#486 聖騎士
ひとまず"脚本家"と"玉座"からそれぞれから回収した芳香薬を使用して"使いツバメ"を飛ばし、"仲介人"に2人はまだ生きていると誤認させる。
そうして稼いだ時間を利用して、いよいよ本番──戦争の手始め。
俺は"明けの双星"オズマとイーリス、"放浪の古傭兵"ガライアム、"食の鉄人"ファンランに行動指示を出す。
その後にフラウとキャシーと合流し、天空からの哨戒と"反響定位"を試みる。
さらにキャシーによる電磁波索敵を併用することで、"万丈の聖騎士"オピテルを戦帝よりも早く発見したのだった。
「──ッッ!?」
3人で着地したところで、オピテルを筆頭に連れ立った部隊も一斉に構えを取る。
「我が名は"冥王"。当方に交戦の意思はなく、刃を下ろしてもらいたい」
「それはできない相談だ」
素性が知られないよう3人とも仮面を着けているので、どうにも場の緊張感は拭えなかった。
「であれば、そのままでも構いません。誠に勝手なお願いであることは重々承知と前置きした上で──帝国内にて継承戦、事実上の内戦状態に突入しました」
「なんだと!?」
「皇国侵攻はじきに治まりますので、先立っての撤退をお願いします」
「待て、それはあまりに──」
「あいにくと真偽の確認、などと悠長なことをしている時間はありません。今すぐにお退きいただけないのであれば、強硬策を取らせていただきます」
「ふざけた格好で、ふざけたことを……交戦の意思はないのではなかったのか」
「拒否するのでしたら、その限りではありません。ディアマ派であれば、"決闘"で決めてもよろしいですが?」
「神王教徒であっても、特定の派閥は持たない主義だ」
「そうですか、では"穏便な力尽く"での退場をしていただきましょう」
言うやいなや俺はパンッと両手の平を突き合わせ、最大域まで増幅させた音を指向性を持たせて叩き付ける。
同時に鎖を繋いでいくかのようにキャシーの雷撃が疾駆り、フラウの重力波によって全員が地面へと沈んだ。
「ごっ──あが……」
唯一まだ意識を失っていないオピテルへと近付き、聴覚がまともに機能しないだろうが二言だけ告げる。
「目が覚めた頃には、終結していることでしょう。一応ですが迎えをよこします、"悠遠"がきっと来てくれるはずです」
余った音振を平手でオピテルの脳に浸透させ、完全に途絶したのを確認してから俺達は仮面を取る。
「なんか聖騎士にしては呆気なかったね~」
「アタシらがそんだけ強いんだろ」
「まーそうかも。やっぱり迷宮潜るのは良い修行になった。あーしもベイリルに追いついたよ? いや追い越したかも」
「くっははは、それはどうかな」
「ちぇっ、ベイリルもフラウもいい気になりやがって」
「キャシーは魔術と合致する黄の加護を極めていけば、それだけで必殺の威力と思うがな」
海魔獣相手に見せてくれた黄竜イェーリッツの出力だけでも、思い出すだけで空恐ろしいというものだった。
「……そんなもんか? ならいいんだけどさぁ──まだ実感っつーのがあんまなあ」
「なんなら、あーしだけ加護無しでなんか疎外感あるし。ベイリルが魔法も使えて、魔法具まで持ってるズルっこなだけ~」
全てを語り切ってはいないが、既にある程度の事情を知っているフラウは容赦なく突っ込んでくる。
「ズルじゃあない。そんだけ苦労を積み重ねてきたんだよ」
俺はわずかに涙が込み上げてくるのを我慢しながら、天を仰いで"片割れ星"を見つめる。
またこうして他愛なく話しつつ、共に肩を並べて戦えることが、こんなにも嬉しいことだとは──俺は決意を新たに強くするのだった。
◇
――その男には名前がない。
しかし呼び名にはいくつも存在している。
正義は立場によって変わる。しかし常に弱者に寄り添い、悪辣な強者を断罪し続けた結果、"絶対正義の審判者"と人々は称えた。
聖騎士は誰もが高潔である。そんな中にあって、より気高い精神性と不断の実行力でもって"聖騎士の中の聖騎士"だと皆が思わずにいられなかった。
英雄は歴史上に数多く存在した。されどその誰よりも英雄たらんと行動し続け、彼こそが"真なる英雄"に相応しいと誰もが信じて疑わなかった。
戦争においてもたびたび現れた。戦争を政治的手段や商売としている者、あるいは現場の軍指揮官らは"戦場荒らし"だと罵倒することしか精々許されなかった。
その強度は生身でありながら絢爛を極めた。魔の道に生きる者はその姿を見て、常識を崩されると同時に"人の形をした魔法"なのだと思考放棄するより他なかった。
取り巻く全てから自由と言えた。法や慣習などは二の次、ただただ誰かを救うことに心血を注ぐゆえに"無法の救世人"と為政者は恐れ慄いた。
男はどのような苦境にあろうと決して折れることはなかった。
肉体的にも精神的にも。ゆえに最も多く呼ばれた──"折れぬ鋼の"と。
「……どこかで会ったか?」
灰にまみれたような白髪に、痩躯にも思える長身。
"聖騎士"のサーコートを身に纏い、内外に幾重にも巻かれたベルトは拘束具のようにも見える男。
「インメル領会戦の折に、"光"を受け止めていただきました」
「──あぁ、アレか」
あの時と違うのは、薄布で顔を隠しているわけではなく素顔を晒しているということ。
それは不退転の決意に他ならない。
「また腕試しにきたか、すまないが付き合うような時間はない、失礼させてもらうぞ──」
「生命に仇なすとっておきの魔獣の情報をお教えしますので、少しだけお付き合いください」
今にも大地を踏み蹴ろうとしたその瞬間、俺の言葉に"折れぬ鋼の"は静止する。
そう言われてしまって無視するような気性ではないことを、わかりきった上で……。
「"折れぬ鋼の"──誰よりも尊く、脇目も振らずに意志を貫くその生き様には畏敬の念を禁じえません」
そう……本音を言えば、彼の往く道を邪魔したくはない。
しかし必要なことは、やり抜くと──決めたのだ。
「ですが、救済を行うのは財団の役目です」
ある程度の方向性は推察できても、実際にどう動くのか──未知数を排除しきれない極大の不確定要素。
一方的な戦争行為を単騎で止められるのも厄介。そして財団が救うべき人間を、先に救ってしまう。二重の意味で……障害となる存在。
「……? よく話が見えないが、志が同じであるのならば協力をすれば良いのではないか。どれほど持て囃されようと身一つ、この手の届かぬ場所へ、その手を届かせてもらえるのならばありがたい」
(ほんっと、この聖人やりにくい)
本気で言っているからこそ良心の呵責──罪悪感が拭えない。
「えぇそうですね、"折れぬ鋼の"。今はまだ我々の手の届かない場所で、その御手を振るってください」
言いながら俺は魔力の光速遠心分離を維持しつつ、腕を真っ直ぐ人差し指でピッと天を突いたのだった。




