#38-1 冒険者 I
オレは森深くの植生や地質を観察しながら歩く。
「はっ……ふぅ……"土地調査"にしては、ちょっと深く入り込み過ぎではありませんこと~?」
「ついてこれないなら、もう帰ってもいいぞ」
「っしょい! わたくしが! そんな諦めるような! 輩に! 見えまして!?」
パラスは急傾斜を勢いをつけて喋りながら登りつつ、カドマイアもそれに続く。
「僕はけっこうキツイんですが……。ヘリオくんがいちいち素描の為に止まってくれるから、一応休めてますが」
「そうそう、わざわざ描く必要ってありまして?」
ベラベラと喋りながらついてきてるので、見た目にはあまりわからないものの、2人ともしっかりと基礎となる肉体を鍛え上げているのはわかる。
「たしかに依頼としては大まかな場所と特徴だけでいいって内容だけどな。見た目がわかれば、後々に照合しやすい」
「それにしてもお上手ですわねぇ」
いつの間にか横についていたパラスが、オレのスケッチを覗き込んでいる。
「四人の中じゃ二番目だがな。模写させたらリーティアが抜きん出てる」
「へぇ妹さん、それに皆さん絵が描けるなんて珍しいですわね。せっかくならご家族のお話、もっと聞きたいですわ」
「つーか絵の話なんかしてわかるのかよ?」
「もちろん、これでも元々は皇国貴族の生まれですので」
良いとこの出なのは、っぽいのは所作や話の内容などの雰囲気から察してはいたものの……なんにしても元ということはワケありのタイプなのだろう。
「ゼェ……ハァ……ふぃ~~~、照合ってなんの話です? 依頼達成が主目的とはいえ、わざわざ自腹で安くない皮紙と黒筆を用意してまで──」
「そんなのオレの自由だろ」
「ちょっとカドマイア、今ヘリオさんがそれはもう饒舌に語ってくれそうだったのに邪魔しないで」
「アホ。まあそうだな……身銭を切った理由は、シップスクラーク商会の仕事はオレ自身にも係わりがあるからだよ」
二人揃って同じ方向に首をかしげて疑問符を浮かべるのを見て、オレは説明を続ける。
「記憶違いじゃなきゃベイリルが、有力者と共同で創った組織でな。あいつにも色々と大望があって、来るべき時に役立つだろうと思ってのことだ」
いずれ役に立つ資源だか、あと立地を先んじて把握しておきたいとかなんとか。
そうした未来の夢の一端に、オレも乗っかってるって言える。
「一体なにを目的としてますの?」
「そりゃあ……ああそうだ、近々創設される部に入ればわかるさ」
『意味深ですわね』
パラスとカドマイアの言葉が重なった──その瞬間であった。
オレは揺らいだ気配を感じ、二人の体を引っ張るように地面へと倒して伏せる。
「なにごとですの!?」
あくまで小さな声でパラスは状況把握に努め、カドマイアは即応できるように魔力を集中させているようだった。
オレは警戒態勢を取りつつ、二人もなんのかんの足手まといとまでは言えないなどと思っていた。
「そのまま静かに動かずにしてるがいいでござる、新季生諸君」
『──!?』
オレたちは注意を払っていたはずなのに──いつの間にか背後で一緒にしゃがんでいた女に──3人して驚愕を浮かべた。
黒瞳・黒長髪を頭頂部でまとめた小柄な少女にも見え、しかしてその服装は独特な意匠であった。
「チッ、誰だいつの間に……気を張ってたはずなんだがな」
「隠密には自信があるゆえ」
「というか白校章を見るに、あなたも在籍1年も経ってないのではないですの?」
「左様、ただ拙者は君らよりも一季ほど早いだけでござる」
「その特徴的な服、【極東北土ヒタカミ】の方ですか?」
「然り、よく知ってるでござるな。拙者の名は"スズ"と申し──」
スズと名乗る途中で、彼女は口唇に人差し指を当ててさらに頭を低くした。
──すると二つの影が、勢い余るように豪快に降り立った。
一人は灰褐色の長髪に、長身に備わる盛り上がった太く逞しい筋肉で、トンファーを両腕に構えた"狼人族"の男。
右眼に大きな古傷痕が残る隻眼に加え、体中は血にまみれていた。
もう一体は、相対した狼人族が小柄に見えてしまうほどの巨躯と威容。
折れ曲がった首より上の顔面には、角やら牙やらが前衛芸術のように無造作に生えている。
左側には歪な腕のようなものが三本、右と左背部には腐り崩れたような翼。
隆々な上半身に比べて、アンバランスな二本足の先には蹄が付いていた。
「なっ……なんですの、あれは──?」
「片方は冒険科で武闘派で知られる"グナーシャ"先輩でござるな。バケモノのほうは容貌の無秩序さから恐らく"キマイラ"でござろう」
正式名称ではなく、俗に"人造混成獣"と呼ばれる多種融合の獣──魔力暴走による魔物化とはまた別種の人工怪物。
獣人種なども含んだ二種混合までの動物は、枯渇や暴走の過程における進化として存在する。
しかし三種以上は通常あり得ない。
すなわち人為的な介入による変化の結果として産まれるものとされていた。
「よく知ってンな、てめぇスズっつったか」
「なぁに、家訓にござる。何事も自ら深く調べ、"己でその真偽を見極めるべし"」
