(ポリニトロ・)爆轟(ボム)が炸裂した。


(かい)!」


 二本指を水平にピッと振り下ろし、最後に余波を丸ごと圧潰して締め。

 こうしてシュルツは跡形も残らず地上から消滅した。

 戦帝の保有戦力を糾合する可能性が最も高い人物を殺したことで、情報が伝達されることもなくなった。


「戦争そのものを目的として続ける限り、巡り廻っていつか支払うツケを払う時がきたというだけです」


 俺はシュルツのいた場所にそう言い残し、空中へと加速するのだった。


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