#483 幇助家
アルトマー邸、応接室──
「突然の訪問に応じてくださり、ありがとうございますアルトマー殿」
「なに……今や大陸に名を轟かすシップスクラーク財団の大幹部にして、帝国伯爵を無下にはできまい。モーガニト伯」
かつてワーム迷宮を踏破したパーティの支援を担当し、制覇報酬によって永久商業権を得た【共和国】の"大商人"エルメル・アルトマー。
俺は帝都脱出後──ヴァナディスを財団本部に届けつつ──すぐに飛行ユニットを使って会いに来たのだった。
「恐縮です、さすがは事情通ですねぇ」
「──オーラムの盟友であり、インメル領会戦の折から得た知己である。いかに陽が昇り始めて間もない早朝であっても、喜んで招かせていただくよ」
言葉には皮肉のトゲが少し込められていたように感じるも……表情は至って柔和で、そのもてなしも完璧なものだった。
「わざわざ足を運んでいただいたということは、急ぎの"商談"と解釈してよろしいか」
「もちろんです。とびっきりの商品を用意してますよ」
腰のバッグから折りたたんだ紙を取り出すと、俺はテーブルの上に大きく広げる。
「これは……地図ですか、随分と精細だ。それと……サイジック領で流通している紙ですか、とても素晴らしい」
「今のところはシップスクラーク財団の秘儀であり、稼ぎの種ですが──印刷技術も含めていずれ優先的に卸しても構いません」
「実にありがたい、ですがそれは本題ではないようで」
「えぇ、まず一ツ目の商品」
俺は帝国領をピッと指差す。
「最新の情報。帝国で継承戦が開始されました」
「なっ──!? こんなにも早く……」
「目下皇国との戦争中ですが、ほどなく内乱へと突入します。幅広い商品を取り扱うアルトマー殿なら、どれだけの儲けが出せるでしょうね」
「それは……、はい」
アルトマーが持つ情報網であれば、そう時間は掛からず知れること。
しかしその情報速度のわずかな差によって得られる利益こそが、この場合においての肝である。
「モーガニト伯、情報を先払いをしていただけるとは気前が良くも恐ろしくもある。見返りは何をお求めで?」
「また自由騎士団が欲しい、俺が持つ縁よりも、アルトマー殿の人脈の方がより大きな契約をできるでしょう」
「この戦争に参加するということですか」
「あぁ、財団の船団でワーム海を経由して自由騎士団を運ぶ予定です」
「継承者のどなたを支援なさるおつもりで?」
「モーリッツ・レーヴェンタール」
「モーリッツ王子殿下ですか。戦略構想は?」
「そこまではさすがに教えられませんが、まぁ勝つ見込みは大きいとだけ」
「わかりました、最大限の渡りをつけさせていただきます。戦争に必要な物資についても、お安く提供させていただきまましょう」
アルトマーは会話へとリソースを割きながらも、必死に頭の中で計算が行われているに違いない。
その思考を俺は寸断してやることにする。
「よし、それじゃあ二ツ目──極大の商品だ」
敬語をやめた俺は、トンッと"白冠"をテーブルの上に置いて見せた。
「……ッッ」
カプランでさえ顔色が読めなかった、歴戦の商人であるエルメル・アルトマーの顔があからさまに引きつった。
「くっはっはっは。"どういう効果"だけでなく、"どういう見た目"かも知っていたか」
「本物、なのですか」
「夜明け前に帝都王城の禁具庫から盗んできたばかりのモノだ。本物か否かは、そうだな……孫娘にかぶせてやればわかるだろうさ、"幇助家"」
常人であれば核心を突く情報の奔流で、パニックに陥るところだろう。
しかしアルトマーは眼を鋭く、警戒心・猜疑心を最大限に露にする。
「まだ子供の魔力量でも病状の進行を止めるくらいはできる、成長してくれば老化も緩やかに止まっていくだろう」
「あなたは……どこまでご存知なのか」
「今言えることは──俺はアルトマー商会でも、シップスクラーク財団でも、仲介人でも得られない独自の情報を持っているということだ」
未来に生きた知識と経験。"第三視点"によって得た情報。その絶対的な優位性。
「完治は医療テクノロジーの発展を待ってればいい、シップスクラーク財団がいずれ成さしめる」
「それはそれは……ははっ」
「お返しは──そうだな、おまかせにしようか」
「……随分と底意地の悪い」
「インメル領会戦で、結社員"幇助家"としてほくそ笑んでいたであろう意趣返しとでも思ってくれ」
「わたしが……好きでやっていたと、お思いですか」
「いやそうでないことも知っているよ。だから三ツ目──これは商品というより相互利益の提案」
俺は一拍置いてから、凶悪な意志を双瞳に込めて口にする。
「アンブラティ結社を潰してやる」
「なるほど、それが……最大の商談というわけですか」
「孫娘の代にまで負わせたくはないだろう」
「もちろんです」
「既に脚本家、玉座、将軍はこの手で殺している」
「あの将軍までを……」
「結社の実質上の要たる仲介人は確実に抹殺するし、生命研究所や魔獣使いあたりも殺す」
覇道における厄介者。
ゆえに盤面から退場してもらうのは当然として、個人的な復讐──今度こそ、仲介人はこの手で殺すと決めている。
「幇助家については……?」
「アルトマー商会には財団の競合相手として残っていてもらわなくっちゃあ困る。より大きくしてイェレナに継がせてやれ」
「……随分と孫娘のことを気に掛けてくれているようだが」
「気にするな」
未来において、幇助家の支援があってこそアンブラティ結社を根絶やしにすることができた。
今はまだ幼く、記憶・人格だってまったくの別物。それでも彼女とは大切な縁を紡いだのだ。
「他にも余地が残っている奴については生かしておくつもりだ。それで今度はアルトマー、貴方に先払いをしてもらう」
「拒否権はないのだろう?」
「無論。とはいえただ"運び屋"に仕事を依頼して、足止めしておいてほしい。あんたならできるだろ」
「なに……?」
「実はあれ、生き別れた俺の姉さん」
「なんと!? そう、だったのか──それは……言われてみると彼女はハーフエルフ、それにその髪色と瞳も同じか」
「戦争が集結したら説得する。それまで頼む」
「わかった、引き受けよう。家族は……大切なものだ」
自分自身へと言い聞かせるように、エルメル・アルトマーはつぶやいたのだった。




