#491 刃鳴り
「風貌や雰囲気から察するに……雇われか。皇国か?」
隻腕と、毛が抜けきった尻尾が特徴的な"刃鳴り"は、狐人族らしい尖り獣耳をわずかに動かす。
「いんや~、違うね」
「馬鹿正直に言うはずもない──か」
刃鳴りは大刀の鞘を尻尾で支えると、腰を落として柄へと手を掛けた。
「あはっ、イイね! なんかすっごい堂に入ってる、って感じ。正直顔も好みだし、声も痺れる。惚れちゃいそ~だもん、ってかあたしと今からどう? 目的は足止めだけど寝返ってくれるなら最高」
「世迷言を……」
「だよねぇ、そう聞こえてもしょうがないけど」
「小娘に興味もない」
「ふーーーん、へ~~~それってぇ、あたしに魅力が無いってこと?」
「語るに及ばず」
「うわ……ムカついた。実は足止めじゃなくて首級を狩ってもイイって言われてんだけどなー?」
「やれるものなら」
リィ──ンッという独特な刃鳴り音が、一拍遅れてから耳に届く速度の斬撃。
しかしイーリスはさらに素早く腰元の双剣を振り上げ、弾き逸らしていた。
「くっくっく、あたしとは相性が悪いよぉ」
さらに二度、三度と放たれる居合いを、イーリスは連結させた双刃剣を回しながら受け流していく。
「なるほどそうか、きさま……見えているな」
「あっははは~、そのとおり! あたしの眼には太刀筋がバッチシ視えてる」
研ぎ澄まされた動体視力と反射神経が織り成す、究極の即応能力こそがイーリス最大の武器。
「ならば」
息を入れた刃鳴りは、斬撃を──直接イーリスへ向かわせるでなく──地面へと向けた。
幾重にも重ねつつ、軌道が無数に変化した白刃であったが……それでもイーリスは全てを捌ききる。
「すっごぉ……"跳斬"とでも言えばいいの? その剛剣なら地形くらい簡単に斬り下ろしても不足なさそーなのに、絶妙な角度で力と流れを転換させてんだね」
「口の減らぬ小娘だ」
「だったらぁ、ねぇ? 力尽くで黙らせてみなってばぁ」
「そうさせてもらおう」
斬撃の回転がさらに一段上がる。刃鳴り音が途切れないほどに、刃を抜いては納めるを繰り返す──
だがイーリスの肉体には届かない。
「あーあーあーあー、刀身もちょこちょこボロくなってきたね。そっちの武器も業物なんだろうけど、コッチは最新・最硬・最強よ」
現行のTEK装備は漏れなくリーティアの手が入っている。その魔鋼の質は間違いなく世界トップクラスと言えた。
「おっろ……っとと」
その瞬間であった。イーリスの立っている地面が揺れているようだった。
頭がぼんやりと回らず、適度に握っている手元が必要以上に緩み始めてくる。
「人族であっても、少しばかり聞きすぎたな。"刃鳴り"と呼ばれる真の所以、ここまで仕留めきれない人間のほうが珍しいのだがな」
「っはは……自分もお喋りじゃんさ」
回転率よりもトドメと言わんばかりに一撃を重くした刃鳴りの居合い抜きに対し、イーリスは受け太刀しんがら顔を歪める。
「くゥ~~~、ちなみに知ってる? これ"超音波"って言うんだよ、音ってのは波のように届くんだって。雇い主が得意にしてるらしい」
「そうか、小間使いの割に随分な知識を持っているようだな」
「それ他人に言える? 戦帝の小間使いみたいなもんじゃんか」
「誉れだ」
ギュンッと一際大きく捻転させて溜めを作った刃鳴りは、歩幅を広く、大地を砕くほどに踏み出しながら、最速・最重の斬撃を振った。
しかしてその一撃は、イーリスの双剣に絡め捕られ、完全に破壊されてしまったのだった。
「なん……だと?」
「はぁーーーまっまっ、あたしもさ。魔物相手の戦闘経験は豊富なわけで、似たような状況は体験済みなわけよ」
イーリスは双刃剣として合体させていたアタッチメントを一度外し──先んじて置いておくように──再び双剣として左右それぞれに振るっていた。
ただし今度は刀身をバラバラにしてである。
連節した刃は一本の繋がれたワイヤーによって鞭のように伸ばされ、獲物を狙う蛇のように刃鳴りの剣へと巻きついて削ぎ砕いたのだった。
「キツいことはキッツイ、けどやれる。こんくらいなら全然問題なくイケる。降参するならまだ受け付けるよ?」
「……そのような奇天烈な変形機構を持ちながら、わたしの剣よりも強度があるとはな──帝国"工房"の連中も存外大したことない」
「こっちは最先端! だからね」
双蛇は残像によって、その軌跡を映さないほどに空間を走る。
「しかし寝返る選択も、降伏する選択もありえぬ」
「あっそう? んじゃ殺すのも忍びないし、当分は戦線に復帰できないくらいにボコボコにさせてもらうね」
「それも断る」
「徹底抗戦しても結果は同じだけど?」
「この身に流れし血、理性こそ失ってしまうが……最後の手段──使わせてもらうぞ」
折れた剣と鞘を捨てた"刃鳴り"の瞳孔が見開き、瞬く間に全身が毛に覆われていきながら巨大化する。
肥大した筋肉、伸びる爪牙、喪失していた左前足だけのない巨狐が、唸るような鳴き声を漏らす。
獣人種の秘儀とも言うべき、"獣化"の業。
しかしどうやら御しきれているようではなく、ただただ獣の本能による暴走状態にあるようだった。
尻尾を利用して地面を叩き、瞬間加速して迫る巨獣。
「バッカだねぇ~、獣狩りはあたしらの本分だっての」
しかしイーリスの眼はしかと捕捉しきっていて、体を捻りながら交差すると、双蛇剣が"刃鳴り巨狐"の全身に絡み付いてズタズタに引き裂いた。
「もう耳には入ってないだろうけど、毒も出せる──ってかさすがに使わせてもらった。名前忘れたけど、財団のお偉い人が調合した唯一毒なんだって」
流血しながら地面に突っ込んで倒れた巨狐は、必死に立ち上がろうとするも叶わない。
「あーーーんんっヤバ、巨体すぎるから解毒薬が足りそうにないわ。でもまぁまぁ緩やかに死ねるからさ、そういうことで」
言いながらイーリスは双剣を納め、軽やかにステップを踏んで飛行ユニットで浮かぶのだった。




