#484 提案 I
──大陸の半分近くを、行ったり。来たり。を繰り返しつつ。
次に俺が訪問したのは帝国領西側、対皇国戦線へと舞い戻って来ていたのだった。
"万丈の聖騎士"の出撃。
散発的な打撃と撤退を繰り返され、停滞した前線よりもさらに後方に位置する──ヴァルター・レーヴェンタールの拠点へやって来ていた。
「ベイリル・モーガニト伯です。ヴァルター・レーヴェンタール殿下の招聘により参上しました」
この時間軸で実際に呼び出されたわけではないが、過去呼び出された経緯を考えれば同じルートに行き着くのは自明。
「どうぞ」
入口よりも少し離れた位置で立哨している護衛兵士は、すぐに俺を天幕内へと通す。
「ァあ? てめェ……"円卓殺し"か。オレ様の呼び出しはとっくに届いてたんだろ? 随分と無視してくれたな」
ヴァルターは大机に、複数人の部下と共に軍議をしている真っ最中のようだった。
既に王都での情報が届いていて、今後どうするのかを決めているのだろう。
「失礼しました。野暮用で今後の布石を打ってまして、伝達が届いてすぐに参上した次第です」
「持ち場を離れてやがったってことか、敵前逃亡は死罪だぞコラ」
「いえいえ戦帝陛下御自ら遊撃を任ぜられてるこの不肖の身なれば、軍事行動の一環で咎められる謂れはないかと」
「チッ……腕だけじゃなく、口も回るようだな」
言い訳はさしあたって通じたようだが、ヴァルターは苛立ちを隠そうとはしない。
「ヴァルター殿下、先にお渡ししたいものがあります」
俺はそう言って用意しておいた"紙飛行機"を取り出し、ヴァルターまで飛ばした。
怪訝な顔を浮かべていたヴァルターは、その中身を見て表情がさらに歪む。
「……若、これは何と書いてあるのですか?」
近衛騎士のヘレナが尋ねるも主人は答えず、ヴァルターはこちらを睨み付けながら口を開く。
「全員外へ出ていろ。オレ様はコイツと二人で話がある」
命令に従って出て行く面々を横目に、俺は涼しげな顔を浮かべていた。
紙には"胡蝶之夢"の四字熟語を、墨を使って漢字で書いておいた。
「何者だ、一体どういうつもりだ」
「察しがついているだろう。俺は、ヴァルター……お前と同じ"転生者"だ。ちなみに日本人な」
「チッ、やっぱオレ様の他にもいやがったのか。しかも半端な字を書きやがって──オレ様が中国人ってことも知られてるワケかよ」
同じ漢字圏だからこそ通じたということを、ヴァルターもすぐに理解してくれたようだった。
「なぜわかった……まさか"円卓殺し"、てめェ心が読めやがったりするのか?」
「いや単純な情報力の差だ。インメル領会戦の時から色々と調べさせてもらったよ」
詳しいことを説明し、わかってもらう暇も義理もないのでそうあしらう。
「王城内での騒動──継承戦が始まったのも知っている」
「なんだ、誇示してるつもりか? つーか伯爵だったか、ごときが王族たるオレ様に生意気な態度を見せてくれるじゃねェか」
「いや俺はモーリッツ殿下に付くし、転生者として対等の立場だと思っているから」
「ほぉおお、そうかいモーリッツの──だったらココで殺されても仕方ねェなあ?」
「それはやめておいたほうがいい、と忠告しておくがな」
俺はいつでも動けるようにはしつつ、ヴァルターを制する。
「……聞いてやる」
「最初にヴァルター、お前には大切が人がいるだろう? 今すぐにでも保護して別の場所へ移動させたほうがいい」
「はァ? んなこと言われる筋合いは無い。いやつーかそれは、オレ様に対する脅しのつもりか、そうなんだな」
「俺としては今のところ人質を取る必要性を感じない。だがアンブラティ結社が──いや、仲介人は知っていて容赦なく使ってくるぞ」
ヴァルターの顔が驚愕に染まり、苦虫を噛み潰したような表情へと変わる。
「結社のことまで……まさかてめェの言う情報力って──」
「俺が結社員だったらこんな忠告はしない。とにかくあれはお前に御せるような組織じゃあないってことだ」
「……クソッ、ヘレナ!!」
俺の真剣な瞳を見て取ってか、ヴァルターは毒づきながら近衛騎士を呼ぶ。
「若! お呼びですか」
「アイツを別の場所へ──いや……オレ様のとこに連れてこい」
「はっ……? しかし既に──」
「いいんだ。命令通りに動け、最優先だ」
「わかりました、ただちに動きます」
近衛騎士へレナが天幕の外へ出て行ったところで、会話を再開する。
「さて、それじゃあ忠告もそこそこに──本題に入ろうか。ヴァルターには帝都を含んだ中央より西を統治してほしい」
「あんだって?」
「そして東側をモーリッツが受け持つ。"分割統治"の形になるわけだ」
「モーガニト領もそこに入ってるっつーわけか、そんなものがてめェの描いた絵図かよ。甘すぎンぜ、んな簡単にいくかよ」
ヴァルターが考えていることを潰していくように、俺は大まかに話していく。
「もちろん外交的な根回しもするが、武力こそ外交の基本にして奥義。その為の戦力は用意済みだ。東部総督府とアレクシスについても、こっちでどうにかできる用意がある」
「面白ェ……が、てめェに施しを受けるようで、気に喰わねえ。それに元々は丸ごともらうつもりだったんが?」
「破格だと思うがな。アレクシスを担いだ東部総督府とまともにぶつかったらどうなるかは、想像がつくだろう」
「──あぁ、そうだな。正直そっちに関しちゃ煮詰められてねェ。てめェとモーリッツが削いどいてくれるんであれば是非もない、勝手にやってくれって感じだ」
「勝つさ」
「んなこと鵜呑みにするほどバカじゃねェ。そんでオレ様の相手は……戦帝と中央ってわけか」
「戦帝本人と三騎士についても、こちらで何とかしよう」
「はあ?」
「頂点がいなくなった直属軍を糾合できるかはお前の手腕次第だ。南部についても、余裕があるなら好きにするといい」
「オイオイ、随分と太っ腹だな。……あまりにも都合が良すぎねェか?」
「こっちにはそれだけ人材が揃っているってことさ。それに単純な領土面積で言えば、そこまで変わらない」
俺はこっちに手を出せば逆撃を被ることになると、暗に警告する。
しばしヴァルターは頭の中で考え、ゆっくりと口を開く。
「北部は?」
「いくつか想定しているが、どう転ぶかは状況次第かな」
「……そうかい、一つだけ確かめておきたいことがある」
「聞くだけ聞こう」
「"円卓殺し"、ベイリル・モーガニト──てめェの目的はなんだ」
ヴァルターは同じ転生者で対しぶつけてきた、最も単純な質問に俺は真っ正直に返す。
「ハーフエルフの寿命でも飽くなき、テクノロジーと文化の発展を見続ける。人類の進化、その文明の果てをいつまでも見届けたい」




