#487 光・雷・星
腕を伸ばしてピッと天を指差した俺は、蒼色の魔力を躍動させる。
「心苦しいですが、ご退場願います」
魔導"幻星影霊"の刹那顕現。
鈍色した鋼に身に包んだ人型、音空共振を纏った巨腕が"折れぬ鋼の"の腹筋に突き刺さる。
「っいしょぉお!!」
「ッらあ──!!」
右拳を喰らって"折れぬ鋼の"の足が地から離れ、俺の背後から現れたフラウの重力魔術によってさらに高く浮き上がり、キャシーの雷撃が肉体を貫く──
よりも、速く。
"折れぬ鋼の"が腕を振るうと、その直撃によって雷撃は消し散らされ、余波によって重力魔術も吹き飛んでしまっていた。
「ムチャクチャだ!!」
「聞いてた以上のバケモンかよッ!」
フラウとしても重力魔術を単なる力尽くで霧消するなど初めての経験に違いなく。
キャシーにとっても"黄竜の加護"で強化した火力が、一切届かなかったのは想定外であろう。
着地した"折れぬ鋼の"は、こうした手合いに慣れきった様子で嘆息を吐く。
「魔獣の情報とやらは……おまえたちに勝ったら教えてもらえるのか?」
その強度を理解ってはいても、十全な策を用意したはずであっても、生体自己制御が使えてなお、俺の顔に一筋の冷や汗が流れる。
「──そうなります。その胸、お借りします」
数千年の刻の流れを経てなお、眼前の"折れぬ鋼の"は……やはり不世出の英傑なのだ。
「フラウ、キャシー……作戦Δだ」
俺は手元で"永劫魔剣の刀身破片"をくるりと回しながら指示を出す。
「は? まじかよ」
「あーーーダメだったんだぁ。よっしオッケィ、あーしにまかせて!」
待ってましたとばかりに、フラウは魔力並列循環で貯留させた魔力を極度集中させていく。
「顕現せよ、我が守護天──果てなき空想に誓いを込めて」
詠唱と共に左腰から抜いたリボルバーを回転させながら、自身のこめかみへとトリガーを引く。
俺だけの魔導──もう一人の俺自身とも言える幻星影霊"ユークレイス"の完全顕現。
「"黄竜招雷"ッ!!」
吠え猛るキャシーの髪が一層逆立ち、メッシュ程度だった黄髪の割合が増えて、赤髪から置き換わっていく。
さらにリーティアが製作したTEK装備、"黄竜雷甲"の胸当て・鈎篭手・脚甲部位を着装することで攻防力および伝導効率を底上げしていた。
その周囲にはバチバチと放電現象が起こり、手を地に付けた姿は四ツ足の金色獅子を思わせる。
「"白き光輝の竜加護"」
続いて俺は白竜の加護を──己の肉体ではなく──現身である魔導体"ユークレイス"へと注ぎ込む。
光り輝くと同時に纏っていた鎧がパージされ──男とも女とも取れぬ肢体に──残光と共に長髪を靡かせた神々しい姿が立っていた。
(自分自身が光速で動けるイメージを固定することはできない……)
質量を持ったまま光速度まで近づくほど、肉体はおろかエネルギーがどうなってしまうかを漠然と想像し、絶してしまう。
しかしこれがもし俺ではなく別の存在であったなら──
そもそもの役割を分担するという一因もあって創造したのが、背後に佇む"冥王"であるがゆえに、加護を最大限に使うことができる。
「スゥ……──"轟・雷獣"ゥゥアァッ!!」
「"閃光・颶風万烈拳"」
竜の被加護者たる俺とキャシーだけが為し得る競演。
目にも映らぬ──否、開けていられぬほど眩い──光と雷のコラボレーション。
それぞれ光と雷でぶん殴るという物理を超越した神速の連打、連打、連打、連打、連打。
俺はその拳速と移動によって生じる衝撃波を大気調整しながら、"音空槍"を作り出して何発分もぶっ放し続ける。
時間にしてわずか10秒ほどだろうか、一体どれほどぶち込んだのかわからないほどの連撃の中の2つを選んで、"折れぬ鋼の"が動く。
それぞれキャシーに一撃、ユークレイスにも一撃が叩き込まれて姿を保っていられなくなってしまった。
「キャシー大丈夫か!?」
「ッ痛ゥ~、あぁ問題ねぇ。くそ、ちっと避けきれなかった」
擬似雷速と言ってもいい反応速度をもってして、一発で倒されないのが限界。
"折れぬ鋼の"を警戒するが、さしもの英傑もグラついてから膝をつき、こちらへの視線を外さないまま回復をはかっているようだった。
(人智を越えし七色竜の眷属たる白光・黄雷の超攻勢──それでも打ち倒すには至らない)
インメル領会戦のガンマレイ・ブラストですら、まともに受け止めて少し流血するくらいだったほどの男。
"折れぬ鋼の"は天井知らずとばかりに、あの頃の強度からさらに上がり続けているのだ。
