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#466 白竜


 "断絶壁"にて。

 白竜イシュトが己の正体をベイリル(おれ)へと明かし、"大空隙(だいくうげき)"へ向かう前夜──

 第三視点(おれ)ベイリル(おれ)自身が寝静まったのを見計らって、その肉体を借り受ける……もとい自分として歩いていた。


 そしてある部屋の前に立ってコンコンッとノックをし、中にいる人物へ招き入れられる。

 白い髪にスラっとした肢体、幼き灰竜を抱きながら窓際に座る1人の女性はやわらかい笑みを浮かべる。


「やっほ~、ベイリルちゃん。どうしたの、眠れない?」

「……それはイシュトさん、貴方にも言えることでは」

「そうかもね」


 俺は彼女の対面へと座ると、ギシッと椅子を軽く鳴らす。



「なんか改まった感じ? だね」

「そうですね──今の俺は……ただイシュトさんに会いたかっただけの俺です」

「……?? よっくわかんないけど、甘えたいならいいよ?」


 イシュトは首を(かし)げながら、アッシュに向けるそれと同じ声音で言った。


「ははっ、それも魅力的な提案ですが……少しだけ想い出話に華を咲かせたいと思いまして」

「想い出話……」


 断絶壁に到着するより少し前に会ったくらいの若造に、突然そんなことを言われてもピンッとくるはずもないだろう。

 だから俺は静かに、星明かりの中で真っ直ぐに見つめる。



「その節はお世話になったんです、イシュトさん──そして"ブランケル"さんも」

「んっん~……わたし、(クロ)の人間名って言ったっけ。それに、お世話?」

「7000年近く前になりますか、初代神王ケイルヴがアイトエルとお二人の前に現れたことがあったはずです」


「そりゃまた随分と昔のこと──そんなに覚えてるわけじゃないけど、あれは割と印象的だったから薄っすらと……って???」

「俺もあの場にいたんです。アイトエルの心の中で、ついでにあの時初代を投げ飛ばしたのも実は……体を借りてやったことでして」


 笑みを浮かべたまま疑問符がまったく取れる気配のないイシュトに、どうやって理解してもらおうかと悩みながら話を続ける。


「その後もアイトエルに付き添う形でお二人としばらく過ごしました。あとはそうですね……印象的なのは、三代神王ディアマのときでしょうか。大空隙を作り出し、ブランケルさんを封じたあの日」

「ふむふむふーーーむ、その時もいたって?」

「岩盤を噴出させ、光の柱を落としたのは俺の魔術でした」


 イシュトはしばらく思い出すように考えながら、自身の中で結論を導き出しているようだった。


 

「つまりベイリルちゃんは超々ちょぉーーー長生きな……えっと、ヒトの言う霊魂的な?」

「正確には魔法によって過去に戻って、歴史を追体験した俺です。だから今こうして話している第三視点(おれ)は、今の時代を生きるベイリル(おれ)とは厳密には違う人格です」

「魔法!! そっかなんとな~くわかったよ、だから(・・・)かぁ」

「だから……?」

「なんだかはじめて会った気がしないと思ってたんだぁ、わたしの直感は正しかったんだと納得なっとくナットクだよ。つまり目の前のベイリルちゃんは、未来のベイリルちゃんってことだ」


 うんうんとイシュトはうなずきながら、とてもスッキリした表情を浮かべた。

 しかしすぐに俺が浮かない顔をしているのに気付いて、真剣な眼差しを向けてくる。


「いや~~~うん、そっかそうだよね。未来のベイリルちゃんなら……わたしが何を考え、そして"これから何をした"のかも、もうわかっちゃってるんだね」

「……はい」

「だからこうして会いにきたってコトかな?」

「そうです──俺にとってイシュトさんとブランケルさんも恩人だから」


 "第三視点"の魔法へ到達できたのは、他ならぬ"白竜の加護"があったからだ。

 光速による遠心分離、そこに己の加速を加えて光速を超越し、因果を逆転させたことで──四次元の時間軸移動、"時間遡行"が成り立った。

 そして大空隙に貯留された黒の魔力を使うことで、発動の為に必要な莫大な魔力を充填できた。



 イシュトは灰竜(アッシュ)をゆっくりとベッドへ移すと、座っていた俺をゆっくりと抱きしめてくれる。


「なんとなく、わかる。これはたしかに白竜(わたし)加護(おんちょう)だ」

白竜(あなた)の加護のおかげで、今の俺が存在できています」

「そっかそっか。アッシュと(クロ)と……そして他ならぬベイリル(きみ)にあげたわたしの愛情(あい)なんだねえ」


 ギュッと俺も抱擁をし返す。血はおろか種族すら違う彼女に、母親のようなそれを感じ入る心地。


「──未来の知識を持つ俺は、過去(みらい)を変えることができます」

「うんうん」

「自分の手が届く範囲ですが──少なくともイシュトさんに生きてほしいと……懇願して、あるいは力尽(ちからず)くでとか」

力尽(ちからず)くぅ? あっはは、それはどーだろ~?」


 光輝を司る七色竜の一柱。その実力も(じか)で知っている。

 勝てることはできまい──が、今一度だけアイトエルの肉体を借り受けるのであれば、止めることはできるかも知れない。



「でも、しません。貴方の決意を踏みにじることはできない」

「ん、ありがと。わたしの遺志(・・)を尊重してくれて」

「ただ一つだけ伝えさせてください」

「なになに、なにかな?」


 ゆっくりと体を離した俺は、ベッドの上で眠る幼竜へと目を向ける。


「アッシュは元気に、それはもう立派に成長しましたよ」

「そっかぁ──でもさ、それってズルくない? そんなこと言われたら残りたくなっちゃうじゃん」

「……それが狙いでもあります」


 そう俺が口角を上げたところで、イシュトも釣られるようにして笑った。


「あはははっ、まったく人間(ヒト)はいつまで経ってもしたたか(・・・・)なんだから」


 イシュトは「そんなところも好きなんだけどねぇ」と付け加えつつ、しばらく目をつぶってから開けた視線を俺へと戻す。



「──ところでアッシュは、秘法を使えた?」

「いえ……? そういえば使えませんでしたね」

「なら伝えてあげて。己の中にもう一人、核たる己を持ちなさいと──それが秘法に通ずる道」

「……"分化"させた自分を同居させる、みたいな感じですか」

「うん、そんな感じでいいかも。さっすがよく知ってんねぇ」

 

 頂竜が12柱を産み出し、赤竜が使いこなした"分化"。

 七色竜の全員がが使える"現象化"と"人化"。

 眷属として(ちから)を与える加護は、ある種において"契約"とも言えるだろうか。



「まぁまっ、わたしはもう(もと)の姿には戻れなくなっちゃってるんだけどね」

「すごく綺麗でした」

「へっ? ベイリルちゃんってわたしの竜姿を見たことあるの?」

「3000年くらい前──はじめてワームが出現して山脈を丸ごと喰い尽くし、そのまま大穴を空け、(のち)のワーム湖を作った頃です」

「あ~~~黄と青と一緒にやった時かぁ、そんなこともあったねぇ。そっか、あの時が白竜に戻った最後かぁ……」


 郷愁に目をつぶったイシュトに、俺自身も懐かしむように彼女の顔を見つめる。


「ねぇねぇ、もう少しだけ話してける?」

「もちろん。いくらでも気の済むまでお付き合いますよ」


 数千年という(とき)の中では──ほんのわずかな、刹那のような時間──その大切な一瞬を、俺は噛み締めながら会話に興じるのだった。



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