#474 秘密
元より制覇者のフラウとキャシーが参加していた為、制覇特典はなく。
また黄竜から手土産としてその身を切って貰い受けた素材は、一度カエジウスの屋敷にて保管してもらい――
「――以上が各々の役割になる」
俺達は"黄竜の息吹亭"にて祝杯をあげると共に、今後の戦略計画について話していた。
「特にケイちゃんには大きな負担になってしまうんだが……もし、イヤだと思うのなら正直に言ってほしい」
「いえ、全然大丈夫です」
「もちろん後詰めは用意しておく、危うかったら逃げてもらっても構わないから」
「おまかせあれです」
群青色の髪をしたケイ・ボルドはふんすと鼻を鳴らす。
「ベイリル、もしケイが断ったらどうしてたんだよ?」
「そん時はオーラム殿に頼んで、その穴埋めを俺がしていたかな。もしくは頼み込んでシールフを引っ張り出すしかなかった」
「はっはぁ~~~、んな強いのか?」
「疼くな疼くな、手に入れた力を試すのは別の戦場でな」
ビリビリと今にも静電気を走らせそうなキャシーを、俺はやんわりと制する。
というよりケイの相手よりも、俺とフラウとキャシーの相手こそある意味で"最大級な本番"の予定である。
「そんな風には全然見えなかったけど、そっかぁ強いんだ~」
「フラウも駄目だぞ。バルゥ殿に至っては総督な上に、陸戦軍の統合指揮官なんですから絶対に無理です」
「むぅ……ケイにはどうするかを選ばせたのに、オレたちには問わないのはいささか不公平ではないかベイリル」
「今以上の代案があるなら、一考の余地はありますが?」
「……ソディア、オレたちのかわりに新たな戦略構想を頼む」
「無理言うなし」
目を閉じて瞑想していたソディアは、片半眼を開けてバルゥを一言で斬って捨てた。
「──なぁ、ソディア」
「んっなんだし」
その様子を見て、俺はふと気になったことを尋ねてみる。
「お前、もしかして魔導師か?」
「……うぇえ!?」
「おいおい、当たりかい」
表情や声色のみならず、動悸や体温もそれが真実だと告げていた。
「あぁすまん、秘密だった? っぽいのに暴いてしまった形になった」
「……いや別にこの面子なら構わないけど」
「ソディアってかわいいとこあんだよな」
「キャシーうっさし! というかなんでベイリルはわかったのか、謎すぎるし」
「皇国でのとある一件から、俺は魔力の色を視られるようになってな。魔導を使う時は密度が濃いから、わかりやすいんだ」
「それでか……ただ魔導はうちが使ってるわけじゃないし」
「どういうことだ?」
「魔導師はうちの祖母で、うちの中にいるし」
トントンッと自らの頭をソディアは人差し指でつつく。
「なるほど、そういうことか」
「どういうことだよ、ベイリル」
「直観的に、濃度が均一じゃない気がした……混じり合ってるとでも言えばいいのか。さしずめ"人渡り"の魔導と言ったところか」
「なんというか、聞けば答えてくれるようなもう一個の頭がある感じかも」
「十中八九、ソディアの魔力色が近かったのが大前提だな。それで祖母が"情報体"としての──」
「まーた始まった。フラウ!」
「さぁ~?」
「おっさん!」
「オレに聞くなキャシー、わかるわけがないだろう」
「ケイ! カッファ! プラタ!」
「わからないです!」
「同じくっす!」
「わたしはなんとなくだけどわかります、キャシーさん」
「よしップラタ!」
「はい、ではでは……わたしなりに噛み砕きつつ、お師さまから教わった魔力色理論から言葉を借りると──」
この中で唯一理解が追いついていたプラタが他のみんなに説明し始め、俺はさらにソディアに突っ込んでいく。
「祖母の人格はあるのか?」
