#475 迷いの聖騎士
「ふぁあああ~~~あ、最高だ」
爽快な寝覚め。溜め込み続けた情動を、愛する女二人に一気に吐き出し切った。
まだ寝ているフラウとキャシーを寝かせたまま、俺は一人街中を歩きながら腹ごしらえをする為に"黄竜の息吹亭"へと入る。
「主人、てきとーに飯を見繕ってく──」
カウンターに立った俺は大銀貨を一枚弾きながら、少し離れた位置で食事をしている女性とふと視線が合う。
言葉が詰まるのと同時に、お互いに思考が数瞬寸断されていた。
「きさ、ま……」
「奇遇ですね、"ファウスティナ"さん。こんな場所で再会するとは……──いやある意味ではおあつらえ向きと言えるのかな?」
"悠遠の聖騎士"ファウスティナ。
若かりしゲイル・オーラムやオラーフ・ノイエンドルフ元帥らと共に、ワーム迷宮を制覇した先達。
そして大要塞においては色々と因縁がある相手であった。
「賊がッ!!」
ファウスティナは立て掛けていた剣を一瞬の内に抜き終え、俺の首筋に刃が当てられていた。
「いやあの、ココが一体どこなのか──わかってますよね?」
「うちで揉め事はご法度だぜ。この街でそれは世間知らずの命知らずってもんだ」
「あ、くっ……」
俺に言われてハッとしたファウスティナは、さらに店の主人からも窘められて剣をおろす。
(──最初の時は確かハルミアさんがあえて厄介事に突っ込んで、カエジウスの前に立ったんだったなあ)
五英傑の一人、"無二たる"カエジウス特区──ココは名目上は帝国領であっても、完全な治外法権にあたる。
主要国家でその各種特権が認められている聖騎士であっても、ココと竜騎士特区では例外的に通用しない。
ましてやファスティナ達がワーム迷宮を攻略するにあたって支援してくれた、エルメル・アルトマーの店を滅茶苦茶になどできるわけもない。
「改めまして、名乗らせていただきましょう。俺の名前はベイリル・モーガニト、帝国の伯爵位を得ています」
「帝国、貴族だと……」
俺は指をクイッと動かし風を発生させ、1本の酒瓶をキャッチしながら大銀貨を主人へと渡す。
「落ち着いたところで、せっかくだからお話しましょう。この酒を奢りますよ」
◇
奥まった席に対面で座った俺に対し、ファウスティナは懐疑を含んだ瞳で睨みつけてくる。
俺はとりあえず険悪な様子を解消すべく、軽い世間話から入ることにした。
「ちなみに実は俺も迷宮制覇者なんですけど、オーラム殿から聞いてたりしますか?」
「いや、そもそも最初に大要塞で会った時に、貴様自身が言っていただろう」
「……そうでしたっけ。申し訳ない、記憶が曖昧でした」
今の俺からすると、厳密には違うものの7000年以上の時が経過したようなものだった。
皇国と魔領の境界線近くである、大要塞での出来事も遥か遠い昔の出来事である。
「えっと、それじゃぁ──どんなご用向きでワーム街へ来ていたんです?」
「……自分を鍛え直す為だ」
「確かにワーム迷宮は修練という意味で最高の場所ですね。俺も身をもって経験させてもらいました」
制覇してからの逆走という形だったが、本当に己のあらゆる限界を試され、成長できたことは疑いない。
「わたしとしても……色々と痛感させられたからな
「くっははは、なかなか自虐と皮肉が効いてますね」
「注げ」
当てつけるかのように突き出してきたグラスに、俺はトクトクと酒を満たす。
するとグイッとファウスティナは一息で飲み干し、もう一度グラスに注いでいく。
「イケる口ですね」
「ふんっ、こんな……少しくらい飲まないとやってられん」
今度はゆっくりと飲みながら、途中だった食事を口に運び──ファウスティナは大きな溜息を吐いた。
「つい剣を抜いてしまったが……そもそも、貴様の容疑は晴れている、というよりは存在しないんだ」
「あぁそういえば──そうだったかも、ですね」
俺は必死に直近のことを思い出す。
大要塞への不法侵入やら、皇都で暴れたことに関して──権勢投資会にして財団員であるカラフを通じて、まとめて揉み消していたのだった。
「わたしは聖騎士だ。たとえ貴様が権力を利用して裏から手を回したことがわかっていても、法には従わねばならない」
「俺が言うのも難なんですが……規範を破っては面目が立ちませんからね」
「そうだ、わたし一人の問題ではなく──聖騎士全員の信が問われることがあってはならない……歯がゆい、ことだがな」
すでに酩酊し始めているのだろうか。意気消沈するファウスティナの様子に俺は罪悪感を感じ入る。
「そういえば聖騎士の紋章は外しているんですね」
俺は空気を変える為に話題を少しだけ逸らす。
「それは無論、私人として来ているからな。どのみちここでは聖騎士の威光など飾りなのだし……」
