#470 死に目
──帝国北方領土、最大の田園都市"ヘーレウラ"――
「帰りもあの"大陸弾道飛行"?」
「俺はな。スミレは通常の経路で財団に行ってティータと会ってくるといい。以降の協力も仰ぎたいところだが、戦争だし君の信条に反するだろう」
「ん~そっかぁ、星空すっごく綺麗だったのに」
いつかジェーンを連れ立った時、姉はげんなりとしていたのに比べて、スミレは物怖じしないどころか終始楽しんでいたのは転生者ゆえか。
打ち上げや宇宙に対しても浪漫のほうが余りあって勝っているのだろう。
「……それじゃ手筈通りに頼む」
「七ツ鐘に、東の小教会ね」
「あぁ、人払いは済ませておく。それまではくれぐれも自然体で」
「失敬だよ! そんなに……問題は起こさない、多分」
先んじて騒動でも起きて、未来が変わってしまっては元も子もない。
肉体魔改造されていないベイリルでは、"天眼"による魔力色覚もそう長保ちするわけではない。
「この機を逃したら犠牲が際限なく増えるから、ここで確実に仕留める」
◇
──かつて覚え、視た魔力の色。第三視点で観た身体的特徴が一致した男を見つける。
「こっちを見ろ」
俺の英語に反応したところを虚を突く形で──3つの泣きぼくろを確認する。
続いて襟首に指を引っ掛けながら放物線を描くように──"血文字"の肉体をぶん投げた。
そのまま"透過"の魔導を使って扉をすり抜けるのに続いて、俺は小教会へと足を踏み入れる。
「はてさてどうして……覚えのある、顔だ」
「今は渇いているだろう? 目当ての獲物はお預けだ」
その言葉に血文字の顔がわずかに曇らせてから笑う。
「あぁ……同郷の者、つまりキミが代わりの"死に目"になってくれるということか」
「いや"死に目"を見るのは──渇きを癒すのは、お前自身の血文字でだ」
言うやいなや一瞬で間合いを詰め俺は、自身の拳と魔導"幻星影霊"の刹那顕現による一撃を重ねる。
"黒の魔力"による魔術減衰のように、濃い魔力による強制的な魔導への干渉。魔導同士だからこそ成立する、純粋な綱引き。
透過を無視する刹那の二撃目が、血文字の顔面を打ち抜く。
「ぐっ……ごぉあ──」
まだこちらの思考を透過できるほど練度を積んでいないことは、今を取り巻く状況と会話で確認済み。
そして隙を一瞬だけ作ったなら……。
「"剥離"──」
あらかじめ奥に隠れていたスミレが"加速"と共に、仕込み傘の刀身が居合の要領で斬り抜けた。
同時に剥がれ落ちた皮革服のようなそれを、俺は奪い取って距離を取る。
「"変成の鎧"──魔導と魔導は両立し得ないが、魔導と魔法は共存する」
「っ!? なぜ……」
「これで優位性は消えたな。そして血文字お前は……もう何者でもなくなった」
初代魔王ウィスマーヤが、グラーフと共に創り上げた12の魔王具。
過去アイトエルの視点を借りて立ち会った俺にとって、それは思い出深いものでもあった。
未来のあの時は血文字もろとも消滅させてしまったが、今度は有効に活用させてもらうとする。
「どうしてそれを……どうやってそれを、いったいなにが──キサマは!!」
重なり変遷する状況に取り乱し、混乱する感情的な血文字の姿に……俺は溜飲が下がる思いだった。
半狂乱気味に陥った殺人鬼は一本のナイフを片手に、俺の心臓を目掛けて真っ直ぐ突き刺そうとしてくる。
変成の鎧を後ろ手にスミレへと投げ渡しながら、俺のもう片方の手は既に動作を終えていた。
「陳腐だよ、血文字。お前の魔導も、弱さも……生き方そのものもな」
俺は白煙を払いながら、抜き撃ちしたリボルバー拳銃をホルスターへと収める。
銃弾は血文字の胸に穴を一つ穿ち、もはやただの人と成った肉体は膝をついて崩れ落ちる。
「うっ、ゴフッ……連装銃──まさかそんな懐かしいものでやられるとは……皮肉か、当てつけか」
「……さて、な」
「実に多くの"死に目"を独占してきた。これがワタシの因果だというなら、同郷の者よ──キミにもいずれ似たような運命が訪れるのかな?」
「とっくの未来に応報はあった。運命はこの手で覆し尽くす。お前を殺すのもその一環に過ぎない」
流させてきた血の量に値するだけの、大いなる繁栄を約束する。
これから1人の男を契機に引き起こされる大戦乱と、来る暗黒時代を阻止し、いずれ起こりうる災害や魔獣への対策と、魔力の暴走と枯渇による衰退を食い止める。
豊かな文化とテクノロジーをもって人類の黄金時代を迎え、遠からず片割れ星へ──宇宙へと進出するまでに文明を発展させる。
「ならば……祈ろう、名も知らぬ同郷者。ついぞ神などという存在に祈ることなど、一度としてなかったが……キミの道行に祝福があらんことを──アーメン」
血文字の服が赤く、紅く、赫く、染まっていく。
「あぁ……なんと素晴らしい。暖かい血を喪失うにつれ、体と共に魂が凍り付いていくような──」
そう言うと血文字は自らナイフで傷口を深く抉る。
「はっ、はははっ!! これがワタシの……ワタシだけの"死に目"──」
一層ひどくなった出血を利用し、血文字は──震える指でゆっくりと──自分の赤色で床に書き始め……動かなくなった。
「……もう、死んだの?」
「あぁ、鼓動は止まった。これで終焉だ」
スミレは床に魔王具を置くと、同じ転生者だった遺体へと近付いてしゃがみ込む。
「辞世の血詩は──」
「これは詩でもなんでもないね。多分……名前、自分の──」
俺もその血文字を読む。筆記体で書かれた名前。
まるで己の"死に目"そのものが詩と言わんばかりに、自ら血の署名を残したような……。
「最初から最期まで相容れる存在ではなかったが──同じ世界、同じ時代に転生した者として名前くらいは覚えておいてやるか」
何者でもなくなった男の、最期の証。
あるいはもう忘れようったって忘れられないだろう。
俺は血文字の体を爆燃させて荼毘に付し、灰となるまでを見届ける。
「ありがとうスミレ、助かったよ。ここの後始末と補償は財団に任せてあるが、どうする?」
「どうする、って?」
「俺はこれからカエジウス特区に向かう。もしティータに会うのなら、サイジック領都の本部まで案内してもらえるよう文を残しておくけど」
「じゃあそれで」
俺はうなずいてメモに書き記し、指輪でベイリル・モーガニトを示す判を押した。
「ついでなんだが、その魔法具の運搬護衛も頼んじゃっていいかな? なんなら使ってくれても構わないけど」
「いらないよ、別に変身して誰かになりたいなんて思わない。昔のわたしの顔ならってちょっとは思うけど……今はベロニカじゃなくってスミレだから」
「そうだな、俺もベイリルだ。もう他の誰でもない」
転じて得た新たな人生。
その存在証明を歴史の中に刻み付けながら、前へと進んでいくのだと。