「ない、記憶はあるけど」
「先天的な後遺症はないのか?」
「なにそれ、矛盾してない? とりあえず無し。あえて言うなら……この中じゃ一番貧弱なくらい」
「それは仕方ない。まだ体も成長途中だろう」
(──俺の"第三視点"とは似ているようでいて、非なるものか)
時間や空間を超越したわけではなく──あくまで同じ地上という次元の上で──情報体としての独立と定着。
俺のような莫大な吸収魔力にモノを言わせた魔法ではなく、一個人における魔導の限界。
「得心がいった。だからソディアは若くして直感と理論を両立させた戦略・戦術家としての顔があるわけだ」
「海戦に限って、だし」
「迷宮でも通用しただろう。君がいなきゃ、攻略日数は三倍──いやそれ以上に伸びていたかも知れん」
「……まっ、褒め言葉は素直に受け取っとくし」
「──っと、話が逸れてしまった。プラタ、講義中止~」
「は~い、皆さん少しはおわかりいただけました?」
プラタは臨時生徒ら全員が揃って首を横に振ったのを見てガクリと肩を落とす。
「気にするな、プラタ。物事は何に置いても適材適所」
──100年後、老婆となってもサイジックを支え続けてきた彼女のことを思うと……とても感慨深い。
「詳しい話は領都で詰める。素材は別途運搬を依頼しておくから、ソディアとケイちゃんとカッファは獣化バルゥ殿に乗ってってくれ」
「わかったし」
「背中お借りします」
「いかに戦士の身ではなくなったとはいえ……いや、仕方あるまい」
「お願いしまっす!」
「機動力のあるフラウとキャシーは俺と少し話をしてから、自力で」
「んん~? はーーーい」
「おう」
「領主であるプラタは最速で戻る必要がある。あるいはフリーダ東部総督と戦うことになるが……いいな?」
「いろいろとお世話になりましたけど、ソレはソレ、コレはコレですから」
「それじゃぁ、後から俺と一緒に"飛行ユニット"で」
「了解です!」
伝えることは伝えて、今一度俺達は乾杯し宴に興じるのだった。
◇
「話じゃなくて、そっちかよ!! フラウ、てめえわかってやがったな!?」
「もちのろん」
「話もするさ、ピロートークとか」
いわゆる夜の肉体言語。2階の宿を一室借りて、情動をぶつける。
「フラウ、キャシー。"俺の子を産んでほしい"」
300年と7000年、待った。"あの時のフラウの願い"を今この場で叶える。
「バッ……んなぁ、ナニ言ってやがんだこんのバカ野郎!」
「おぉう、やる気満々だぁ~」
キャシーの顔は一瞬にして紅潮し、フラウはにへらとした笑みを浮かべる。
「真剣の話はおいといて──」
「冗談じゃねぇんかよ!!」
「二人に話しておきたい大事なこともある。ハルミアさんとクロアーネにもいずれ……今は先んじてフラウとキャシーに俺の隠し事、"秘密"を話しておく」
「んっ……無理に話さなくてもいいんだよ?」
「アタシも別に……今に始まったことじゃねぇし」
「いいんだ。大切なお前達に話したい勝手な気持ちと、知ってもらいたい勝手な気持ちがあるから」
俺は魔術で部屋に遮音を掛けつつ、フラウとキャシーを抱きしめる。
何らかの形で漏洩してしまう危険など、もう考えない。
「あぁ……夢物語に聞こえるかも知れない。信じられないとも思うが……それでも真実を聞いてほしいんだ」
するとフラウに体を引っ張られ、魔術によって3人揃って浮き上がる。
「いいよ。どんなベイリルでも受け入れる覚悟なんてとっくにできてるからさ」
「……あぁ、好きなだけ話せよ。少なくとも聞いてはやっから」
「ありがとう、フラウ、キャシー。愛してる──」
そうして俺達はしばらく浮遊したまま、半夜を通して語り合うのだった。




