#464 復讐 II
真っ先に剣を片手に突っ込んできた男に対し、軸をズラしながら撫でるようにいなしながら服を掴むと、浮かし崩して地面へと叩き付ける。
『おっ──空気投げか』
(くっふっふ、かつておんしが初代神王に使った技じゃ)
『ひそかに練習してたのか』
(鮮烈すぎて忘れられんかったもんでな)
心の中で俺とのんびり語りながらも、アイトエルは続けざまに襲い来る敵の顎を掌底で打ち抜いていた。
さらに流れを切らないまま後方で魔術を使おうと女へと一足飛びに間合いを詰め、繊細な力加減と緻密な狙いによる"首トン手刀"で昏倒させる。
『……殺さないんだな』
(所詮は余人、おんしとて本意ではなかろうベイリル)
『そらまぁな』
たとえば戦争において命令に従い殺しに来る兵士、たとえ本人に罪がなくとも殺すことに容赦はしないものだ。
殺すのならば殺される覚悟をもって然るべき。俺自身も数え切れないほど、この手を血で染めてきた。
しかし圧倒的な力量差なら──生殺与奪を握れるのであれば、油断も慢心も我儘も許される。
彼らは言うなれば幼少期の俺がいた立場と同じ──洗脳教育されているだけの被害者に過ぎないのだから。
『ただ……生かすのはいいとして、情報の一切を知られるわけにはいかないな』
(そうじゃな。ではシールフに丸投げするとしよう)
『あぁ、洗脳解体と記憶操作――同時に確実にやるにはそれしかない』
シップスクラーク財団の仕事でも忙しいだろうが、ここは彼女に泣いてもらうことにしよう。
そうこう話している内に、その場に立っているのはアイトエルのみとなっていた。
「くっそ……恨みも買いまくってるクソ脚本家め、余計な奴を招きくさりやがって」
悪態をつきながら玉座はなんとか片膝だけを立てた状態で、手に握った石っころを脚本家へと投げつけた。
しかし──コントロールも定まらない──ささやかな仕返しは、虚しくも地面を転がるのみだった。
「二三、聞いておきたい」
「なんじゃ?」
「もしも生かしてくれるなら、必ず役に立ってみせる」
「それはムリな相談じゃな」
「そう、か……であればせめて理由を尋ねたい。脚本家目当てなのだろうが、"できそこない"たちを殺していないところを見ると目撃者を消すというわけではなさそうだが──」
「アンブラティ結社を潰すというだけじゃ」
「なるほど、ならば拒絶は不可能か」
諦念を吐き出す玉座に対し、アイトエルは気になった文言を問い返す。
「……ところで、できそこないとはどういう意味よ?」
「聞きたいか。わたしが手塩に掛けるのは常に一人、他の者はみな成り損ないの失敗作ということだ。新たに完成品を仕立て上げる為の補助に充てているに過ぎない」
玉座は答えると、ゆっくりと口角を上げる。
「さて、結局君が何者なのか存じ上げないが……時間稼ぎをありがとう」
刹那──アイトエルと玉座とを結ぶ空間に爆発が起きる。
一瞬早く飛び退ったところに、新たに現れた一人の男が大剣を振り下ろしてきていた。
「隠し玉かい」
続いて半身だけズラして《かわ》したところで──刀身付近で爆発が起こると、その衝撃で強引に軌道を捻じ曲げた斬撃が迫る。
しかし流れる髪の毛にすら触れることなく、アイトエルは回避しきったのだった。
「ッッ!?」
「惜しいがやるのう、誰ぞ」
二撃目までは避けられると思っていなかったのか、驚愕に顔を歪める黒髪の男──俺はその見覚えを思わず口にする。
『──戦帝、か』
「なるほどのう、現帝国の長バルドゥル・レーヴェンタールかい」
俺の洞察をアイトエルがそのまま言葉にすると、玉座はゆっくりと立ち上がる。
爆発魔術を使うばかりか、大剣に乗せるようにして連係させるとなると唯一人しか浮かばなかった。
「まだ顔にまで手を入れてないのだが……察しが良いな。わたしの生涯の中でも指折りの傑作になる予定だ」
王をすげ替えて帝国を乗っ取るつもりなのか、あるいは他に利用法があるのか──
どちらにしても世界で最も優秀な血統のコピーを作っているのだから、大それたことをするつもりなのだろう。
ニセ戦帝は黙して語らず大剣を体格で隠すように構え、並び立つ玉座の圧力が増す。
「なんじゃ、玉座おんし。育てるだけじゃなく闘れるんか」
「魔術や戦闘技術も仕込む以上は、な。不意を喰らってしまったのは……恥ずべきところだが」
眺めながらふと思い立った俺はアイトエルに提案する。
『体を預けてくれるか?』
(それは別に構わんが……何か思うところでも?)
『予行練習をしときたいと思って──な!!』
肉体の主導権をもらうのとほぼ同時に──"無量空月"で爆発する空間を切り裂きながら──左足を一歩前に踏み出した居合い抜きを完了する。
「あっ──」
爆発の音振・空振を"太刀風"の刀身に吸収しながら抜き放たれたそれは、ニセ戦帝を一刀のもとに斬り伏せてしまっていた。
(……練習になったんか?)
『いや、まぁ……ちょっとは?』
さしあたって死んではいないあたり、そこそこには頑健だったのだろう。
しかし本物を知っている身としては何もかも足らないと言わざるを得なかった。
『まっそりゃそうか』
雑多な帝国で、多様な種族と多くの子を成し、実力で王に成ることを認めながらも常に頂点に君臨し続けてきた者の血族。
人の上に立つことを義務付けられたかのような定向進化。
『連綿と受け継いで洗練と淘汰を繰り返してきた血の研鑽を、たかが一代で真似をしようなんてな……土台無理な話か』
そこからさらに王位継承によって厳選される──時に突然変異したかのような怪物が生まれるのも納得できる。
俺は肉体をアイトエルへと返しながら、今後の帝国のことを改めて考えていると──玉座は覚悟を決めた表情を見せていた。
「強い、な──将軍か運び屋が、脚本家の代わりにこの場にいてくれればと思うばかり」
「……晩節を汚すことなく、いさぎよ~く散るのをおすすめしよう」
「そう、だな──かつてわたし……いや結局は何者にも成れなかった男の、せめてもの意地を見せてやろう」
「その意気や良し。なれば儂も全力で相手をしてやろう。ここ十数年で開発した術技で、特に使う機会もなかったんじゃが──」
アイトエルの魔力が濃密になるのを、俺はその内側から感じ取る。
それはつまり……彼女が"魔導"を使うことを意味していた。