しかし当初の目的である時間稼ぎとしては上等。
俺とキャシーがスライムカプセルを摂取している間に、フラウは白い歯を見せて笑う。
「準備かんりょー! あとはまっかせてよ二人とも」
フラウが浮遊しながら"折れぬ鋼の"との相対距離を縮める。
「ベイリルにも追いついたの、見せたげっかんね。超重結界──"有限抱擁"」
フラウが両腕を水平に伸ばすと、視界がわずかに歪むような球状の重力圏が拡がった。
それは"折れぬ鋼の"の肉体にも作用し、浮かび上がったところで──初手と同じように──鋼の拳を振り抜くも……今度は消し飛ばない。
「無駄だよ~、この中でのあーしは無敵!! 全ての流れは、見えざる我が手の内に有り」
そう宣告してフラウは両手を、大仰な指揮者のように振るっていく。
"折れぬ鋼の"だからこそ原型を留められているだけで、重力場が縦横無尽に襲い掛かっているのはすぐに理解できた。
(……フラウ、お前は本当にすごいよ)
肉眼では単なる重力による結界にしか見えないが、俺は"天眼"による魔力色覚によって核心部分を観る。
(魔力が漏出せず──)
魔術を使った後は必ず魔力の残滓が漂うものだが、巨大な重力圏から魔力が微塵にも漏れ出ていない。
それはまさしく重力球の渦中にありし番外聖騎士、"折れぬ鋼の"その人を想起させる。
器に貯留し続けながらも壊れることがないという、神器を越えた稀有な体質と推察されるもので、彼は肉体から魔力が一切漏れ出ることがない。
(同時に重力圏内に留まる魔力を再利用する──)
レーヴェンタールの血族にして帝国最強の男、東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール"のように、無駄なき魔力の循環効率。
漏出した色付き魔力をそのまま再利用することで、フラウは超出力でありながら燃費を気にしない重力魔術の力場を実現しているのだった。
有限の魔力を、無限に循環させることによる最大火力・無尽蔵の重力行使。
半人半吸血種という特性と、培った技術を組み合わせたフラウだけのオリジナル。
(さすが俺の嫁)
図らずも練り上げられた技術の粋。未来では英傑の一人に数えられるまでになった幼馴染。
まだ荒削りではあるが……"折れぬ鋼の"相手であっても、決して引けを取るものではないのだと笑みが浮かぶ。
「ベイリル、次はどうする~? "折れぬ鋼の"もダメージ大きそうだし、栄養補給しながらなら一週間くらいはこのまま抑えておけると思うけど」
フラウは器用に重量場を変質させ、俺へと声を届ける。
「いや、抜本的な解決にはならない──作戦ΔⅠに移行する」
相手は"規格外の頂人"にカテゴライズされる領域。
抗えると言ってもそれは現状での話であり──理屈を超越した進化、大いなる一撃にまで昇華される恐れがある。
というか、実際された。
「わかった! けど移行するのに溜めがいるから、数秒ほど自由になっちゃうかんね!」
「絶対アタシが止めてやる。加護もなんとなく馴染んできた気がする」
「言ったなぁキャシー」
「それにあの野郎、一撃返さないと気が済まないかんな」
先手を取ってとんでもない数の攻撃を叩き込んでいたのはこちらなのを棚に上げて……キャシーはバチバチと帯電を再開する。
「"絶・雷牙"ァァアアア!!」
「ぬっグ……ッッ」
フラウが重力球を圧縮した刹那に割り込んだキャシーは、雷撃を余すことなく"折れぬ鋼の"の心臓へと叩き込んでその動きを停める。
「収斂せよ、天上煌めく超新星──我が手に小宇宙を燃やさんが為」
同時に俺はピンッと指で弾いたγ弾薬を、手の中で爆縮させていた。
「"諧謔曲・天星墜"ッ!!」
止まった隙を突いて──フラウは天の星を掴むように伸ばした右腕を、"折れぬ鋼の"の背中に掌底として叩き込む。
「引っ張り合いに勝てるかな~?」
すると"折れぬ鋼の"の肉体は着地することなく、そのまま上昇を開始した。
「では約束の情報をお伝えします──"今から貴方が到達する大地"に、生きたワームがいますので駆除しておいてもらえるとありがたいです」
「おまけで喰らっとけ、"覇・雷哮"ォ──」
「おさらばです、"折れぬ鋼の"」
インメル領会戦の時と違って、今度は外さない。
感情的に放った俺の放射殲滅光烈波と、キャシーが叫ぶように放出した極太レーザー雷撃が、浮遊を続ける"折れぬ鋼の"の肉体を加速させる。
大気を蹴って脱出する暇も与えず、一人の英傑は大陸を去り、"片割れ星"まで運送されたのだった。




