#480 帝都潜入 I
星明かりに照らされる帝都を歩きながら、俺は目的の人物を見つけて声を掛ける。
「夜中まで巡回ご苦労様です。お一人とは都合が良い」
「──!? ……これは、"モーガニト伯"。わざわざ私に会いに来られたのですか? 我らの区別がつくとは驚きです」
黒騎士の男は困惑した様子を見せるが、俺は悠長にしている時間もないので率直に本題へと入る。
「お互いに他人のような言葉遣いはやめようか、父さん……いや親父、それともエレガントにパパと呼ぼうか」
「なっ……!? ぜ、それを──」
「息子である俺が気付かないとでも?」
そう俺はいけしゃあしゃあとのたまう。
肉親の情を理由として全面に押し出すほうが、感動的な演出と言えよう。
「父さんにとってバツが悪いのは承知の上だが、別に気にすることはない。精一杯やってくれたことも知っている」
ゆっくりと黒兜を外し涙を浮かべた父の顔を、俺は夜目を利かせて見つめる。
「ベイリル……すまない、本当に──」
「謝罪は受け入れる。ということで父さん、今は再会を喜んでいる暇はない」
「……??」
「一応聞くが、父さんは帝国と家族のどっらを選ぶ?」
「それは一体どういう──」
「母さんについては少し時間が掛かるが、治療の為の見通しはある。姉さんについても調べはついているから、遠くない内に救い出す」
「ヴェリリアとフェナスのことも知っているのか……。しかし帝国とどちらかを選ぶとは──」
そこで俺の表情を見て、父リアムはある程度の察しはついたようだった。
「これから継承戦によって帝国は荒れ、俺はモーリッツ殿下と共に新たに道を創る。父さんもどうするか、いざその時が来るまでに考えておいてほしい」
「ベイリル、……いや、迷うことなどない。もしもあの時と同じようなことがあれば、二度と掴んで離さない──そう己自身に誓った」
既に予期していた答えだったが、いざ本人の口から聞いたところで俺はフッと笑う。
「そっか。闘り合って、父の背を越えるってのも……それはそれで甲斐ある催しだったが」
「円卓第二位を討ち果たした息子相手に、一介の黒騎士が勝てるわけがないだろう。それに……おまえにもフェナスにも良き背中を見せられなかったからこその、後悔だ」
「うん、でもまだ取り返しがつかなくなったわけじゃない。まずは母さんとベルタさんと一緒に"モーガニト領"に行ってくれ。今の"アイヘル"はとても美しいからさ」
「あ、あぁ……何か手伝わなくてよいのか? 力になれることがあれば──」
「もちろんある。父さんは"キルステン領"の先々代領主をよく知る仲だろう?」
キルステン領は帝国領の最東端、共和国と連邦西部と国境を接したサイジック領の南に位置する侯爵家である。
「あぁ、私が新人の頃に色々と世話になった人だ」
「母さんをうちの領地で静養させた後に、キルステン領へ赴いて折衝に参加してほしい」
「わかった。私にできることならばいくらでも」
「正式な使者はこっちから派遣する、その人についていってくれればいいから」
俺はポケットから手紙を取り出し、父へと渡す。
「シップスクラーク財団員に見せれば、後は段取りをつけてくれる。母さんが今いる家からの移送準備も手配済みだから、そこで合流してくれ」
「随分と用意がいいな、ベイリル」
「まぁ正直、断るとは微塵にも思ってなかったからな」
「本当に、立派になった……」
一度は堪えた涙を父が流したところで、俺は肩に手を置いた。
「湿っぽいのはナシで。色々な面倒事が片付いたら、また二人で飲もう」
「……また?」
俺は俺だけにわかる言葉を口にし笑ってごまかす。
「くっははは、こっちの話だよ」
◇
"第三視点"によってあらかじめ俯瞰を終えている俺にとって、帝都王城内は──勝手知ったる庭とまではいかないものの──迷わない程度には把握できていた。
("反響定位"は本当に最後の手段だ)
音に対して鋭敏な獣人種も多い。
超音波を発するということは同時に何か異常事態が起こったと知らせるのと同義である。
"歪光迷彩"と"遮音風壁"を兼ねた"六重風皮膜"のみで、温度遷移にも注意しながら城内を進む。
巡回兵士をすり抜けながら、まず俺は王城地下にある"禁具庫"へと向かい、その扉を開けたのだった。
「──ッ!?」
入った瞬間、天井スレスレの大きな魔術人形が動いて俺は身構える。
しかしすぐに動きが遅くなると、そのまま静止してしまった。
(……開けられた扉に反応しただけか)
もしも俺の姿を捉えられていれば、あるいは宝物庫の番人のような役割として機能すると思われた。
俺はひとまず数多ある魔術具や魔導具を無視して、"最奥部"へと続く隠し壁の前に立つ。
魔術的な防護壁も兼ねているその耐久性も、既に世界でも有数と自負できるくらいの強度を持つ俺には障害にならない。
超音振を付与した"風螺旋槍"で穿った穴の先にあったのは──古い玉座の上にポツンと置かれた"白冠"。
「"深き鉄の白冠"」
王冠をかぶった者の魔力が尽きぬ限り、不老不死をもたらす魔王具。
未来において代々続くアンブラティ結社の"幇助家"イェレナ・アルトマーが頭上に戴き……。
後に託された俺が"魔法"へと至る為に使用し、最初に創られた場面にも立ち会った馴染み浅くないシロモノ。
「よし、間違いなく本物だ」
帝都に唯一存在する本物の魔法具を、俺はくるくると指で回しつつ懐中へとしまう。
(つーか戦帝は何故これを使わなかったんだ?)
ふとそんな考えを致す。
帝国の頂点がその存在を知らないはずもなかろうし、連綿と継承された定向進化サラブレッド一族の長にとって魔力量も問題ない。
強いて言うならば、魔力のリソースを割いてしまうことで戦術・戦法の幅が狭まってしまうことを嫌ったか、あるいは──
「うん……死という緊張感のない戦争に、血を滾らせられないってところか」
それが一番しっくりくる、と言わざるを得なかった。
危機のない闘争は娯楽に非ず。戦争狂らしい思想が容易に想像つく。
「──ついでに、めぼしいモノも頂いてこ」
俺は持てる範囲で魔術具・魔導具をいくつか見繕い、禁具庫の扉を閉めて最後の目的地へと向かうのだった。




