#490 熔鉄
「随分と派手にやっちくれたのう。近衛を切り離したつもりじゃろうが……あの"戦帝"に孤立なんぞ、普通の策が通じるわけなかあ」
「んなこた承知してるってえの。三騎士に連係されるのを避けただけだ、評価してるんだぜ?」
オズマはニィ……と半眼で笑い、応えるように"熔鉄"も噛み合わせの良さそうな整った白い歯を見せる。
「オモシロかあ。口は回りゆーが、腕のほうも追いつっとか見せてもらうとすっけえ」
ドロリと鉄塊が融解し、再構成される──よりも先に、オズマの矢によって射抜かれる。
「ほっ!?」
「悠長だぜ」
続いて一度に四本の閃光が走り、溶けた鉄が弾けるたびにその容積を減らしていく。
「散らさるっとか。生半な弓矢なんぞ、効かんのじゃがなあ……んじゃらば」
元の質量の半分くらいになったが、硬度と粘度を両立させた半熔融鉄塊によって矢が絡め取られていく──
オズマはそれを見るよりも先んじて、別の矢をスムーズにつがえ射っていた。
「チッチッチィッ!!」
熔融鉄塊に取り込まれる瞬間、矢が爆裂し鉄をさらに四散させる。
「ぬぅっ……まさかキサン、"爆属"じゃとぉおお!?」
「こっちは最新だぜ、いちいち魔術なんか使うかよ。貴重だからありがたく思いな」
シップスクラーク商会設立当初から任務を数多くこなし、実績を積み上げて獲得した財団からの惜しみない援助。
今使っているTEK装備を含めて、最先端のテクノロジーを享受し使いこなすだけの実力と自負がある。
「継ぎ足し継ぎ足しではあるが、長く連れ添った武器が見る影もないがじゃ」
手元に残った鉄塊は小さくなったものの、それでもまだ大槌と言えるほどには残っていた。
が……しかし、熔鉄はあっさりと投げ捨ててしまう。
「おかげで随分と軽くなっちゅう」
オズマは、油断をしていた──わけではなかった。
骨格はやや小さめながらも、巨大鉄塊を操っていた筋肉と魔力強化──その全てを熔鉄は移動に使ったというだけ。
「まさかワイが武器だけの男とでも思っちょったんか」
想定はしていたし、回避・防御の態勢にも入っていたが……それを遥かに上回る突進。
個人の質量が砲弾のようにすっ飛んできて、変形させた弓剣による交差迎撃によってかすり傷を与えた程度。
一方でオズマは躱しきれなかった右足が巻き込まれ、そのまま熔鉄に掴まれた体が地面へと引き倒されていた。
「うぅむぅ、反応は悪くないがあ……じゃっど、どうやら対人慣れをしておらんなあ」
熔鉄はオズマに馬乗りになった状態で、至ってノンキに話し掛ける。
「……こちとら賞金首くらい何百と挙げてら」
「闘争は狩猟とは違わい」
「っぶご、ぐ……」
分厚く硬い拳骨が、オズマの顔面を捉えた。
たった一発だが生命の危険を感じるには十分過ぎるほどで、二発目三発目は必死に頭を揺らす。
「器用に避けおる。が、これなら無理よの」
「──ッッ」
手打ちでしかないパンチだが、動かせない脇腹を打たれてオズマは声にならない声を上げて悶絶する。
「死線を潜らずして、養うことはできんぞい。これを機に学べぃ」
「うっ……く、ご……ご高説結構なことだ。生かして帰すつもりかよ?」
熔鉄はニヤァと歯茎を見せて笑い、子供でもあやすかのように答える。
「筋は悪くないけぇの、もっとマシになれば戦帝の獲物に値するようになるがじゃ」
「ふざけた物言いだ、傲慢で呆れかえるぜ」
「ぬっははははッハハァ! その憤怒と悔恨、今は呑み込んでおけい」
オズマはぶん殴られながらも、決して手離さなかった弓剣をギュッと強く握り込む。
「見誤った代償は軽くないぞな。今少し痛めつけ、気力も削がせてもらおうかい。ワイらは色々とやることがあるんでなあ」
拳骨を振りかぶった熔鉄に対し、オズマは心静かな瞳で語り掛ける。
「……あんたぁ、一つ心得違いをしてるぜ」
「むう?」
「闘争とは違う言ったよな? だがおれにとっちゃ狩りで間違いねえんだわ」
言うやいなや弓剣を振るうも、熔鉄には軽く躱される──が、その一瞬の間だけがあれば十分であった。
オズマは受けながらも集中させていた魔力を、一気に背中の"飛行ユニット"へと注ぎ込む。
内蔵された浮遊極鉄が脈動するように、熔鉄を地上に置き去りにしてオズマの肉体を一気に空へと引き上げる。
「おおう!? 逃げっかあああーーー!! もちっと体に刻み込んでけやあああーーーーーっ!!」
思い切り叫んでいる熔鉄は、前情報どおり飛空能力は持ち合わせてはいないようだった。
「必殺だ」
TEK装備である弓の能力限界を一時的に解放し、"魔力の矢"をつがえて全力で引き絞った剛弓。
体に残る痛苦に歯を割れんばかりに噛み締めながら──それらを意識の外に追いやって──ただただ獲物を狙い澄まし、射つ。
「なっ──ん、ならあ……」
燃え尽きる流れ星が如く瞬いた煌めきが、熔鉄の胴体に大穴を穿ち貫いていた。
致命傷は明らかであったが、しかしオズマはすぐには近付かない。生命力の強さというものは身に染みて知っている。
「まっさか、ここまでかい」
"熔鉄"は、油断をしていた──わけではなかった。
敗因を挙げるとすれば武器がこの手になかったこと。防御したり逸らすことができずに、回避を超えた速度を受け止めざるを得なかったこと。
あるいはここまでを見越して、初手からの猛攻によって散らされていたのやもと。
「見誤ってたんはワイのほうっちゅーことか。悔いば残るがなあ……こんなもんよな」
戦場で数限りないほど見てきた光景。
つまるところ、順番が回ってきたというだけ。
「はッは……うぶっ──ゴホッ、いつかまた闘ろうやあ、なあ?」
その言葉を最後に熔鉄が事切れたのを確認し、オズマは地面へと慎重に着地した。
折れた足のほうの膝をついて臨戦態勢は解かないまま、スライムカプセルを摂取しつつ回復をはかる。
「次なんざ無いっつの。あの世でもな」
もしも天界と冥府があるのなら、善行を積んで天界の方へ行くと決めているのだから。