「つかぬことをお伺いしますが……今現在、皇国がどうなっているのか御存知ですか?」
「……聞いたことのない歌が、やたらと流行っているな。なんというか、こう……わたしも嫌いじゃない」
俺も勝って知ったる旋律をフンフンと鼻歌を口ずさみながら、ファウスティナは最後の一口を酒と一緒に胃へと流し込む。
(シップスクラーク財団が仕掛けた文化侵略、彼女にも受け入れられていることは嬉しいが……)
どうやら様子を見るに、ワーム迷宮に潜っていた所為で現況を把握できていないのが明白であった。
「いやあの、皇国が帝国に攻められているんですが」
「そう、なのか……──そうなのか!?」
我に返ってバンッとテーブルを叩きながら立ち上がったファウスティナは、ググッと顔を近付けてくる。
「申し上げにくいですが、俺も帝国貴族として招集されて神獣モーヴィックと交戦しました」
「そんな……神獣まで? まさか貴様──」
「いえいえいくらなんでもアレを殺すようなことはしません」
生物資源としての価値を見出した以上、殺してしまっては回収不可能になる。
「皇国も未だ踏みとどまっていますのでご安心を。ただ混み合った事情がありましてね、こうして不可侵である特区に逃げてきたとこです」
「無責任な……。いやそんなことより、悠長にしている場合ではない!!」
「まぁまぁ情勢をお話しますから、座ってください」
ファウスティナは立ったまま、こちらを蔑むような目で見てくる。
「わたしは聖騎士とは言っても皇国に属する身。それは帝国への背信行為ではないのか」
「信義に悖る行為ではありません。帝国はすぐにでも継承戦という名の内戦に突入して、皇国侵略どころではなくなりますから」
「そんな……そのような話を信じろというのか。そもそも皇国が侵攻されていることも、確認しなければならない」
「どのみち今からファウスティナさんがワーム鎧を使って全速力で皇国へ戻ったとしても、到着する頃には状況は変化し判明しています」
「……」
「帝国は二つあるいは三つほどに分かれ、俺はその陣営の内の一つと結びます。なので情報を流すのも裏切りにはならない、むしろ計略の一環です」
「継承戦とは……たしか──」
ブツブツとファウスティナは自らの記憶を漁って組み立てているようだった。
本当にそれが起きた場合どう動いていくのか予想し、どう動くべきかも考えているのだろう。
俺は答えがわかりきっていながらも、一応言葉にはしてみることにする。
「──良かったら、シップスクラーク財団へ来ませんか? オーラム殿もいますし」
「断る! 余計なことを差し挟むな」
「失礼しました。まぁどう動くはご自由に」
俺も席を立ちながらそう言ったところで、ファウスティナの眼光が鋭くなる。
「……? おい待て、逃げる気か」
「いやだから、今さら逃げるも何も無いでしょう。俺は俺で自らの利益の為に、為すべきことを成すだけです」
「むっう……それも、そうだった」
ファウスティナの言葉ではないが、あまり悠長にしている時間が無いのは事実である。
「もう一つだけ情報を──こちらも人脈をふんだんに利用し、あらゆる伝手を使って働きかけますが……逆撃は控えるのをオススメします」
「それを言うということは……つまりわたしにも、皇国軍が手を出させないようにしろと?」
「継承戦で分かたれてなお帝国は強大。というより皇国侵攻の中途でやる以上は、それくらいは織り込み済みということです。そもそも戦争のほとんどは戦帝の意向なわけですから──」
「安易に逆侵攻を掛ければ、後々の名分になると言いたいわけか」
「はい。どのみち継承戦後は内政に専念し、しばらくは大規模な戦争行動は起こせません。しかし軍備が整ってる現時点では他の陣営を利するばかりか、戦災と被害の拡大を招き、士気をあげる恰好の材料にされるだけ」
現在帝国は皇国領土を侵犯こそしていても、そこを統治する体制までは整っていない。
継承戦が始まれば手が回らないまま楽に奪還。あるいは帝国側から返還せざるを得なくなる公算が高い。
「信じるか否かは貴方次第ですが……俺が望むのは帝国や自らの栄達ではなく、人類全体の進歩です。亜人、獣人らは当然として、魔族も神族も竜族も──あらゆる知的生命の繁栄と文明にこそ価値がある」
「……聖騎士よりも、随分な夢想家だな」
「夢想上等、それを現実のモノとするのがシップスクラーク財団です。お見知りおきを」
それを捨て台詞に、俺はファウスティナと酒瓶を置いたまま店を出ようとして……もう一言だけ付け加える。
「あぁそうそう、もしかしたら一つだけ"頼み事"をするかも知れませんので、聖騎士庁で封蝋印の確認を逐次お願いします。ではまた」