「ご立派なもんだ」
グナーシャという名前らしい狼人族の男が、双棍を振るたびに衝撃波が飛ぶ。
回転力がどんどん上がるものの、キマイラは意に介した様子はなく……バキバキと森を掻き分けて相対距離を縮めていく。
「どうやら交戦中のようですが、どうします?」
「決まってんだろ、面白ェ──」
キマイラのしわがれた喉から絞り出すような唸り声は、心胆寒からしめるような不安を覚えさせ……。
ビクビクと小刻みに震える動作は、言い知れぬ恐怖を感じさせる。しかしそれがどうした。
「横槍ィ入れさしてもらうぜ」
オレはグナーシャとキマイラの間に割って入りつつ、不敵に笑ってみせる。
「ッッ!? それはなんともありがたい、が……あいにくと我は逃げている最中だ」
「なんだよなんだよ、だらしね──」
突如として振り回された異形の巨腕に対し、オレは瞬時に背中から抜いた剣で受け流してまた鞘へと戻す。
その様子を見たグナーシャは、一瞬だけ驚きに眼を見開いたかと思うとすぐに細める。
「あーったく、そう急くなってェの。つか言葉は通じそうにねーか」
「ちょっとヘリオさん!?」
「あっお嬢──」
「まったく、何やってるでござるか」
芋づる式に、パラス、カドマイア、スズが姿を見せる。
「ずいぶんと賑やかだな、しかも揃って学苑生とは……」
「てめェらはそこで見とけッ──燦然と燃え昇れ、オレの炎ォ!!」
オレは殺意を漲らせながら、己の内で燃え始めた激情に従う。
続けざまに詠唱した火属魔術によって浮かんだ4つの"鬼火"を、それぞれ両手両足へと宿らせた。
殺気に感化されたかのように反応した、無軌道極まるキマイラの猛襲をオレは躱しながら、拳と蹴りの乱打で着実にカウンターを叩き込んでいく。
「拍子が単純すぎて、あくびが出るってもんだぜ」
生来の鬼人族の膂力に"魔力強化"を乗せた連撃は、たとえキマイラの巨体であっても強引に押し込んでいく。
さらに自ずから天性のリズムを刻み、皮膚感覚のように相手へリズムを合わせ、その動きをこちらのリズムへと誘う戦型。
化物だろうが一個生命。まるで"共感覚"かのように同調していき、予測や反射とも違う──固有の機微を感じ取り、利用する。
「燃え尽きてろ」
新たに自動充填された4つの"鬼火"を、背中から抜いた剣へと収束させてキマイラの胴体へ一気に突き込む。
瞬間炎上するキマイラに対し、さらに柄頭を蹴り込む形でその異形を後方へとぶっ飛ばした。
仰向けに倒れたキマイラに突き立てられた剣は、さながら墓標のように燃え揺らいでた。
「むう、いささか複雑な心境だが……助かった、礼を言う」
「別にいいって。オレが闘りたかっただけ、試したかっただけだ。グナーシャ先輩だったか」
「我が名を知っているのか、であればお前の名もぜひ聞いておきたい」
オレは名乗ろうと口を開こうとした瞬間、別の人物によって遮られる。
「ヘリオさん!! あのような実力を隠してたなんて、人が悪いですわ!!」
「いや~凄かったですね。たしかにこれほど強いなら、僕らを邪険にした理由も納得です」
「天晴れ美事にござる、ヘリオ殿」
「──なるほど、ヘリオと言うのか」
「あぁ……まあな」
しれっと混ざっているスズは捨て置き、オレはゴキリと首を鳴らした。
姉兄妹の多彩な攻撃に比べれば歯ごたえが足りないが、仮に一撃でもまともにもらえば命が危うかった闘争には違いない。
化物を打ち倒した昂揚感と充実感はやはり得難いものが──
「グナーシャ先輩!! 大丈夫ですか!?」
ともすると遥か上空から降り立つ人影があった。
オレたち5人は揃って見上げると、鳥人族の女が新たに着地するのだった。
「ガルマーン講師が間もなく来られるか──っとと、あれ?」
「"ルビディア"、すまない。助けを呼んでもらっておいて難だが……が、既に事は終わってしまった。こっちのヘリオのおかげでな」
ルビディアと呼ばれた薄い赤色の三つ編みテールの女は、赤校章を着けた先輩のようだった。
彼女は燃えるキマイラの死体を眺めつつ、驚愕と嫌悪感と異臭に眉をひそめたかと思えば、すぐに切り替える。
「へぇ~そっかそっか、ヘリオくん。キミって随分と強いね? 冒険科でいいんだよね? もしかして新季生? その浮いてる炎からして火属魔術士?」
「質問が多い」
「あっははっ! 頼もしい男の子は大歓迎。もちろん女の子のほうもね!」
そう言いながらルビディアは、パラスたちの方へと視線を移し手を振った──その瞬間であった。
ぞるっ──と聞いたことのない音と共に、剣が砕き潰される音も同時に響く。
「なんと……あれでまだ死んでいなかったのか」
「うげっ、きもちわるっ!」
「これはかなりマズいんじゃありませんこと?」
「魔力の暴走に伴う"変異"というやつですかね……しかしなんとも醜い」
「──ヘリオ殿、笑っているでござるか?」
スズに尋ねられたオレは、隠す気もなく愉悦の表情を貼り付けたまま言う。
「悪ィかよ、こんな化物がいるなんて未知は面白いったらないぜ」




